M.M 君と目覚める幾つかの方法




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 7 7 87 13〜15 2018/7/28
作品ページ(R-18注意) ブランドページ



<人間らしさと信頼関係の大切さを感じる事が出来る、キャラクターの魅力に溢れた作品です。>

 この「君と目覚める幾つかの方法(以下君めざ)」は美少女ゲームブランドである「Navel」の15周年記念タイトルです。Navelは現在同人ビジュアルノベルの割合が殆どになっている私がデフォルトで予約しプレイしている数少ないブランドです。Navelの作品をプレイし続けている理由は、前身であるBasiLの「それは舞い散る桜のように(以下それ散る)」(レビューはこちらからどうぞ)という作品が切っ掛けでした。シナリオライターである王雀孫氏と原画の西又葵氏の組み合わせが大変気に入ってしまい、その後Navelから発売された「俺たちに翼はない(以下俺つば)」(レビューはこちらからどうぞ)は私がプレイしてきたビジュアルノベルの中でも一押しのタイトルとなっております。その後王雀孫氏がメインとなる作品は見受けられなくなりましたが、そのテイストはNavelに受け継がれその後長期シリーズとなった「月に寄りそう乙女の作法(以下つり乙)」(レビューはこちらからどうぞ)シリーズも大変な人気となっております。今回プレイした君めざは、Navelにとっては実に6年振りとなる新シリーズタイトルです。つり乙シリーズを積み上げる中で磨かれていったテキストとBGMを継承し、15周年記念作品を銘打っている本作品がどのようなものか、往年のファンは勿論多くの方が注目したのではないでしょうか。

 私にとってNavelは、それ散るや俺つばでは王雀孫氏のテンポの良いテキストが、つり乙シリーズでは女装主人公やヒロインをはじめとしたキャラクターが大変な魅力でした。プレイ前からプレイヤーの注目を集め、その前評判通りの内容でした。ですが、正直君めざについてはそういったキャッチーな注目要素は無かったのではないかと思っております。原画はこれまでNavelを牽引してきた西又葵氏と鈴平ひろ氏ですが、シナリオライターは私にとっては初めてとなるかずきふみ氏です。どのようなテキストなのか全く分かりませんでした。そしてキャラクターについて安定感は感じておりましたが、個性的かと言われればパッケージの段階ではそうは思いませんでした。Navelですので必ずや安定した面白さを提供してくれるとは思っておりましたが、特別に注目を集めたかと言われれば疑問です。勿論、キャッチーである事が大切かと言ったらそんな事はありません。むしろ、これまで6年もつり乙シリーズを続けてきたNavelがいよいよ新タイトルを発表するのです。これこそが注目するべき点なのかも知れません。皆さんはプレイ前にどのような期待を込めてプレイし始めたでしょうか?そしてその期待通りでしたでしょうか?そんな老舗のブランドだからこその注目のされ方も意識してみると面白いかも知れません。

 舞台は近未来の日本です。この日本ではオートマタと呼ばれるアンドロイドが普及しており、人間生活のあらゆる場面でパートナーとして活躍しております。主人公である伊奈宗介は、そんなオートマタの整備士です。祖父から受け継いだ伊奈モータースという個人店の店長として、日々忙しくも平穏な生活を送っておりました。宗介の周りには沢山の人がいました。幼馴染である八雲舞花や京橋みこと、先輩整備士である三鷹弥彦、そしてアンドロイドであるアイルやマキノなど、大勢の人が宗介を信頼しており、宗介もまた彼らを信頼しているのです。そんな伊奈モータースの前で、ある日1人の女の子が倒れておりました。名前は枚方初音、彼女の足は、何とオートマタ用のパーツが付けられていたのです。そんな初音を保護し、何としても守りたいと心に誓う宗介。ですがそれは、人体売買という裏社会の事件と戦うという事を意味していたのです。果たして宗介達は初音を守れるのでしょうか。そしてこれまで通りの忙しくも平穏な生活を取り戻せるのでしょうか。人とアンドロイドの信頼関係と、人間らしさを考えされられるシナリオが幕を開けるのです。

 冒頭、私はこの君めざについてキャッチーな注目要素は無いのではないかと書きました。事実、プレイ開始時はありふれた設定とキャラクターだなと思ってました。ですが、この作品の魅力はシナリオを読み込み選択肢を選んでいく過程で不思議とどのキャラクターにも愛着を持てるという事だと思っております。主人公である宗介は割とアクの無い理性的な人物で、それが故に周りの人達からかなりの信頼を得ている状態で始まります。逆に言えば、その信頼されている状態が当たり前のように思えてしまい、その掛け替えのなさに気づきにくいのです。だからこそ、その信頼が試される場面に遭遇し、それを乗り越えている場面を迎える事でより一層キャラクターへの愛着が深まるのです。ゼロから信頼を勝ち取り愛情を深めていくシナリオも素敵ですが、始めから高い高感度が実はそうでなかくこれまでの地道な積み上げの結果なのだと気付くシナリオもまた、印象的だなと思っております。そんな、信頼関係の大切さを実感できるシナリオとキャラクターが魅力です。

 そしてこの作品の特徴はやはり人間と同じくらいアンドロイドが登場するという事です。特に主人公にとって、最も身近にいる存在はアンドロイドであるアイルとマキノです。作られた存在とは言え、人間以上に人間らしく振る舞い主人である宗介を慕っております。時に人の感情が理解出来ず極端な割り切りの様子もありますが、それがかえってアンドロイドらしさを印象付けており愛着が持てます。そして、アンドロイドはその言動や仕草だけではなく人間離れしたデータ処理やパワーが特徴です。それは確かな力となり、主人公をはじめとした人間の手助けになります。ですがそれが逆になれば人間にとって大変な脅威となります。そして、アンドロイドが味方になるか敵になるか、それは主人の思うがままなのです。そんな緊迫した様子も見る事が出来ると思います。それでも、人間でもアンドロイドでも宗介は変わりなく接してくれます。それこそが宗介の魅力であり、この作品の軸になっていると思います。もしあなたの身近にアンドロイドがいたらどう接するでしょうか?そんな事を想像するのも良いですね。

 プレイ時間は私で14時間10分程度でした。この作品はヒロインが複数いる事から想像できる通り選択肢もある程度の数があります。難易度はそれ程高くはありませんが、ある程度真面目に考えて選ばないと簡単にトゥルーエンドにたどり着かせてくれません。セーブスロットは沢山ありますので、選択肢ごとにセーブしローラー作戦が使えます。Navel作品の特徴は一度読んだテキストはパラグラフ単位でスキップする事が出来ますので、恐ろしいまでのスピードで飛ばす事が出来ます。代わりに、リスタートした時にあらすじが掴みにくくなっておりますので、既読スキップの方法は是非お好みでどうぞ。元々がそれ程ボリュームのあるタイトルではありませんので、パラグラフを飛ばさず既読スキップのみで概要を掴みながら読み進めるのも良いかも知れません。何れにしても、全てのCGやシーンを埋めたくなるシナリオとキャラクターだと思いました。Navelの15周年記念作品らしい、キャラクターの魅力がスルメのように感じられる作品です。是非多くの方にプレイして頂き、人間らしさと信頼関係の大切さを感じて欲しいです。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<自分を信じ他人を信じ、最終的にプレイヤーもまた彼らを信じた時が物語の終わりへたどり着く瞬間でした。>

 正直、何度も途中で「そろそろ終わりか」と思いました。初音を保護し、人体売買の黒幕である上大月秀一郎が捕まってやっと自由になれるんだなと思いました。ですが、そこからようやく主人公とヒロインの物語が進みだしたんですね。上大月秀一郎の逮捕はスタートラインに立つ為の準備でした。そして、ヒロインと関係を深めていっても拭い去る事が出来ないニース・ヴィルの影。それを解消するまで、多くの時間と周りの人達の協力と信頼が必要でした。彼らが目指した忙しくも平穏な生活を掴む、それを達成するまでの物語でした。

 まずは、プレイヤーを良い意味で騙すトリックと演出が面白かったです。特に上大月誠一郎を逮捕するまでの流れはお見事でした。まさかプレイヤーを巻き込んで二ヶ月以上もゲリラ戦をするとは思いませんでしたからね。宗介も初音も舞花もみことも、アンドロイドの皆も全て事情を理解しての行動でした。あの裁判の場面で、初音がしっかりと歩き一歩一歩前に踏み出していく様子は鳥肌ものでしたね。他にも、最終章でニース・ヴィルの強襲を受け宗介と初音が死んだと思わせる演出も良かったです。この時は、上大月誠一郎の件もありましたので「このままでは終わらないだろう」という気持ちはありました。それでも、特殊EDを用意する徹底ぶりはお見事でした。これらのトリックや演出は勿論プレイヤーを騙し楽しませるための者です。ですが、それを実現できたのは宗介を始めとした登場人物達の信頼関係があったからこそなのは言うまでもありません。

 私は宗介が羨ましいと思いました。それは宗介の周りに人間もアンドロイドもいるからではありません、彼らが本当の意味で宗介を信頼し慕っているからこそ、宗介を甘やかさず言いたい事を言えるからです。アンドロイドは人間の為に作られました。そうであるのなら、とことん人間を甘やかす存在になっても不思議ではありません。ですが、アイルとマキノにそんな様子はありませんでした。むしろ普通の人間と同じく、仕事をし愚痴を言い性欲もあります。そして、その性格は基本的にアイルとマキノが自分の経験の積み上げで作ったものです。宗介がゼロから全て調整し設定したのではありません。その上でのアイルとマキノのあの性格、それは即ち宗介に人望がある事の証拠に他ならないと思いました。

 そして、どの人間もアンドロイドも決して指示待ちではなく自分の意思を持って考えて行動しておりました。この作品のシナリオは、何も持ち合わせていない初音が少しずつ成長し自立していく様子を見守っていくのが主軸となっております。ですが、成長し自立していくのは初音だけではありませんでした。舞花は大きな信念を持ちながらも現実とのギャップに悩んでました。ですが清里や宗介、他の人達と触れ合う中で少しずつ視野を広げ理想と現実の差を埋めようと努力しておりました。みことは基本的にスペックが高く1人でも生きていけそうな実力を持っておりますが、その実は自分の気持ちを素直に出す事が出来ない事の裏返しでした。だからこそ、宗介に対する負い目を誤魔化しながら、それでも裏で支え続けておりました。3人だけではありません。由里花も清里も楠葉も、アイルもマキノも弥彦も、それぞれの悩みがありそれを克服しようとしていたのです。そうした成長を確かに見る事が出来ました。

 それでも、やはりこの作品を動かしているのは宗介と初音の2人である事は間違いないと思います。宗介と初音が出会わなければ、彼らの成長や更なる信頼関係の構築は成されなかったと思います。知らず知らずのうちに上大月秀一郎は逮捕され、ニース・ヴィルは消えていたかも知れません。それはそれで良い事ですが、宗介と初音の成長には繋がらなかったと思います。宗介と初音が出会って、初めて物語は動き出し全ての悪事は白日の下に晒されたのです。伊奈モータースという小さな個人店のメンバーだけで、国家的な組織と渡り歩く、冷静に考えてそんな事が出来るはずがありませんもの。それも、宗介に対する信頼と初音に対する思いやりが生んだ結果でした。彼らであればどんな状況でもひっくり返す頃が出来る。そんな信頼感がありました。いつの間にか、プレイヤーである私もまた彼らの事を信頼していたんですね。

 Navelの作品のキャラクターの魅力は、どのキャラクターにも信念があり折れないものを持っている事だと思っております。それに加えて、君めざのキャラクターには自分を信頼し周りを信頼する温かさがありました。そんな多くの人達の囲まれて、それこそ家族の様な関係で触れ合い成長していく物語を堪能させて頂きました。現在はとかく人間関係が複雑で巧妙で、良くも悪くも神経質な時代になっていると思います。そんな時代だからこそ、彼らのように以心伝心で信頼できる関係が必要なのかなと思いました。信頼する事や家族になる事に人間もアンドロイドも関係ない。大切なのは自分の気持ち一つ。そんな事を思いました。ありがとうございました。


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