M.M 佐倉ユウナの上京・冬




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 8 - 83 1〜3 2018/12/8
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 この「佐倉ユウナの上京・冬」は前作である「佐倉ユウナの上京・春」「佐倉ユウナの上京・夏」「佐倉ユウナの上京・秋」の続編となっております。その為レビューには「佐倉ユウナの上京・春」「佐倉ユウナの上京・夏」「佐倉ユウナの上京・秋」のネタバレが含まれておりますので、ネタバレを視たくない方はご遠慮下さい。またネタバレ無しのレビューについては「佐倉ユウナの上京・春」のレビューを参照下さい

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※このレビューには「佐倉ユウナの上京・冬」のネタバレありしかありません。本作をプレイした方のみサポートしております。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。





















































































<迷いながらも自分がその時信じたものを信じてとりあえず前に進んでいくのが、人間なんだと思います。>


「意志の強度は、充分か?」


 正直ね、そんなこと言われても自信なんて無いと思うんですよ。何故なら、未来の事なんて何も分からないからです。確定した未来だったら、自信を持って前に進めるのだと思います。でも、そうじゃないとしたら何が待っているか分かりませんからね。どんな道でも不安はあります。迷うと思います。それでも、自分が決めた道の先に少しでも期待があるのであれば、まずは進んでみるのが良いのではないかと、この作品を読んで思いました。

 佐倉ユウナの浪人生活から始まって、春夏秋冬と季節を巡りながら描かれた咲間鷹司の1年間の軌跡の物語もいよいよ最期を迎えました。大学2年生という、入学当時の緊張感も薄れ、かといってモラトリアムの終わりまでにも時間がある、ある意味何でもできる時期の生活を見させて頂きました。まずもって、セリフ一つ一つや描写の一つ一つがとても丁寧で繊細に描かれていると思いました。まるで、本当に咲間鷹司という人物がそこにいるのかと思う程のリアリティでした。これもひとえに、縦書き教科書体のテキストとピアノを中心とした柔らかいBGM、そして要所要所にしか挿入しない最低限のスチル、そういった雰囲気作りの賜物だと思っております。現実世界において、当たり前ですがBGMは流れておりませんし印象的なスチルなどそうあるものではありません。心に残る瞬間というものはいつも唐突で、それも本当たまーにです。そんなプレイヤー視点の演出が、1人の大学2年生の生活を色鮮やかに見せてくれたのだと思いました。

 そして、普通の人であれば何となく過ぎてしまう大学2年生ですが咲間にとってはそれなりの転機になる大学2年生でした。これまで生きてきた約20年において、恐らくこの1年間ほど自分の生き方や気持ちに向き合ったのは無いのではないかと思います。自分の本当の気持ちに蓋をしても、何となく人生は流れてしまいます。父親が公認会計士だから経済学部を目指す、有名大学だから聡桜大学を目指す、誰も否定できない十分な理由だと思います。後は、自分自身がそれで納得し後悔しないだけです。結果として二十一世紀創造学部に入学し、経営会計学会に所属し、バイトも行い、周りから見たら十分に充実し楽しい大学生活を送っておりました。それでもそのまま進まなかったのは、やっぱりどこか自分の気持ちのシコリが気になったからなのでしょうね。

 佐倉ユウナの上京による浪人生活、緒方大貴というコミュニケーション能力に長けた同期、意欲のある後輩、そんな人物と接していく中で、少しずつ咲間は自分を覆っていた心の殻が削られていくのを感じておりました。咲間から見て、自分の周りにいる人は誰もが輝いて見えたのだと思います。みんな本当に好きな事を目指して行動してるんだなと、そんなキラキラした姿に感じる負い目を誤魔化しきれなくなっていきました。決して、佐倉ユウナ・緒方大貴・後輩たちが納得して生きているかどうかなんて分からないのにですね。隣の芝生は青い、そう思ってしまうのもまた、自分自身にしこりがあるからでした。そして、それが1つの形として出てしまったのが秋でした。佐倉ユウナの涙、経営会計学会との軋轢、時間の問題だったのかも知れませんね。それだけ、咲間も本気で人生を考え生きていた証拠だと思っております。

 正直言って、私は「咲間は多分天文学の道を目指すんだろうな」と思っておりました。何故なら、咲間は天文の話をする時は天文の事しか考えていなかったからです。誰がどうだとか、あいつはこうだとか、そんな人と比べる事無く純粋に好きな物だけを考え話をする、それが好きではなくて何なのでしょう。勿論、人生そう単純ではありません。理学部への転部はプラス2年大学にいる事になります。父親の期待を少なからず裏切ってしまうかも知れません。今まで知り合ったメンバーの期待も失うかも知れません。それでも、咲間は最後の最後で天文の道を選びました。何が正しいかなんて分かりませんね。後悔しない大学生活が理想なのでしょうけど、後悔だらけの大学生活でもいいじゃないって将来思えるかも知れませんしね。少なくとも、咲間は迷いながらも理学部への転部の道を進みました。そこには、確かに意志が十分に固まっている事を感じました。

 人は社会に属して生きている以上、絶対に他人の行動を無視して生きることは出来ません。自分は自分、そう心に誓っても絶対に揺さぶられてしまうんです。迷うのは必然、軸がブレるのも必然、意志が揺らがない人なんて、いないんです。だからこそ、この作品でも「迷いを受け入れよう、大切に抱えていこう」と言っておりました。今まで世間的にそれなりに優等生で通っていた咲間です。両親の期待に応え、佐倉ユウナからの信頼も厚く、経営会計学会でも一目置かれていました。そんな自分を失うなんて、絶対に怖いに決まってます。でも、それでも良いんですね。そんな風に迷いながら自分がその時信じたものを信じて前に進んでいくのが、人間なのですから。

 この作品は、咲間鷹司という人間の大学2年生という時期を描いた作品でした。幼馴染である佐倉ユウナの上京と共に、ちょっとだけ自分の予定と違った人生を選んだ物語でした。本当にちょっとだけです。だって、まだ大学2年生ですもの。別に大学を辞めた訳ではありませんからね。この先10年20年と経った時、咲間は自分の大学2年生をどう思うのでしょうね。逆にそれが楽しみです。そして、やっぱり佐倉ユウナとの未来は想像せずにはいられません。佐倉ユウナも東帝大学への進学という道を選びました。これもきっとちょっと自分の予定と違った人生ですね。でも、これも本当にちょっとだけです。大学が違っただけですからね。後は2人がどんな道を選択するかです。迷いながらも、せめて何かを選ぶときはそれなりの意志の強度を持って選んで欲しい、そんな事を思いました。非常に丁寧な物語を、ありがとうございました。


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