M.M 佐倉ユウナの上京・春




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 5 - 75 1〜2 2018/8/8
作品ページ サークルページ



<ちょっとした仕草や行動に心が振り回される、そんな青春の姿を感じてみて下さい。>

 この「佐倉ユウナの上京・春」は同人ゲームサークルである「超水道」で制作されたビジュアルノベルです。超水道さんの作品をプレイするのは今作が初めてです。サークルさんのお名前や作品の名前は、実は何年も前から存じてはおりました。私の周りのお知り合いの方々の中でも度々話題に出ていたタイトルでして、学生の気持ちの揺れ動きがリアルだという前評判から興味がありました。そんな中で、私が時々企画している「自分プレイさせたいビジュアルノベルを指定できる権利」にて、当選された方からこの佐倉ユウナの上京の指示を頂きました。私にとって、プレイする背中を押してくれたという事で大変ありがたく、併せて注目度の高さを再認識しましたので腰を据えてプレイし始めました。

 主人公である咲間鷹司は、東京の聡桜大学に通う2年生です。中学高校と学校の成績は良く、学ぶ事や研究する事が大好きな性格です。そんな鷹司が通う聡桜大学は、日本の中でも頭の良い大学として有名でした。ですが、鷹司にとって聡桜大学は滑り止めの大学だったのです。第一志望の大学には進まず聡桜大学に進学し、それでも学問に勤しんでいる毎日を送っておりました。そんな鷹司が2年生になったある日、偶然幼馴染である佐倉ユウナと再会したのです。ユウナは鷹司と同い年ですが、体の都合で高校に1年遅く入学しております。そんな関係もあり、ユウナは鷹司の事を先輩と呼ぶ不思議な関係が生まれておりました。ユウナは大学受験に失敗し、一浪して聡桜大学への進学を目指すために上京してきました。同じ高校同じ大学を歩みながら、どこか気持ちのすれ違いがこそばゆい、当たり前の男女の物語がここから始まるのです。

 まずプレイ開始して驚いたのが、教科書体で書かれた文字と縦書きのテキストでした。まるで自分自身の記憶を思い出し日記に綴っているかのような温かい印象を受けました。実際、主人公もヒロインも思春期であり社会に出る前の助走段階です。一日一日の出来事全てが淡く輝いており、将来見返した時に掛け替えのないものになる、そんな不安定な時期であるという事がこういうテキスト描写から伝わるのが素敵だと思いました。そして、背景とBGMも最低限しかありません。本当に小説を読んでいるかのような感覚に近いですね。一度に表示される文字数も多くはありませんので、視覚的にも優しく集中力を持続できる配慮が為されております。決して急いで読む事なく、主人公の些細な心の揺れ動き一つ一つを捉えながら読んでみて下さい。

 そして、この作品の主役は主人公である咲間鷹司とヒロインである佐倉ユウナです。彼らの歩んできた道のりは決して平凡ではありませんでした。物語開始時に再会した時、まるでこれまでの歩みの違いを感じさせない気さくな会話を繰り広げる2人です。ですが、それはまだお互いがお互いの心の中に何を燻ぶらせているのかを知らなかったからなんですね。相手の事なら全部知っている、そんな驕りがどのような形で2人に跳ね返ってくるかにも注目したいです。その時、2人はどのような決断をしどのような覚悟を決めるのでしょうか。そして、2人はどのような将来を歩むのでしょうか。彼らの物語は始まったばかりです。まだ春です。それでも隠し切れない心のざわめきに、是非悶えて頂ければと思います。

 プレイ時間は私で1時間50分程度でした。この作品には選択肢はありません。また、場面の切り替わりで章を建てており適宜休憩を取りやすくなっております。そして、章を進めていく中で徐々に2人の生活環境が分かりまた彼らを取り巻く人間環境も分かってくるのです。鷹司がどう思っているのが、逆にどう思われているのか、そんな新しい情報を知った時、プレイヤーであるあなたはどのように思うのでしょうか。今まで見ていた景色が少し変わって見える、見方が変わるだけでこんなにも景色が変わる、そんな思春期の心の揺れ動きを思い出せる作品でした。まだ始まったばかりです。続きが楽しみです。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<「無色透明な恋の色」に、ついに色を付ける時が来たのでしょうか?>

 ここまでテキストだけで情景が浮かんでくる作品も、そうあるものではないですね。駅の様子、街の様子、住んでいる賃貸部屋の様子、大学までの道のりの様子、そして咲間鷹司という人物像、全てに具体的な色がついているように感じました。ですけど、それもまたきっとプレイヤー1人1人で違うのでしょうね。自分が歩んできた道のりの数だけ景色がある、そんな想像する楽しみにある作品だと思いました。

 この作品をプレイされた方で、大学生の方もしくは大学を卒業された方にお訊きします。あなたはどのような志で大学に進学しましたか?そして、その時の気持ちと今の気持ちで変化はありますか?そして、進学する時の志は本当に志でしたか?その答えの1つが、咲間鷹司という人物像なのかなと思っております。咲間鷹司は公認会計士になりたくて大学に進学しました。ですが、それだけが大学に進学する動機ではありませんでした。咲間鷹司は聡桜大学への進学を失敗と捉えていました。実際のところ、大学はブランドではなく指導教官と学部学科がファクターとして大きいです。咲間鷹司の中で、公認会計士になる事だけが大学進学の動機ではない事が明らかですね。別にこれが悪いと言っているのではないのです。大切なのは、遅かれ早かれそうした自分の中の澱みの様な物に否が応でも向き合う瞬間が来るという事です。

 咲間鷹司は経営会計学会というサークルに入会しました。そして同期の緒方大貴と共に経営学や会計学について研鑽し知識を深めていきました。ですが、2年になりどこかその気持ちが薄れてしまいました。その理由を、咲間鷹司は明確に説明できないでしょう。何故なら、自分の進学の動機や将来のビジョンについて曖昧にしているからです。その事実を、今なお活躍している緒方大貴や、ぎこちなくも咲間鷹司を慕っている後輩の小山達の姿勢から認識させられていきました。自分が何故聡桜大学に進学したのか、自分が何故公認会計士になりたいと思ったのか、その答えが見定められないまま、佐倉ユウナと再会してしまったのです。

 昔と変わらない雰囲気で接してくれる佐倉ユウナ、ここだけは何も変わらないと思っておりました。聡桜大学について、在学生である自分よりもある意味詳しい様子を見せた佐倉ユウナ、それでも咲間鷹司は自分の心のざわめきに蓋をする事が出来ました。ですが、佐倉ユウナが予備校の模試でB判定を取った時、いよいよ咲間鷹司は自分の心のざわめきを無視できなくなりました。この瞬間、自分の中の佐倉ユウナと現実の佐倉ユウナの違いを認識させられたからです。佐倉ユウナは明確に聡桜大学に入学したいという決意を持っておりました。その想いの強さは、少なくとも咲間鷹司が公認会計士になりたいという想いや大学に進学したいという想いよりも強いものでした。それが、模試の結果として確かに表れたのです。

 そして、きっと咲間鷹司はこの時の心のざわめきについてもやっぱり理由が分からないんですね。自分が知っている佐倉ユウナがどこか遠くに行ってしまった感覚が寂しかったのか、佐倉ユウナがいつか自分よりも頭が良くなるのを恐れたのか、それとも自分のちっぽけさに佐倉ユウナが自分から離れて行ってしまう事を恐れたのか、きっとこれら全部でありこれ以上の何かを持ち合わせているのではないでしょうか。作中で印象的な言葉に「無色透明な恋の色」とありました。それが本当に恋なのかどうかも分からない、生まれているのかそうでないのかも分からない淡い気持ちを表現しているのだと思います。その無色透明な恋に、色を付ける時が来たのでしょうか?

 自分の本当の気持ちを認識できないまま、春が終わってしまいました。このまま夏を迎えれば、いつかどこかで2人の間の小さな亀裂は溝となって目に見える形になってしまうでしょう。その時、咲間鷹司はどのような決断をするのでしょうか。佐倉ユウナの元に寄り添うのでしょうか、佐倉ユウナを自分のところに抱き寄せるのでしょうか、それともそのままにしておくのでしょうか。もどかしくこそばゆい展開はまだまだ続きそうです。まるで、自分の過去を見ているかのようです。これは、刺さる人にはとことん刺さる作品ですね。今ならまだ、春で止めるのもありかも知れません。きっと、夏をプレイしたらもう戻れないんでしょうね。自分?もちろん先に進みますよ?楽しみです。


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