M.M イリヤの空、UFOの夏 インプレッション
1、イリヤの空、UFOの夏 その1
2009/8/22更新
…なんなんでしょうね、この独特の高揚感とグイグイと物語に引き込まれる文章力は。第一巻読み終わっただけではイリヤの実態も施設の概要も世界観も何も分かってないのに、何よりも何も物語は進んで無いのにどうしてここまで引き込まれるんですかね。きっとそんな感じの特殊な文章力だから絶大なる人気を誇っているんですね。そんな訳で「イリヤの空、UFOの夏 その1」の感想です。
正直シナリオがほとんど進んで無い訳でなかなか感想が書きづらいので、とにかくこの作品に漂う雰囲気と文章について書こうと思います。改めて思い返すと、殆ど説明らしい説明文は無いですね。基本的に各キャラクターの心理状況と会話だけで成り立っています。そしてその会話表現は作者である秋山瑞人独特の言い回しが多く、癖になりそうなトリビアで埋め尽くされています。そんな要素が混じり合ってページがどんどん進みますね。基本ふざけた感じで書いているんですけど、落とし所はきちんと押さえていてその度に戦慄が走りましたね。特にイリヤが転校してきた時とか、避難訓練の時の退避姿勢をとっているときの表現とか、最後に水前寺が爆発させるところとか、戦慄が走ると同時になるほどな〜と感心すらしてしまいましたからね。
そしてこの作品のもう一つの見どころは、日常と非日常の扱い方です。もっと言いますと、普段の学園生活である日常の世界からは見えない非日常の世界に追い付けそうで追い付けない感じです。実際イリヤの所属する機関の情報操作の力は凄まじく、おそらく日本政府レベルの機密情報が詰まっていると思います。そして、そんな情報を一般人が手にいれることなど出来る筈がないのです。そんな絶対に触れる事の出来ない非日常の世界へ無理と分かっていてもアプローチする水前寺率いる新聞部です。ですが後半になって分かったのですが、水前寺は実は遊びでも何でもなく本気でそんな非日常の世界を探ろうとしているんですね。そして本当にそんな非日常の世界へ届きそうになるんですからね。これは面白いと思います。世の中魔法だのモンスターだののファンタジーな作品は多々ありますが、それはそういったファンタジーの世界に憧れると同時に絶対に入り込めないという事を意味しています。今回の機関の機密情報もこの類と一緒だと思います。だからこそそういった世界へアプローチする様に高揚感を覚えるのです。
そんな絶妙なバランスを保った当作品ですが、キャラクターの人間的にも実に魅力に溢れていますね。主人公である浅羽直之はどこまでも普通の中学生ですし、それに代わって水前寺邦博はなんというハイスペックなステータスと奇人っぷり、そして須藤晶穂はこれまた典型的な幼なじみキャラ、そして実体の分からない榎本と椎名真由美、さらには思春期真っ盛りの妹である浅羽夕子、全てのキャラクターに魅力があふれています。これも単に文章のほとんどが彼らの会話と心理描写で構成されているからなのでしょうね。
とにかく第一巻読み終わってもシナリオが全然進まない理由は、他ならぬ伊里野加奈が何も話さないからです。彼女がこの非日常と日常を繋ぐ接点であり、彼女が何か動きを見せないと何も始まりません。とりあえず第一巻は設定だけ丸投げしてその後ジワリジワリとシナリオを進めて行くんですかね。なにはともあれ楽しみにしましょう。
P.S. そういえば、この作品挿絵がありませんね。ついさっき気づきました。