M.M 彼女が恋した繁花街


 この「彼女が恋した繁花街」は先に発売された「誰かが恋した繁花街」の続編となっております。その為レビューには「誰かが恋した繁花街」を含めたネタバレが含まれておりますので、ネタバレを避けたい方は避難して下さい。

・「誰かが恋した繁花街」のレビューはこちら

※このレビューにはネタバレしかありません。前作と本作の両方をプレイした方のみサポートしております。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。























































































シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 7 85 4〜6 2016/8/15
作品ページ サークルページ



<夢、願い、愛は掴み取る事が出来る。そんな彼らの一生懸命な姿を、コーヒーはただ静かに見届けておりました。>


「美味しい!美味しい!すごい!とっても凄いです!」


 夢咲藤が初めてコーヒーを飲んだときのセリフです。正直ですね、私この言葉を聞いた時にフワッと泣いてしまったんですよね。自分でも理由が全然分からなくて戸惑ったんですよ。泣く理由が分からないのに何故か涙が勝手にこみ上げてくる感覚は初めてでした。ここって別に泣き所でも何でもない普通のシーン。むしろ泣き所なんてそこから先にもう指で数えられなくなるくらい沢山あります。プロローグの中のプロローグ。開始5分ですよ。じゃあなんでこんな日常のシーンで泣いてしまったのでしょうか。全てをプレイし終わって、何となくその理由が分かった気がしました。

 活気にあふれどこまでも続く夢の繁華街である織衣舞街、そしてその中にある小さな喫茶店である胡蝶蘭に迷い込んだ夢咲春輝と月羽藍が自分の姉にそっくりなマスターである百合花と出会うところから始まる前作「誰かが恋した繁華街」。織衣舞街と胡蝶蘭のレトロな空気に包まれ、百合花を始めとした可愛らしい女の子に囲まれ、そしてコーヒーの魅力に溢れた大正ロマンの雰囲気が心地よい作品でした。ですが物語後半ではそんな織衣舞街から人が消え、やがて消滅してしまうという悲しいエンディングを迎えました。織衣舞街の雰囲気が心地よかったからこそあのエンディングを迎えた時の喪失感は大きく、夢や理想どうしても現実には打ち勝てないのかなと寂しく思いました。ですがだからこそ自分の気持ちをコーヒーに込め、相手に伝えようとする姿が儚くも印象的でした。そして今作である「彼女が恋した繁華街」で織衣舞街を作った夢咲藤のどのようなエピソードが語られるのか楽しみにしておりましたが、勿論そんな事実関係だけが語られる訳ではなくやはりコーヒーの優しい香りに包まれた夢溢れるシナリオが待っておりました。

 お互いに愛し合いながらも生まれた時代の為添い遂げる事が出来なかった松宮蓮太郎と夢咲藤。結婚し一緒に珈琲喫茶店を営むという夢は叶えられないものであり、だからこそお互いに納得し自分の大切にして幸せになる決意をしました。ですが、もしそんな厳しい現実ではなく時間の流れ無い心地よい理想郷への入口が開いていたらどうするでしょう。夢咲藤を失いその喪失感から織衣舞街へと逃げた松宮蓮太郎の気持ちは察するに余りあり、決して誰も責めることなど出来ませんでした。別に無理しなくても良いのです。どうせ叶えられない夢であるのなら、現実から逃げて理想郷に留まり続けるのは悪い事だとは思いません。だって叶えられないのですから。叶えられない夢に縋って何の意味があるのでしょう。

 ですが、この事についてこの作品の中で明確な答えを出しておりました。それが他ならぬ蓮太郎の「時間があるからこそ花も枯れるし人も死ぬ、しかし時間があるからこそ次の世代へ受け継がれていく」に込められておりました。夢というものは受け継ぐことが出来るのです。自分が叶えられなかったらその子供が叶えればいいのです。子供がいなくても自分の大切なものに想いを込め、誰かに受け継げばいいのです。この作品の中ではとにかく夢や願い、愛といったものに決して答えなどないと言っておりました。技術者になって自分の会社を立ち上げる夢は、春輝や藍、杏をお藤の元へ返すために電車を作る夢に置き換わりました。蓮太郎と結婚し珈琲喫茶店を営む夢は蓮太郎と最後に別れるのは死ぬ時という願いに置き換わりました。蓮太郎が藤に向けた願いは現在藍が春輝に向けた願いへと変わっております。一つではないのです。決めるものでもないのです。夢や願い、愛が曖昧で不確かであるからこそ、形を変えて次代へ繋げる事が出来るのです。これがこの作品で言いたい事、そして夢や願い、愛を捕まえる事は義務であるという力強いメッセージを届けてくれました。

 そして、そんな蓮太郎を始めとした彼らの願いの傍にはいつもコーヒーがありました。上でも書きましたが、この作品を語る上でコーヒーは欠かせません。蓮太郎と藤の夢の始まりはコーヒーでした。コーヒーを飲む事が彼らの日常であり幸せでした。そんなコーヒーを作りたいという願いが織衣舞街と胡蝶蘭を作り出しました。同じ豆を使用しても同じ道具を使用しても、そこにこめる人の数だけコーヒーも存在します。そんなコーヒーの温かさが彼らを優しく包んでくれていたからこそ、蓮太郎、春輝、愛、杏は再び現代へと舞い戻り藤と再会出来たのだと思います。実は私自身、前作である「誰かが恋した繁華街」をプレイした事が切っ掛けでコーヒーに興味を持ち、職場で作るコーヒーも拘ってみようと思ったのです。何も考えずに作るのではなく飲む人がいることを考えて作る。それだけで香りも変わる気がします。「誰かが恋した繁華街」で表現されたコーヒーへの想いは、ゲームを飛び越えてプレイヤーに受け継がれているのです。

 レビュー冒頭、私が開始5分で泣いてしまったのはきっとこれが理由なのだと思いました。夢咲藤がコーヒーを飲んで美味しいと言ってくれたことが、まるで自分の事のように嬉しかったんですね。別に自分がコーヒーを入れた訳ではありません。コーヒーを入れたのはセリシイルのスタッフです。ですが例え自分がコーヒーを入れたのではなくてもセリシイルのスタッフがどんな気持ちでコーヒーを入れたのかは分かります。夢咲藤がコーヒーを美味しい言ってくれて嬉しかったに違いありません。その気持ちが分かったから、泣いてしまったのだと思います。きっと「誰かが恋した繁華街」から私へ、そして私からセリシイルのスタッフへと形を変えて想いが伝わったんです。こんなに嬉しいことはありませんね。こんなに心温まるシナリオとテキスト、何よりも夢、願い、愛に溢れた姿を見る事が出来て幸せでした。

 そろそろ締めたいと思います。人間が持つ夢、願い、愛は叶えなければいけないものであり、その想いは形を変え次代を超え伝えることが出来るという心温まるテーマは誰の心にも届くものでした。そして自分の夢、願い、愛を叶える為に奮闘する彼らの姿に心打たれました。そして彼らの傍にはいつもコーヒーがあったのです。「誰かが恋した繁華街」からプレイヤーに受け継がれ、そこから「彼女が恋した繁華街」へと受け継がれた想いの傍にもコーヒーはあったのです。大正ロマン溢れる温かい世界の中で、可愛らしいキャラクターに囲まれながら、コーヒーと共に自分の想いを忘れない事の大切さを噛み締める事が出来ました。ありがとうございました。


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