M.M 柘榴草紙




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
5 9 - 77 1〜2 2016/1/7
作品ページ サークルページ



<ありとあらゆる要素が全体の御伽草紙性を高めているビジュアルノベルの魅力に溢れた作品>

 この「柘榴草紙」は同人サークルである「F.T.W.」で制作されたビジュアルノベルです。F.T.W.さんと初めて出会ったのはC87で島サークルを回っている時でして、その時に手にとった「死埋葬」という作品が非常に淡い雰囲気を持った百合ものという事でとても印象に残っておりました。その後F.T.W.さんとはノベルゲーム部など様々な場面でお話する機会に恵まれ、過去作である「黒白痴」の方もプレイさせて頂き新作が出た際は是非プレイしようと思っておりました。今回レビューしている「柘榴草紙」はそんなF.T.W.さんのC89での新作であり、過去作同様独特の淡い雰囲気が大変印象的な作品でした。

 主人公である久瀬良昭はとある良家の三男として生まれました。兄と比べて秀でたものを持ち合わせていない良昭ですが、その穏やかな性格で日々気楽に過ごしながら物書きの仕事をしております。良昭には幼馴染がおりました。その名前は柘榴、良昭が3歳の時に庭に咲いている柘榴の木の下に立っていた少年です。妖艶に咲き誇った柘榴の花、その時父親は柘榴の導きを信じろというお告げのような言葉を聞きます。父親は迷う事なくその少年を養子に受け入れ、今日まで久瀬家の一員として生活しておりました。物語はそんな良昭と柘榴がとある奇怪に遭遇するところから始まります。

 タイトルにある草紙とは御伽草紙の事です。それは古来日本の文化と共に親しまれてきた物語であり、現代でも数多くの作品が語り継がれております。ですがそれはあくまで作られた物語、現実世界で起こることなどあってはならないのです。それでも良昭と柘榴が共に生活していく中で、そのような物語のような出来事が立て続けに起きてしまいます。果たしてそれらは現実の出来事なのでしょうか。それとも良昭と柘榴が見た唯の夢のような出来事なのでしょうか。是非テキストの1つ1つに散りばめられている登場人物たちの心情に注目しながら読み進めて頂ければと思います。そして目の前で遭遇する出来事に対して最後まで見届けて頂ければと思います。

 その他特筆するべき事にBGMが挙げられます。この作品は全てのBGMについて民族楽器や和製楽器などを用いており、時に穏やかであり時に緊迫した雰囲気を作ってくれます。驚くべき点は、作中にずっと漂う幻想的で物語のような雰囲気がこのBGMの力のみで成し遂げられているという事です。打ち込みを感じさせない音源だからこそ御伽草紙の様な雰囲気を作る事が出来ており、場の状況が刻々と変化しながらもどこか一線引いた立場でテキストを読み進める事が出来ます。ビジュアルノベルの長所といいますか魅力に溢れた作品に仕上がっており、まずはこのBGMと一体になった雰囲気を堪能して欲しいですね。他には演出が挙げられます。途中カットインの様に入る主要なセリフや幕間はプレイヤーの気持ちを引き締めまた緩めてくれます。注目するべきはその背景に書かれた美しい模様です。日本人であれば誰もが心の拠り所に出来る懐かしい雰囲気を感じる模様は、この作品が間違いなく御伽草紙である事を意識させます。このようにBGMや背景、演出を組み合わせこの作品の御伽草紙性を高めており、全体として独特の雰囲気を作り出しております。

 プレイ時間は私で1時間30分掛かりました。これもF.T.W.さんの特徴なのですが、シナリオの途中で章を区切っており適当なタイミングでひと呼吸置くことが出来ます。各章は私で20〜25分で読みきる事が出来、少し息をついて物語を回想してから改めて先に進むことが出来ました。味わい深い雰囲気とシナリオですので、テキストの文字数以上に感じる所が生まれるはずです。是非急ぐことなく作品の雰囲気を堪能しながら没頭して頂ければと思います。そして御伽草紙の先にどのような結末が待っているか楽しみにして欲しいですね。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<作品の裏側を読もうとする事、それが作品を消化する事であり作者の想いに寄り添うという事。>

 プレイし終わって振り返ってみれば何ともまあ温かい気持ちになる事が出来た作品でした。初めは人が骨になる奇怪な現象が起きたり人が蝋になる奇病が流行ったりと不穏な香りがしましたが、それらもまた1つの御伽草紙に過ぎなかったんですね。全ては良昭の才能であり、良昭の何者にも偏見を持たず受け入れる姿勢が生み出したひと時の出来事でした。

 柘榴は人ではなく怪異である、その事は皆言葉にせずとも心の内で理解しておりました。ですがそもそも柘榴が怪異なのか人なのかという事など本当に些細なことであり、全ては柘榴の人柄と言いますか雰囲気が大切だったのです。ともすれば柘榴が怪異であるという事が分かった瞬間手のひらを返したかのように追い出したり殺そうとする事も考えられたでしょう。ですがそうはなりませんでした。それは誰もが柘榴のそうした表向きの部分だけではなく裏の部分を見ていたからです。そしてこれこそがこの作品で最も言いたかった事なのではないかと思っております。

 作中最後、乙木は良昭に対して「人は物語の一面しか見ない。その裏側の思いを分かりもしない。」と言っておりました。人や物の思い出に寄生する流れ者である乙木にとって、そのような一方的な人の見方に怒りを覚えていたのだろうと思います。だからこそ最後乙木は良昭に対して「物語の裏側には、俺がいる。」「俺に世界を残してくれ」と言葉を残したのだと思います。そうです、良昭にはそれが出来るのです。純粋であり何に対しても偏見を持たず豊かな感性を持っている良昭だからこそ、物語の裏側を表に出すことが出来るのです。例え兄のように世の中を要領よく渡り歩ける才能がなくとも、兄にはない純粋な感性を持っておりました。だからなのでしょうね、柘榴が母親のところに戻らなかったのも春ちゃんが蝋の姿をさらけ出そうとしたのも乙木が夢から出てきたのも蓮子が手を引っ張ったのも。全てはそうした良昭の人望によるのだと思います。

 考えても見れば、御伽草紙なんて現実にはないファンタジーな世界の物語です。自分が体験する事がかなわない世界の物語ですので、そこに何か別の意味を持たせるのは作者として当然なのかも知れません。私たちがまだ小さい頃に「桃太郎」や「浦島太郎」を読んで、その時は所詮物語の表面的な部分しか覚えていない事でしょう。ですが今振り返れば「何故あのような物語を書いたのだろう?」と思いを馳せる事が出来ます。そして思いを馳せてきっとこういう事が言いたかったんだろうなと自分の中で消化できたとき、初めて作品を読み終えることが出来るのだと思います。それが物語の裏側を読むという事。乙木がずっと羨望した事なのだと思います。その後良昭は乙木の意思を受け継ぎ様々な御伽草紙を書き上げます。そしてそんな良昭に惚れ込んでいる柘榴は未だに側にいて、春ちゃんはファンになっておりました。これが良昭の力であり物語の力なのだと思っております。

 そしてこの作品のテーマはまさに私がビジュアルノベルを読む目的に近しいと感じました。私がレビューを書くときに意識しているのは「作品のテーマを掴む」という事です。どんな作品にも伝えたいテーマがありそれを表現するために作品があると思っております。作者が読み手に対してどこまで意図を汲み取って欲しいと思っているかは実際のところ分かりませんし想像できません。私の解釈が間違っている事もザラにあると思います。それでも大切なのは作品の裏を読もうとする気持ち。作品に込められた作者の想いに寄り添おうとする気持ちが嬉しいのだと思います。私もこの作品の良昭の事を見習い、どこまで純粋に作品に触れる事が出来るか分かりませんが出来るだけテーマを汲み取ったレビューを書いていければと一層思いました。ありがとうございました。


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