M.M 誰かが恋した繁花街




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 7 - 78 8〜10 2014/3/22
作品ページ サークルページ 体験版



<とにかく織衣舞街と胡蝶蘭の非日常の世界観を堪能して欲しいですね>

 この「誰かが恋した繁花街」という作品は同人サークルである「Life A Little」で制作されたビジュアルノベルです。C85で発売された作品でして、パッケージを見た時からとても華やかで明るい雰囲気を感じて早めにプレイしたいと思っておりました。感想ですが、パッケージ通りの華やかで明るい雰囲気の世界観の中で登場人物達の精一杯の気持ちを感じる事が出来たシナリオでした。

 公式HPをご覧になれば分かりますが、この作品の舞台は現実の世界とは違った異世界の町である織衣舞街(読み方はオリーブ街)という街です。レトロな雰囲気が漂う時間の経過のない街ですが、主人公達はひょんなキッカケでこの街にやって来る事になります。そして行く宛のない主人公達が偶然訪れた胡蝶蘭(読み方はこちょうらん)という喫茶店、この喫茶店で元の世界へ戻るまでの間住み込みで働くところから物語は始まります。現実世界とはちょっと違った非日常の世界、プレイヤーの方には是非この日常と非日常の違いを感じながらどこかノスタルジィ漂う雰囲気を味わって頂きたいですね。

 最大の魅力はやはり織衣舞街及び胡蝶蘭が作り出すレトロな雰囲気ですね。多くの人が行き交う華やかな街並みはどこか現代社会で失われた活気のような物を思い出させてくれます。胡蝶蘭は喫茶店という事で、喫茶店らしいコーヒーへのこだわりやお店の雰囲気作りを感じる事が出来ます。これを実現しているのは丁寧な背景とBGMです。この作品、現実世界は写真をぼかした背景素材である意味リアルなコンクリートの街並みを表現しているのですが、織衣舞街は丁寧に書き込まれた背景画で表現しております。このギャップがより一層織衣舞街を魅力ある街に仕立て上げております。BGMも華やかで明るい雰囲気のものばかりでして、織衣舞街そして胡蝶蘭のイメージそのままの楽曲ばかりです。

 そして実際にテキストを読んでいて気がついた事なのですが、会話中心の文章は非常にテンポが良く疲れることなく次の文章へと進むことができます。それは登場人物のキャラクター設定が個性的で飽きが来ないという事もあるかと思いますが、それだけでは説明がつかないテンポの良さがありました。ビジュアルノベル特有の「プレイヤー=神の視点」という構図においてその「神の立ち位置」が登場人物に近かった事が理由なのかなと個人的に思っております。とにかく登場人物達が身近に感じたんです。すぐ傍で会話を聞いているような感覚ですね。それもあって親身に状況を理解したいと思うようになり、結果として左クリックが止まらなかったのかなと思っております。昨今プレイしたビジュアルノベルでも抜群のテンポの良さでした。

 という訳であっという間に読み進めてしまいました。プレイ時間は私で9時間程度でして、ビジュアルノベルの長さとしても丁度良いのではないでしょうか。ちなみにこの作品にはヒロインが3人いるのですが、是非メインヒロインである百合花は最後に残して欲しいですね。まずは2人のヒロインのシナリオで作品の雰囲気を十二分に味わって頂き、百合花のシナリオで物語の真実にたどり着いていって欲しいと思います。そして上でも書きましたが、とにかく織衣舞街と胡蝶蘭の非日常の世界観を堪能することが一番です。プレイ中は何も考えずに作品の世界観の中に飛び込んで下さい。何か忘れていた物を思い出すことが出来るかも知れません。


→Game Review
→Main


以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<物には想いが宿る、それは気持ちを言葉に出来なくても相手に伝えるとても大切な方法なんだと思います>

 とても心が温かくなる作品でした。全ての登場人物が素直で優しいキャラクターであり、いつまでも居続けたいと思いました。それでも時の経過と共に街や人は変わっていくものです。夢のような生活にピリオドを打ち、自分の足で現実の世界へ帰る事が必要でした。織衣舞街と胡蝶蘭はそんな人生に迷った人がちょっと足踏みして自分の進むべき道を考え直すための場所だったのかも知れません。そんな気持ちになった作品でした。

 時間の経過のない街、それはある意味理想郷とも呼べる場所だと思います。何故ならそれは人と別れる事も死ぬ事も無くつらく苦しい事もないからです。ですがそれは同時に新しく出会う事も生まれる事もないという事です。結果として織衣舞街の人達は成長するという事がなく、与えられた環境で生活するしかありませんでした。そんな織衣舞街の中に夢咲春輝がやってきた時から、この織衣舞街はなくなってしまう事が約束されていたのかも知れません。春輝の登場で多くの人の心境に変化が出ました。それは成長であり、織衣舞街の時間が経過しない法則に反するものです。織衣舞街はある意味シャボン玉のようなものかも知れません。外からの刺激で直ぐに壊れてしまう儚い存在、夢というものはそういった存在なのかも知れません。

 結果として織衣舞街と胡蝶蘭、そして百合花の存在は現実世界の春輝の祖母である夢咲藤が作り出したものでした。作中では彼女の描写は冒頭の寝たきりの状態でしかありませんでしたので、何故彼女がこのような世界を作りたかったのか書かれておりません。次回作である「彼女が恋した繁花街」ではこの辺について書かれるのかなと思っております。では何故彼女が作り出した世界に春輝たちは行くことが出来たのか。ひょっとしたら春輝の将来を自分の介護に費やすわけにはいけないと思った彼女の気持ちが織衣舞街への道を開いたのかも知れません。そして春輝と春輝に捉えられている姉の杏と幼馴染の藍も開放しなければいけないと思ったのかも知れません。これは想像でしかありませんが、夢咲藤の意識は既に体にはなくあの神社にあって街を見下ろしながら彼らの事を憂いていたのかも知れません。

 という訳でメインヒロインである百合花シナリオは大変寂しく切ない内容であり、最後に謎を提示されて終わってしまったので後味的には決してよくありませんでしたが、それはひょっとしたら百合花が最後に出したスペシャルユリカブレンドの苦味なのかも知れません。この作品においてコーヒーを切り離すことは出来ません。人の数だけコーヒーがあり、同じ豆でもコーヒーを想う気持ちの種類だけコーヒーを作ることが出来ます。コーヒーについては特にリコシナリオで強調されてましたが、コーヒー1つで自分の気持ちを表現することが出来ました。そして作中で言われていた「物には想いが宿る」と言うセリフ、これも決してファンタジー的な話などではなくコーヒーを始めとした全ての物について同様なのだと思いました。実際の生活でも相手の為に行った行動というものはたとえ直接言わなくても割と気が付くものです。その感覚がきっと「物には想いが宿る」の意味なのかも知れません。

 人って気を使われると始めは申し訳ない気持ちが出ますがそれと同時に絶対に嬉しい気持ちがにじみ出てくると思います。それを素直に言葉に出来る人はそれで良いのかも知れませんけれど、そうでない人は是非物にその気持ちを宿らせれば良いのではないでしょうか。この前してもらった事が嬉しかったから今度は自分も同じ事をしよう。メールの最後に一言ありがとうを付け加えよう。ちょっと仕事場の掃除をしてみよう。そんな行動1つ1つが人の想いを繋ぐ、この作品はそんな事を伝えたかったのかもしれません。まとまらなくなりそうなのでこの辺で失礼します。次回作を楽しみにしております。


→Game Review
→Main