M.M すみれ




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 8 8 86 7〜10 2017/6/11
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<ネットとリアル、過去と現在、そして「ねこねこソフト」と「ステージ☆なな」をもクロスオーバーした魂の作品です。>

 この「すみれ」という作品は、老舗のブランドである「ねこねこソフト」で制作されたビジュアルノベルです。ねこねこソフトと聞けば、10年以上のキャリアを持つビジュアルノベルプレイヤーであれば間違いなく知っている名前だと思います。最近ビジュアルノベルを始めた方でも名前くらいは聞いたとがあるのではないでしょうか。2000年1月28日に処女作である「White〜セツナサのカケラ〜」を発表し、その後発売された「銀色」「みずいろ」は当時の人気タイトルとしてねこねこソフトの名前を押し上げる作品でした。特に「銀色」は欝ゲーとして、「みずいろ」は妹ゲーとしての教科書のような作品であり、未だにその地位を不動のものとしております。

 私が初めてねこねこソフトの作品に触れたのは「みずいろ」でした。実は私、この「みずいろ」が4番目にプレイしたビジュアルノベルだったりします。それまでプレイした事があった作品はCIRCUSの「D.C.〜ダ・カーポ〜」と「水夏〜suika〜」、Keyの「Kanon」3つのみでした。いわゆる純愛ゲー・泣きゲーと呼ばれているタイトル達でしたが、みずいろが「普通の美少女ゲームを目指した」という事で当時初心者の私でも馴染めるのではないかとプレイした事を覚えております。プレイしてみて、穏やかな日常と学園生活、「片瀬雪希」という最強の妹、そして何よりも佐藤裕美(現在は引退)が歌う主題歌「みずいろ」が非常にお気に入りで、今後のビジュアルノベル生活の基礎になる作品になりました。

 その後ねこねこソフトの作品は意識的にプレイしておりました。「銀色」「ねこねこファンディスク」「朱」「ねこねこファンディスク2」「サナララ」「Scarlett」と、全てではありませんが大体は網羅しておりましが。ですが2006年からねこねこソフトは活動停止期間に突入する事になりました。当時の私にとって衝撃的な出来事であり、ねこねこソフトについて考えるなどというコラムを書くほどでした。それでも2009年に新作「そらいろ」を引っさげで復活し、非常に喜んだ事も覚えております。今回レビューしている「すみれ」は、そんなねこねこソフトの15年間の歩みを総括する作品です。過去にねこねこソフトに触れた方はもちろん、そうでない方にも「ねこねこソフトとはどういうブランドなんだろう?」という事を知ってもらえる作品だと思っております。

 主人公は社会人2年目になる青年です。周りの人と比べてコミュニケーションが苦手で、日々の仕事に対する情熱も徐々に冷めてきている普通の人間でした。彼には趣味にしている事がありました。それがネット上の仮想空間である通称「ギャルゲ学園」にサインインし、そこの住人と会話をする事でした。ギャルゲ学園には大学時代から触れており、かれこれ3年間経過しておりました。既に人気も下火になりつつあるギャルゲ学園ですが、2人の悪友である「多恵」「ピンク」と共に今日も何でもない会話を繰り広げておりました。彼女らと会話をするのはとても楽しいです。ですがあくまで彼らはネット上の親友。リアルで会う事は許されないのです。ですがそんなギャルゲ学園に新しい親友「モエ」が加わる事で、バーチャルとリアルがクロスオーバーしていきます。その時主人公はどのように接するのか、多恵・ピンク・そしてモエはどんな決断をするのか。ねこねこソフトらしい人生観・コミュニケーションについて問うた物語が幕を開けるのです。

 「すみれ」を語るにあたって、シナリオライターである「片岡とも氏」と彼の個人サークルである「ステージ☆なな」(公式HPはこちらからどうぞ)について触れなければいけません。ステージ☆ななとは上記の通り片岡とも氏の個人サークルでして、「narcissuシリーズ」をはじめとしたビジュアルノベルや、「水のマージナル」を始めとしたライトノベルなどを制作しております。そのテイストはねこねこソフトには余り見られないストイックで不条理なものです。特にnarcissuシリーズは死生観について極端に情報を省いたストイックな作品であり、当時の同人ビジュアルノベルで話題となっておりました。また車や地名への特異ともいえる細かさ、「7F」というキーワード、同じ登場人物名が繰り返される様子などは同人らしい拘りであり、ねこねこソフトとは違う片岡とも氏の姿を見る事が出来ました。

 「すみれ」の特徴はネットとリアルの境界線です。ネット上では天真爛漫な性格でもリアルでは実はぼっちだった、ですがそんな事は他のプレイヤーにとって全く関係ない事です。世の中に「ネカマ」と呼ばれる人が何人もいるように、表と裏で全然姿かたちが違うという事は割と当たり前の事です。だからこそ、ネット上でしか知り得なかった間柄のはずがリアルで接触してしまうのは大変な事です。それでも、その事が切っ掛けで本人の人生が変わるのなら、何かしら心境の変化があるとしたら、それはきっと素敵な事だと思います。不器用な彼らの世界がクロスオーバーした時にどのような行動を取るのか、是非自分に置き換えて考えてみて欲しいですね。

 リアルではぼっちで人間関係が苦手である、こういった設定は実はステージ☆ななの作品でよく見られる物でもあります。ねこねこソフトはいわゆるギャルゲーメーカーですので、良くも悪くもバーチャルでありそこまで現実的な描写は多くありません。逆にステージ☆ななは現実的な描写が多く、奇跡のようなものはあまり見かけません。何が言いたいのかと言いますと、この「すみれ」という作品の中で「ねこねこソフト」と「ステージ☆なな」のクロスオーバーも行わているという事です。まるでネットの世界がねこねこソフト、リアルの世界がステージ☆ななの様です。ただ楽しいだけではなく十分に心を締め付ける描写もあり、そのどちらも魅力となっております。

 そして「すみれ」は「ねこねこソフト15周年記念作品」でもあります。その為作中にはねこねこソフトの15年の歩みを象徴する様に、歴代の懐かしいキャラクターが登場します。ギャルゲ学園には様々なアバターが存在しますが、あなたは何人のキャラクターを知っているでしょうか?ギャルゲ学園には歴代のねこねこソフトキャラクターがごっそり登場します。彼らが直接シナリオに関わってくる事はありません。それでも時にシナリオを進める事を止めて彼らと会話してみては如何でしょうか。またすみれ本編でも「スカーレット」「7F」「健ちゃん」、そしてタイトルの副題になっている「離れえぬよう、流されえぬよう、ぎゅっと。」などねこねこソフトやステージ☆ななを象徴する単語が数多く登場します。知っている方は幾らでもニヤニヤ出来る仕様ですね。過去と現代をギャルゲ学園という舞台でクロスオーバーさせてしまった「すみれ」は、まさに15周年記念作品として象徴されるものとなっております。

 プレイ時間は私で8時間10分掛かりました。これは純粋に「すみれ本編」のプレイ時間となっており、ギャルゲ学園で歴代のねこねこソフトキャラクターと会話していた時間は省いております。フルプライスの作品としては短めです。それでも全てのボリュームを堪能しようと思うと倍以上の時間が掛かると思います。もちろん他のねこねこソフト作品をプレイしていなくても大丈夫です。私自身ギャルゲ学園では知っているキャラクターとしか会話をしておりませんし、すみれ本編に過去のキャラクターが登場する事もありません。それでも選択肢でシーン回収やエンディング分岐がありますので、ところどころで休憩を挟みながら全CGを埋めて欲しいですね。また公式HPにてパッチが頒布されております。これを当てることでスタッフコメントが読めますので是非初めに当ててプレイして欲しいですね。ネットとリアル、過去と現在、そしてねこねこソフトとステージ☆ななをもクロスオーバーした魂の作品です。是非その想いを感じて欲しいですね。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。










































<目を背けたくなるものから逃げない。それが相手との境界性を突破できる唯一の方法。>

 ステージ☆ななの作品って、どれも割と「そっと」終わるんですよね。一般的にはテキストを読み終えてエンディングムービーが流れてハイ終了という演出だと思うのですが、ステージ☆ななはごく自然にタイトル画面に戻ります。それはきっとゲーム上のシナリオはこれからもずっと続いていくんだという事、めでたしめでたしで終了ではないという事を意味していると思っております。「すみれ」もまたごく自然に物語に幕を下ろし、彼らの人生はこれからも不器用に続いていくんだなという事を感じさせるものでした。

 ネタバレ無しのレビューの前半で、「みずいろ」という作品をプレイしたと書きました。「みずいろ」が目指したのは普通のギャルゲー」であり、その名の通り奇跡も超展開もない当たり前の日常に重きを置いた内容でした。まさか作中で「みずいろの日和ルート」を丸々読めるとは思っても見ませんでしたね。日和ルートはみずいろ中で最も人気の高いシナリオでした。ややネタバレですが、普通を目指したみずいろという作品の中で日和ルートは唯一ファンタジーなシナリオです。それでも、「みずいろ」発売から「すみれ」まで14年経過しており、日和ルート程度すら普通に思えてしまいます。

 ですが皆さんお気づきでしょうか?普通のギャルゲーを目指した「みずいろ」ですら、リアルの世界とは似ても似つかないのです。純粋無垢な学生がみずいろをプレイしたら「もしかしたらリアルでも似たようなイベントが起こるかも知れない!」と思うかも知れません。ですが実際そんな事は起きないのです。両親が一緒に住んでいない家庭・血の繋がっていない妹・昔離ればなれになった幼馴染・自分を慕ってくれる後輩やクラスメイトや先輩、そんな状況にあった事のある人が何人いるでしょうか。そして彼女らと恋愛してHしてゴールイン出来る様な展開をリアルで何人体験できるのでしょうか。みずいろはあくまでギャルゲーなのです。普通を目指していてもその先はギャルゲー、リアルでは決してないのです。

 だからこそ、「すみれ」の主人公は「みずいろ」の主人公である「片瀬健二」に憧れました。クラスメイトと自然に会話し、女の子といつの間にか距離を縮め、男気もある理想的な主人公です。時にドラマティックな展開も含めつつ最後はハッピーエンド、誰でもあんな主人公になれればと思うと思います。ですがもちろん主人公は片瀬健二ではありません。そして都合よく女の子も言う事を聞いてくれません。片瀬健二もまたギャルゲーの典型的な存在であり、主人公に再現できるものではなかったのです。

 ですが主人公はあろう事がその片瀬健二の真似をしました。どれだけ女の子に拒否されても周りから馬鹿と言われても、最後まで粘り強く彼女らに接してきました。究極の諦めの悪さです。そして結果は惨敗の連続。それでも諦めなかったのです。主人公は片瀬健二ではありません。それでも片瀬健二になりたくて努力し続けました。その結果が、ネットとリアルの境界線を越えることに繋がったのだと思います。寝た振りを続け他人とのコミュニケーションを取る事を恐れていたすみれ、他人を信頼できずコミュニケーションを取る事を拒んでいた雛姫、そして自分の人生を贖罪にささげ未来を生きる事を諦めていたあかり、彼女ら3人の心を溶かしたのは主人公でした。片瀬健二ではなく主人公でした。踏み込めないはずの領域に土足で踏み込み、それでも怖気づかなかった結果でした。

 物語最後、佐伯さんはあかりについて「寝たフリをしていた事に薄々気づいていたけれど気づかない事にした、それがいけなかった」と言っておりました。これは何も寝たフリだけではなく日常にあらゆる場面で起こる事だと思います。仕事をしていてちょっと気になる事があったけど言わないでしまった。Twitter上の発言でふと目に止まったつぶやきがあったけど特に気にしなかった。電車に乗っていて優先席に座っていながらお年寄りに席を譲らずスマホばかり見ていた。気づいても、気づかないフリをするって凄く楽ですよね。めんどうくさい事なんて誰もがお断りです。ですけど不思議な事に、そのめんどうくさい事に踏み込まないと見えない景色ってあるんですよね。そしてその結果待っているのは、良いも悪いも両方あるのです。

 この作品の中でも、そんな踏み込むことを面倒臭がった結果取り返しのつかない事になってしまう人が沢山いました。雛姫はもっと早くお父さんと仲良くしていれば死ななかったと後悔しました。あかりは早く寝たフリを辞めればお父さんは死ななかったと後悔しました。だからこそ、後悔に気づいてそれを取り戻そうとする姿が光ってましたね。自分がリアル健ちゃんである事を告白した主人公、クラスメイトに言いたい事を言い放ったすみれ、主人公を信頼した雛姫、メイを解き放ったあかり、それらの積み重ねが、やがて後悔を取り戻し未来への架橋を作っておりました。

 世の中で一番面倒臭い事って、人間関係だと思います。これ程自分の思い通りにいかない事はありませんからね。だからこそ、コミュニケーションを諦めないで見ないふりをやめて突き進むから楽しいんですね。時に衝突もあります。それでも気分は意外とスッキリするものです。この作品は、ネットという世界からリアルへと飛び出していった人々の物語、過去の後悔を断ち切って未来へと一歩踏み出した人の物語でした。彼らの物語はこれからも続いてきます。まだまだ大変なことはあると思います。それでも、信頼関係を作れた彼らであればきっと乗り越えていけると思っております。後はこの信頼関係を忘れず手放さない事ですね。しっかりと相手の手と心を掴みましょう。離れえぬよう、流されえぬよう、ぎゅっと。ありがとうございました。


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