M.M 半分の月がのぼる空 インプレッション


5、半分の月がのぼる空5 long long walking under the half-moon

2009/6/28更新


#「終わりがいつかわからないって……終わりが来るまでずっと続くって……どうしようもなく続くって……わかってると思いますか……」
#「頑張ってね。大変なことばかりだけど、精一杯にね」
#「よく考えてください。あなたはまだ十七歳でしょう。これから就職したり、進学したりするわよね。そのたびに、里香はあなたの足を引っ張りますよ。里香は遠くへ旅行することもできないし、この町でずっと暮らしていくことになると思います。あなたには夢がありますよね?その夢を、里香はすっかり潰してしまうんですよ?」

 それぞれ三者三様の言い方ですが言いたい事は全て同じです。病気を抱えているパートナーと暮らすという事、それが想像以上に辛いという事、そしてどんなに頑張っても最後には自分ひとりだけ取り残されるという事、それが分かっていて一緒に生きていくという事、三人とも立場が違いますが少なくとも裕一以上に経験し理解している立場からの言葉です。それでも裕一は一緒に生きる道を選んだんですね。なぜなら、裕一は里香と生きる事がこの世界の中で全てだからです。

 裕一の心は既に前巻の段階で決まってました。それは里香と生きるという事、どんなに辛い事があっても里香と一緒に生きていくという事です。そんな裕一の強い決心を感じたのでしょうね、夏目は同じ境遇を持っている石川さんに会わせるために浜松まで連れて行ってくれました。結局夏目も悟ったんですね、里香を幸せに出来るのは裕一しかいないと。自分は知識も技術も裕一よりもずっと優れているものを持っています。そして小さいことから里香を見続けてきた訳です。そんな夏目にとっても里香を裕一に任せるのには抵抗があったのでしょうね。今までの夏目の裕一への態度を見れば一目瞭然です。そんな夏目が自分の決断で浜松まで連れて行ったんです。あの夏目がです。夏目も一つ決心したんですね。亜希子と言い夏目と言い、やっぱり裕一の周りにいる人は優しい人ばかりです。

 そして今回はそれ以外の人物について面白い進展がありましたね。山西の勝手な思いつきは思わぬところで効果を発揮したようです。婚姻届がとりあえず切っ掛けになったのは両者とも間違いないのですが、もともと心の中にずっと溜まっていた思いがあったんですね。特にみゆきの気持ちは凄くよく分かります。

#よくわかんないけど、とにかく自分だってうまく掴めない……そして掴めないからこそ、よけいに溜まっていく……。

普通の高校生ならそれなりに悩みこそあるでしょう。でもその悩みなんて5年後10年後思い返せば所詮かわいい高校生の他愛もないような悩みばかりでしょう。それが分かっている、自覚しているからみゆきは落ち込んでいるんです。裕一のあんな必死な姿を見せつけられれば、里香への羨ましさだけでなく自分への惨めさも感じます。

#ふわふわしてないから、きっと裕ちゃんは壁を走ったんだろう。

このふわふわという表現は実にしっくりきますね。不安定な高校生の心情をうまく捕えている言葉だと思います。そんな中での婚姻届です。正直みゆきの心は結構グラついてますね。

 そんな中での司の言葉です。司はとにかく真っすぐな心と言葉をもった素敵な人物です。そんな司が実質初めて持った恋心、いや〜甘酸っぱいですね。それでもそこは真っすぐな司です、緊張を隠しながらも自分の手に掴みたいものを掴むためにみゆきにアタックするわけです。その動作や言葉は正直不安げです。それでも司には誰にも負けない真っ直ぐな心があります。

#「だから安心したまえ。君が困っているとき、わたしは、ドスカラスは必ず駆けつけて、君を助けるよ。−−じゃあ!」

きっと将来思い出したら恥ずかしいセリフでしょうね。それでも精一杯の司の思いは十分伝わります。みゆきにはそれが分かったんでしょうね。グラついたみゆきの心を司の言葉はがっしりと抑えてくれました。ずっと悩んで難しい顔をしていたみゆきがめずらしく笑ったんです。ひょんな切っ掛けで露わになった二人の心、それがうまい具合に鞘に収まりそうです。何となくですけど、この二人は今後付き合うんでしょうね。いい関係が出来てますもの。司はみゆきを支えたい、みゆきは司に支えてもらいたい、ある意味理想的な姿ですね。

 そして裕一の決意表明、それは里香のお母さんに対するものです。こっちも不器用ながらまっすぐ自分の気持ちをぶつけたからこそお母さんは聞いてくれたんですね。そしてその姿はかつての自分と全く同じものでした。

#「同じですね」
#「辛いですよ」
#「思ってるよりも、ずっとずっと辛いですよ」
#「それでもいいんですか」

この段階で既にお母さんは諦めていたんですね。諦めて、裕一を信じてみる事にしたんですね。この言葉には拒否的なものは感じません、応援してるようにさえ思えます。だから裕一は答えるんです。

#「はい」

と。

 とりあえずこれで裕一と里香の物語はひとまず終わりです。出会ったばかりの頃は何も知らなかった裕一、そこかなゆっくりゆっくりと心を通わせ、ようやくここまで来ました。二人にはこれから辛い事が待っているのでしょう。それでも、この思いを忘れない限りやっていけると思います。里香と生きる道を選んだことを忘れない限り。


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