M.M 半分の月がのぼる空 インプレッション


4、半分の月がのぼる空4 grabbing at the half-moon

2009/6/28更新


 いや、ただただ凄いな、と。何が凄いって、物語の大部分を占めた夏目の過去の話がそっくりそのまま裕一の行動の伏線になってたなんてね。時間としてはそれほど経ってないのに…高々数時間の話に二百ページも使うなんて。しかも、いつものごとくその内容のほとんどはキャラクターの心情ばかり。この物語を動かしているのは間違いなく人の思いです。

 私も現在学生ですので(厳密にはちょっと違いますが)5年将来の事なんて全然分かりません。東京にいるかも知れないし地元にいるかも知れないしもしかしたら全然違うところにいるかも知れないし、そんなものは世界がどう動くかで全然変わります。いや、違いますね。自分がどう動くかで全然変わります。実際夏目も自分の意志で自分の人生の進む道を選んで今ここにいるのですからね。そしてその道は自分の理想とは決して違う道、そんな道を自分の意志で選ぶ事があるんです。

 夏目の心理はこの物語で実にシンプルに表現されています。


#僕はなかなかの野心家なのだ


この一言に尽きるでしょう。夏目は要領が良いです。そして努力家です。今まで自分の力で全ての望みをかなえてきたのです。それでいて野心家です。彼が医学の道に入って医局のトップを目指したいと思うのは当然の心理でしょう。ですが、夏目の唯一の誤算はそれ以上に小夜子の事が大事だった事です。残酷な場面ですよね、小夜子と自分の野望のどちらかを切り捨てなければいけないなんて。もちろん夏目は葛藤しましたね。それはもう自分の中にいる二人の夏目がです。


#荷物を背負いつづける必要はないだろ……重ければ、下ろせばいいんだよ……おまえが背負ったって、なにがどうなるものでもないんだぜ……。


でも結局


#僕は虎にはなれない。
#悟った
#僕は虎にはなれないんだ。


これは果たして挫折なのでしょうか。傍から見たら挫折に見えるでしょうし、夏目じゃなくで他の誰かだったら夏目も挫折だと思ったでしょう。でも、静岡に向かう車の中での夏目の心情は実に誇らしい物でした。なぜなら、夏目にとって小夜子を守って生きる事が最も素晴らしいことだからです。

 そして、そんな夏目の自分自身で人生の道を選んできた生き方はそのまま裕一にも受け継がれました。こんな長い過去のエピソードを踏まえての以下の夏目のセリフです。


#「里香のためだと思えば、なんだってできるだろ。本当に欲しいものは自分の手で強引に掴み取れよ。おまえの両手はそのためにあるんだぜ」


重いですね。愛する者を失い自身の野望が達成されなかった夏目だからこそ言えるセリフです。これには自分の理想を掴めなかった悔しさ、それでも後悔していない満足感、そして同じ失敗をして欲しくない思いと色々な物が含まれている気がしました。おそらくこれから裕一はずっと里香の傍にいるのでしょう。たとえどんな未来が待っていようとも、ずっと里香の傍にいるのでしょう。なぜなら、裕一にとって里香を守って生きる事が最も素晴らしいことだからです。

 他に印象的な点として、繰り返しの表現が多かったですね。まあそれが故にキャラクターの心理が深く伝わったのですけどね。「半分の月が輝いていた」なんて、何回登場したんでしょうかね。他にも小夜子の「ごめんね」とか、もう心に響きすぎて泣きそうになりましたね。ですがこういう繰り返しの技法は何度も心に刷り込まれるので読者は感情移入しやすくなりますね。こういったファンタジーでも何でもない普通の物語には実にうってつけの技法だと思いました。

 最後に何となく思った事ですが、里香はそう遠くない未来に死ぬんですね。最初は里香が死ぬような悲しいエンディングにはならないだろうと信じていましたが、そんな単純なものではないですね。いや、むしろ心に正直に生きるキャラクターを見ているとある意味単純なのかも知れませんね。ようやく半月も折り返しです。どんな結末になるかは分かりませんが、最後まで自分の心のままに突き進んでもらいたいです。


←半分の月がのぼる空3 wishing upon the half-moonへ   半分の月がのぼる空5 long long walking under the half-moonへ→




→雑記
→Main