M.M ものべの -happy end-




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 9 8 85 35〜40 2020/10/2
作品ページ(R-18注意) ブランドページ



<圧倒的な背景描写とBGM、それが故にボリュームたっぷり過ぎてお腹いっぱいになってしまいました。>

 この「ものべの -happy end-」はデジタルノベルブランドであるLoseで制作されたビジュアルノベルです。Loseの作品では、過去に「まいてつ」の方をプレイさせて頂きました。E-moteを使用した魅力ある登場人物、場面を連想させテーマを持たせている主題歌、鉄道を中心に徹底的にリサーチされている事が分かる設定、そして何よりも熊本県人吉市を舞台とした取材と再現が素晴らしく大変印象に残っております。特に熊本県人吉市については実際に現地に聖地巡礼に行った事もあり、改めて人吉に対するリスペクトと舞台に対する愛情を感じました(聖地巡礼の様子はこちらからどうぞ)。今回プレイした「ものべの -happy end-」はそんなLoseがまいてつの前に制作された作品です。プレイした切っ掛けは、私がHPで行っているプレイして欲しいビジュアルノベルにて投稿された事でした (こちらからどうぞ)。元々まいてつが非常に素晴らしかった事もあり、これを切っ掛けにプレイしようと思い今回のレビューに至っております。

 舞台は高知県にある茂伸(ものべの)町です。主人公である沢井透とその妹である沢井夏葉は、久しぶりにこの故郷である茂伸町に帰ってきました。昔茂伸町に住んでいた筈の夏葉はその時の記憶を失っているのですが、茂伸町の自然豊かな環境と綺麗な空気、そして何よりも幼馴染である有島ありす・沢井家を守っていた妖怪であるすみ・そしてその相棒である飛車角といった懐かしい面々が温かく迎えてくれました。茂伸町の豊かな自然に囲まれすっかり妖怪たちとも打ち解けた夏葉、そして夏の風物詩であるひめみや流の夏祭りが始まりました。ですがその夏祭りで体調を崩した夏葉、その後目を覚ましたら体が異常成長していたのです。そして茂伸町を襲う大雨、夏葉を中心に何かが変わろうしておりました。ここから、茂伸町を舞台とした自然と家族の物語が幕を開けるのです。

 ものべのもまいてつと同様に、特定の舞台を中心として展開されております。ものべのの舞台は高知県香美市物部町です。Googleマップや過去に聖地巡礼をされている方のHPを参照したのですが、本当に作品同様に秘境と言いますか田舎にあるという事が分かりました。実際の建物や観光地などを参考にしており、この時から舞台を大切にするLoseの精神を感じました。そして、物部町にも土地信仰など作品同様の伝承などが残っているとの事です。これもまた舞台を大切にしており、設定や物語に説得力を持たせてくれます。実際、背景素材に使われている物はほぼ全て実際の舞台と同様です。この美しいビジュアルを見るだけでも心奪われるかも知れません。

 個人的に特にお気に入りなのはBGMです。ものべのは日本の田舎を舞台とした作品という事ですので、笛・弦・太鼓といった楽器を使用した楽曲が多く用いられております。それぞれ透明感があり、目を閉じても茂伸町の風景が目に見える用です。種類も非常に多く、日常の場面・楽しい場面・緊張感を漂わせる場面・悲しい場面などがすぐに分かります。最終的に、音楽鑑賞画面に収録される楽曲数は何と137曲です!バージョン違いやボーカル曲のインストバージョンなどもありますが、それを差し引いても圧倒的です。個人的にお気に入りなのは「下弦の月」「恋知りそめし ver.2」ですね、勿論それ以外の曲も基本的にお気に入りです。

 という訳で様々な要素で高レベルでまとまった作品なのですが、それが故に1つだけ残念な点がありました。それは、あまりにもモリモリ過ぎて途中でお腹いっぱいになってしまった事です。ものべのはシナリオは4.2MB程のテキストがあり大ボリュームなのですが、実際のところそこまで場面転換が激しい訳ではありません。ずっと茂伸町の魅力と登場人物達の成長を見る事が出来ます。ですがそれがちょっと単調と言いますか、長すぎると思ってしまいました。加えて、この作品には多数のHシーンはあります。シナリオ上の物以外にも追加で見られる物もあり素晴らしいサービスです。ですが、そのHシーンを全部見る為に7時間程費やしてしまいました。何しろ100に迫る数がありましたからね。例えるなら、大量の極上ステーキを食べ終わってデザートに高級ミルクアイスを100個食べたという感じです。凄すぎると言いますか、本当にお腹いっぱいになってしまいました。長期間 を想定してじっくりとプレイする事をオススメしますね。

 プレイ時間は私で36時間15分でした。40時間程度であれば大作ビジュアルノベルの標準だと思いますが、上で書いた通り途中マンネリしてしまった事で一日の中でプレイ時間を中々確保できませんでした。その為ちょっとプレイそのものもダラダラしてしまったのは良くなかったかなと思っております。また選択肢は最低限の分岐しかありませんので、全てのエンディングを見る事は容易いと思います。メインヒロインのルートを消化する事で茂伸町の伝承や登場人物達の心情などを理解する事が出来ます。基本的に優しいお話ですので、急いで先の展開を気にして読むものではないと思いました。そういう意味で、あえて単調になるよう作ったのかも知れません。何れにしても、プレイ開始時から茂伸町の雰囲気にどっぷりと浸からせてくれます。この雰囲気が気に入ったのなら最後までプレイ出来ると思いますので、是非楽しんでみて下さい。聖地巡礼したくなりましたね。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<当たり前というものはどんどん変わっていく、全てはうたかたでありただなるようになるだけなんだなと思いました。>


「ものべのもうたかただ」


 自然豊かでひめがみ流の土地信仰が根強く残る茂伸町、そこはかつてから人間と妖怪が共に生活しており時に共存し時に対立する歴史がありました。そんな歴史の過程の中でひめみや様と七面頬によって協定が結ばれ、境が出来ました。これで妖怪が人間を喰らう事無く、それぞれがそれぞれの立場で生活する事が出来るようになりました。ですが、この状態が茂伸町の完成形であるという事ではありません。というよりも、物事に完成したという事はありません。それでも、自然豊かで風光明媚な姿はどれだけ時間が経っても残り続けていて欲しいと思っております。

 正直言ってしまって、この作品の主役は飛車角だと思いました。強力な傘妖怪であり非常に長い時間を生きてきた飛車角です。その姿は見るだけで安心感を与えてくれ、場の雰囲気を和らげてくれます。かたや人を守る事についてはピカ一の実力を持っており、加えて唯守るだけではなくちゃんと成長を促したり決断をさせたりと教育者的な立場も持ち合わせております。この作品は誰が欠けても成立しないのは間違いありませんが、その中でも間違いなく飛車角の活躍は大きかったと思っております。そんな脇役としての飛車角ですが、すみルートの途中で明かされたつみと飛車角とのエピソードから一気にメイン級に台頭してきました。そしてすみルートの最後、七面頬と対峙した時の飛車角の死にざまは見事でしたね。ちょっと涙出そうになりました。最後に残った一本の唐傘と、つみの笑顔から無事に愛する人の元にたどり着けたのかなと思っております。飛車角は人間ではありませんが、最も人間味があると言いますか愛情があるキャラクターだったなと思っております。

 そんな感じで、いつまでも傍にいてくれそうだなと思わせてくれが飛車角も天に召されました。世の中に永遠とか絶対というものは存在しないんだなと思い知らされました。この作品において、茂伸町が動き出す切っ掛けになったのは夏葉が御留水を飲んだ事でした。ひめみや様と七面頬によって結ばれた協定と作られた境を司るのが御留水です。それが無くなった事で境が乱れ、大雨が降り、本来いてはいけない妖怪が人間界に現れます。そこで誰もが思いました。御留水を元の場所に戻さないとと。ですが、ただ単純に御留水を夏葉から抜き出せばそれは夏葉がIAGSで死んでしまう事を意味します。そこで、透は夏葉を救いながら茂伸町を守る為に3つの選択から選ぶ事になるのです。最終的に、夏葉の体からは御留水が無くなりIAGSも完治する事になりました。ですが、茂伸町のあり様はそれぞれのルートで変わる事になりました。

 個人的には、夏葉ルートの最後の姿が最もしっくりきました。オオトメ釜に安置された御留水、この形もずっと昔から保たれていた訳ではありません。あくまで人間と妖怪の関係性を作るに当たっての過程に過ぎませんでした。だから、夏葉が御留水を飲んでしまった事の解決策として、御留水を夏葉から取り出してオオトメ釜に安置するだけが答えでは無いのです。冒頭書きましたが、夏葉ルートの最後で描かれた「ものべのもうたかただ」というのが本当なんだろうなと思いました。最終的に、人間に気概を加えるとされた河童などの妖怪も普通にマルトチで買い物しておりました。そしてその事に誰もが馴染んでおりました。そんな感じで、当たり前というものはどんどん変わっていくんだなと思いました。どれが正解でどれが不正解というのもない、ただ今の現状に合わせてうたかたなのが世の中の理なのかなと思いました。

 そして、この作品の登場人物に悪人は一人もいません。みんな、自分が大切にしている物や信じている物に忠実で素直です。それが故に対立してしまう事はありますが、それは悪い事では無くて当たり前に起きてしまう事です。それが故にお互いに納得感があり、考えて前に進んでいく様子が印象的でした。特に主人公である沢井透は素直な性格であり、それでいて間違った事を正して前に進もうとします。その為、このものべのという作品のシナリオが単調に思えたのかも知れません。状況が大変でも本人たちの気持ちが落ちている訳ではないんですもの。全員で協力して少しずつ前に進んで問題を解決する、こんな事が現実でも起きたら良いなと素直に思ってしまいました。

 非常に大ボリュームの中で、茂伸町にまつわる土地信仰の物語を楽しませて頂きました。そして、その中で変化点となった夏葉を中心としたシナリオでした。課題を解決する方法は様々であり、そしてどのような形が解決と言えるのかも様々あるのが印象的でした。変わらないのも変わるのも、どちらも正解不正解ではありませんでした。ただ、なるようになるというのがものべのの温かさなのかなと思いました。それでも唯一変わらないものがありました。それが茂伸町の豊かな自然です。人間と妖怪の在り方は変わっても、いや変われるのは豊かな自然が包み込んでくれるからだと思いました。どれだけ状況や考え方が変わっても、この自然だけは本当に残って欲しいですね。そんな事を思いました。ありがとうございました。


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