M.M 絶望する白銀少女




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 7 - 82 1〜2 2016/8/27
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フリーゲーム夢現



<「クリックシネマ」というビジュアルノベルの醍醐味が詰まった演出は全ての人に味わって欲しいですね。>

 この「絶望する白銀少女」という作品は同人サークルである「ZWEi」で制作されたビジュアルノベルです。ZWEiさんの作品はこれまでプレイした事は無かったのですが、C89の時から印象的なタイトルとキャッチフレーズでお名前は知っておりました。C89の時は体験版のみでしたので保留にしていたのですが、今回C90にてついに完成したという事で手に取らせて頂きました。死が身近に迫っている少女。そしてそんな死を刈り取る存在である死神。会うべくして会った2人の物語はどこに着地するのか楽しみにしながら、現在のレビューに至っております。

 この作品は公式HPやパッケージ等であらかじめ明確にテーマを提示しております。それは死生観です。ヒロインである雪宮雫は重い病気を患っている14歳の少女で、自分の命が残り僅かである事を知っております。初めこそ死に対する恐怖に怯えた事と思います。ですが今の彼女はそんな恐怖すらも受け入れて、ただ穏やかに最期の時を待っているだけです。そこに希望も絶望もありませんでした。そんな彼女に取り付くことになった死神クロウ。彼には楽しみがありました。それは人が死ぬときに出す絶望の表情を見る事です。そんなクロウにとって雫の達観した表情が面白いはずがありません。であるならば敢えて雫に希望を持たせてそこから絶望させればいいのではないか。この歪な関係は果たしてどのような結末を迎えるのでしょうか。生きるという事。死ぬという事。希望と絶望。様々な感情が交差する人間ドラマを味わってほしいですね。

 この作品には非常に大きな特徴があります。それは立ち絵が存在せずCGと会話のみで構成されているという事です。サークルさんの中でこの作品の演出を「クリックシネマ」と称しております。その名の通りまるで映画を見ているかのように場面が展開され、一つ一つのCG一つ一つの会話に重みがあります。私はこの演出こそまさにビジュアルノベルの醍醐味を最大限に活かしたものだと思っております。ビジュアルノベルは「文章」「絵」「音楽」を組み合わせた表現物だと思っております。つまり何かを表現したい時に、文章、絵、音楽の中で最も有効的なものを選択出来るのです。このクリックシネマでは、場面ごとの情景や時間・空間などの情報、そしてキャラクターの表情は全てCGでのみ表現しております。テキストは一切無いのです。テキストがあるのは会話のみです。会話は音声や文章でなければ表現できませんからね。その為非常に膨大なCGの量となっており、加えれ細かな感情の揺れ動きを表現しておりますのでどのCGも力の入れ方が大きいです。とてつもない労力に感服しました。是非皆さんにもこの素晴らしい演出を堪能して欲しいです。

 そしてそんなクリックシネマで表現される死生観は非常に重みがあります。雫の達観した表情と、それに対する苛立ちを隠さないクロウの表情に同じものは一つもありません。加えて死を待つ少女と死神の出会いは少なからず両者に影響を与え、会話をしていく中で様々な表情を見せてくれます。会話を読んでシナリオを理解し、CGを見て感情を理解する。気が付けば雫とクロウの姿をずっと目で追っている事と思います。この表情は何を考えているんだろう。雫のどこか歪な笑顔に何が隠されているんだろう。クロウが苛立っている本当の理由は何なのだろう。そんな想像をしているうちにどんどん物語は進んでいきます。映画ですからね。自分の意志でクリックしてるはずなのに何故かどんどん進んでいくのです。どこまで彼らの気持ちに寄り添えるかで、印象も大きく変わると思います。

 プレイ時間は私で1時間20分程度掛かりました。気が付けば最後まで一気に読んでしまいました。怒涛のCGにテンポよく展開される会話。そしてその結末。まさに映画を一本見たかの様な心地よい読後感が私を包んでおります。この読後感を作り出す為にこの膨大なCGは用意されたのかも知れませんね。とても美しい作品でした。次回作も楽しみにしておりますが、このクリックシネマを採用するのであれば制作は非常に時間が掛かりますね。それでもずっと待とうと思います。ビジュアルノベルの可能性を垣間見ることが出来ました。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<未練や後悔はいつまでも心の中に残り続ける。それを解決できるのは、自分自身しかいない。>

 ネタバレ無しの方でこの作品のテーマを死生観とザックリ書きましたが、真のテーマは「未練」だったのかなと思っております。死ぬ事に対して絶望する。生きる事に対して希望する。もしくは逆になる。それは人の数だけ存在すると思います。ですが、そこに自分の本心が入ってなければ必ず未練が残ります。この作品は、生きること死ぬことを通してどうやって未練を絶てばいいのかを教えてくれるものだったと思います。

 病気により自分の命が残り僅かである事を知っている雫。もはや雫にとって確定された死に向かうだけの生など意味を持たないものでした。だからこそそんな自分を生かすことに一生懸命な先生や看護師、両親に対して申し訳ないという想いがあり、せめて我儘は言わず迷惑を掛けない様にしようと心に決めておりました。まるで天使であり菩薩の様な心持ちですね。ですが人間は天使ではありませんしましてや菩薩なんかではありません。誰にも感情があり欲望がありエゴがあります。自分の命が消えようとしているのにそんな状況で他人に迷惑を掛けない事が幸せだなんて、それが本心の筈がありませんね。

 もしかしたらクロウが来なければ雫はそんな仮面の笑顔を貼り付けたままその短い生涯を終えていたのかも知れません。ですが恐らくそれはなかったと思っております。雫は余命短くてもそれなりに体は動いてます。まだまだ本当の意味で死を実感していなかったんですね。だから余裕があったんです。余裕があったから周りに迷惑を掛けない事を第一に出来たのです。ですがそれが無くなった時、いよいよ体が動かなくなった時に果たして同じ心持ちでいれるでしょうか。もはや「大丈夫だから」と言う事すら出来ないのです。雫が思う「周りに迷惑を掛けない」事すら出来なくなるんです。そうなった時にきっと思うんです。あの時もっと自分に正直に生きれば良かったと。

 そんな雫のただ死を待つ無為な人生を変えてくれたのが死神であるクロウでした。クロウもまた人間の気持ちが分からない若い死神でした。人間の絶望する姿を見るのが楽しくて仕方がない。好きなように生きるのが楽しくて仕方がない。他人の気持ちなど知ったことか。クロウもまた雫と出会わなければすっと孤高のまま死神として生き続けたと思います。ですがそんなクロウにも人間と同じ感情はあったんですね。雫の姿を見てイライラしているまさにそれが証拠です。感情がなければ、そもそも人間に対してイライラするはずがありませんね。機械のようにただ死を待って魂を狩ればいいのですから。そんなクロウを変えたのもまた雫でした。人に頼られるという事。人からお礼を言われる事。自分が関わった人が幸せになれるという事。その事の喜びをクロウは知る事が出来ました。

 この作品は所々に象徴的なセリフが散りばめられておりました。特にクロウが雫を叱咤するセリフはグサグサと雫に突き刺さりました。「お前が一番、自分を病人扱いしてる」「今はまだ生きてるんだろ!一番望むことをやれよ!」「言いたいことを言え、クソッタレって」。本当は雫も分かっていたんです。分かっていて分かっていない振りをしていたんです。やりたい事が無いはずがありません。理不尽だと思わないはずがありません。両親に傍にいて欲しいに違いありません。その言葉を素直に出したら、一気に世界が違って見えたではありませんか!誰も雫の事を迷惑だと思ってませんでした。みんな雫の本心を待っていました。「自分から言わないとダメなんだ」。この事に気づけた時、ここから雫の最期の人生がスタート出来たんですね。

 未練や後悔というものは、本当いつまでも私たちの心に残り続けますよね。中学校の時に好きだったあの子に気持ちを伝えれば良かった。もっと部活動に一生懸命打ち込めば良かった。就職に妥協しなければ良かった。人の数だけ未練と後悔はあると思います。何故人は未練と後悔を何度も残すんでしょうね。振り返れば、随分と些細な理由だったのではないでしょうか?友達がああ言ったから。周りの空気を乱すから。雰囲気的に何となく。自分の人生は自分だけのものですし、自分しか責任が取れないのです。他人がどうこう言ってもその他人は自分と一緒に死んではくれませんからね。悪い事をしなければ大概の事は水に流せるものです。つまらない意地やプライドこそ本当に勿体無い。その事に気づくまで私も随分と時間が掛かりました。社会的責任が取れるのであれば、後は出来るだけ未練や後悔が無いよう好きなように生きるべきですね。

 最後呼吸器を付けて死を待つ雫。その表情に後悔はありませんでした。目の前で自分の為に涙を流してくれる両親が居るのですから。悔しそうな表情をしている先生や看護師がいるのですから。そして、最後までクロウが傍にいてくれたのですから。未練がないという事は自分の気持ちに嘘をつかないこと。そして後悔しないことだと思います。クロウはこれからも多くの人の死に出会うことと思います。死ぬ事は悲しい事。であるならばせめて死ぬ本人に未練が無いことがクロウが出来る事です。雫を通して人間の感情に触れてきたクロウであれば、これから多くの人を幸せに出来るのだと思います。生まれ変わった雫の姿に別れの言葉を残し、今日もクロウは飛び回っている事でしょうね。ありがとうございました。


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