M.M 僕と彼女の生きる世界
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
5 | 6 | - | 69 | 2〜3 | 2018/2/21 |
作品ページ(無し) | サークルページ |
<死生観や人生観について、真っ直ぐに考え受け止める事がこの作品の楽しみ方だと思います。>
この「僕と彼女の生きる世界」は同人サークルである「サークル出雲」で制作されたビジュアルノベルです。サークル出雲さんと初めてお会いしたのはC93で島サークルを回っている時でした。実は、この時に手に取らせて頂いたタイトルは2つありまして、1つは「沈む月と欠片の少年少女」というR-18のタイトル(レビューはこちらからどうぞ)、もう1つは今回レビューしている「僕と彼女の生きる世界」です。どちらのタイトルも連続してプレイしようと思っておりました。先に「沈む月と欠片の少年少女」は、まあ正直なところR-18だからです。ですがキャラクターの作り方が大変気に入り、これはR-18関係無しに純粋にシナリオと登場人物を楽しめる作品だという事が分かりました。今回レビューしている「沈む月と欠片の少年少女」も同じ期待を持ち、プレイし始めました。
主人公であるりっくん(本名は不明)には大切な人がいました。それは幼馴染であり今は一緒に生活している白瀬由宇です。由宇にはその外観に大きな特徴がありました。それは体型がまるで10歳くらいであるという事です。りっくんと由宇は共に高校生です。一般的には思春期を迎え、第二次性徴と共に体つきが変化していく年頃です。ですが由宇はまだ初潮すら来ておりました。それには、りっくんと由宇が経験した幼い時のトラウマが関係しておりました。命の危険に晒された由宇、そしてそんな由宇を守る為に文字通り命を掛けて由宇を救ったりっくん。ですがその代償はとても大きく、由宇だけではなくりっくんにも人には言えない疾患を抱えております。彼らが本当に救われる方法、そして幸せになる方法は何なのでしょうか。それを是非一緒に探しに行きましょう。
この作品が取り扱っているものは死生観や人生観といった簡単には取り扱えないものです。幼い時に経験した出来事、それがトラウマとなりその後の人生において大きな影となってりっくんと由宇を覆い隠しております。表面的には仲睦まじい関係に見えます。そしてそれはりっくんと由宇にとっても同様です。ですがその実態は余りにも脆いものであり、共依存という言葉がしっくりくる関係です。自分に怯え、相手に怯え、何のために生きているのか分からなくなっております。それでも生きていかなければいけません。目の前の大切な人を本当の意味で幸せにする、その為にどうすれば良いのかを必死になって考えております。是非その姿を受け止め、応援して欲しいですね。時には倫理的に理解できない行動や発言もあると思います。ですがそれでも彼らは真剣です。人生の答えは人の数だけある、それを感じる事が出来るシナリオが待っております。
個人的にですが、物語の展開についてはやや鈍足な印象を受けました。この作品は主人公の一人称視点で進んでいくのですが、如何せん主人公が自問自答する時間が長いです。元々そういうプロットですので仕方がないのかも知れませんが、中々場面転換してくれません。そして、現実でもそうだと思いますが自分の悩みについて自分だけで考えても大体解決しません。解決しないどころかむしろネガティブな方向に行ってしまいがちです。読む人が読めば大変焦れったい、もしくはイライラする印象を持つかも知れません。そしてそれは必然的にテキストにも現れております。個人的に気になったのは、一文なのに同じウィンドウで読めない事です。どういう事かと言いますと、まだ文章が終わってないのに、クリックしてウィンドウを進めないと全文が読めないのです。これはちょっと不親切に感じましたので、是非同じウィンドウの中で文章は完結させて欲しいと思いました。
プレイ時間は私で2時間10分掛かりました。選択肢はなく、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。上記でも書きましたが、中々物語が進んでいきませんので体感としてはプレイ時間以上に掛かる印象を持つかも知れません。それでも、心理学や医学に造形の深さを感じさせる説明やテキストもありますので良い勉強になると思います。何よりも、登場人物達が悩み苦しんだ末のエンディングですのでその事実は是非認めてあげたいですね。不幸な幼少時代を経験した2人がどんな決心をするのか、そして2人にとっての幸せとは何か、是非皆さんも一緒に考えてみて下さい。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<正しい人生なんてない。だからこそ2人にとっての「生きる世界」を見つけなければいけませんね。>
「狂った歯車のまま噛み合っていただけ」
後半りっくんと直弼が対峙した時にりっくんが気づいた事です。最後まで読み終わって、これ程ピッタリ当てはまる感想はないかもと思いました。父親に虐待されていた由宇、そしてそんな由宇を助ける為に父親を殺したりっくん。そこからお互いに少しずつ歪んだ歯車は、その勢いのままにかみ合いながら世の中と乖離していきました。体の成長が止まり、離人・疎隔・健忘といった症状が治らない由宇。由宇を守る口実で、自分自身の衝動の為に殺人を繰り返すりっくん。こんな関係、いつか卒業しなければいけません。逆に言えば、こんな関係は2人の世界だからこそ許されるのです。まさに狂った歯車。それでも、彼らにとって自分の心を守るにはこれしか方法がありませんでした。
だからなのでしょうね。始めはりっくんも殆ど社交的ではありませんでした。そしてそれは自分自身でも認識しておりました。物語後半、文化祭などで盛り上がるクラスを見て少なからず感情の起伏を意識したりっくん。もしかしたら少しずつ変わっていけるのかと思いました。ですが、それは自分がこれまで犯してきた殺人と向き合うこと、そして罪を償うことを意味しておりました。結局のところそこの楔から解き放たれない限りりっくんに本当の幸せはやってこない、そう思っておりました。その事実は、最後に直弼と退治した時に強く意識させられるのです。
そして同時にりっくんが恐怖したのも、それは目の前にいる愛しい由宇という存在を失う事でした。由宇にとってりっくんが生きる上での全て、だからこそりっくんは殺人を犯してでも由宇の傍にいる事を決意したのです。では、その由宇は自分を必要としなくなったとしたら?これ程りっくんにとって怖い事はありませんでした。由宇が「私がいなくたってきっと楽しめるよ」と言ったとき、本当に恐怖を感じておりました。ですが、この時りっくんは同時に自分が生きる意味を真剣に考える切っ掛けも感じたのです。
由宇はりっくんに対して「あの時から恋人同士」と言いました。あの時とは、父親から犯されそうになったときに守ってもらった時です。初めから、由宇はりっくんから離れるなんて考えても見ませんでした。途中離人・疎隔・健忘といった症状を発症し、一見りっくんの事を忘れていると思わせる描写もありました。ですが、何だかんだで由宇はりっくんの傍に帰ってきたのです。そしてそれは形を変えて残り続けるものでした。共依存の関係から、一歩進んだ2人の愛の形がすぐ目の前に出来上がりつつあったのです。
物語最後、決してりっくんの殺人衝動が無くなったわけではありません。ですが、自分に欠落しているものを認識することが出来ました。その上で、自分たちに降りかかってきた運命に抗おうと決意したのです。少なくとも、これまでの後ろ向きな考えではありませんね。また同時に、由宇もりっくんに対する罪悪感から解き放たれつつあります。りっくんに全てを委ねるのではなく自分もりっくんを支える、2人が抱き合っている姿にはそのような印象も持ちました。まだまだ危うく不安定な2人です。ですが彼らはまだ10代ですからね。人生これからですし、そもそも正しい人生というものは存在しません。これから社会と触れ合っていく中で、2人にとって理想的な「生きる世界」を見つけられればいいなと思いました。ありがとうございました。