M.M ユメツクリ




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 - 82 10〜11 2016/7/24
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<異能の世界の中で交錯する想いに心を寄せながら、主人公の夢の結末を見届けて欲しいですね>

 この「ユメツクリ」という作品は同人サークルである「=Instinct」で制作されたビジュアルノベルです。=Instinctさんの作品をプレイしたのはこれが初めてでして、C89で同人ゲームサークルの島を回っているときに手に取らせて頂きました。黒を基調とした背景の中心に儚げな表情をして座っている小さな女の子のパッケージに強く興味を惹かれ、また伝奇物という事で私の好物である事もありプレイしてみました。ユメツクリというシンプルでありながら内容が全く想像できないタイトルだけにどんなシナリオが展開されるのか楽しみでしたが、想像以上にボリュームがありまた登場人物の数も多くそれだけ沢山のドラマが待っておりました。

 主人公である水衛(みずい)ハルはどこにでもいる普通の高校生です。特に将来に対する希望もなく、かといって現在の生活に不満があるわけでもない漠然とした日々を過ごしております。ハルには姉がいるのですが、ハルとはうって変わって非常に活動的であり現在は海外で仕事を満喫しております。現在ハルが住んでいるマンションも姉が購入したものであり、そんな姉に対して尊敬の気持ちとともに羨望の気持ちも持っておりました。姉のような特別な存在になりたい、そんなささやかな願いは誰もが持ち合わせているもの。ですが、そんな小さな声を聞き願いを叶える者がハルの前に現れたのです。

 この作品は伝奇物です。ハルはある日クラリスと呼ばれる女性と出会い能力を与えられる事でそれまで送っていた当たり前の日常から切り離され、能力と思惑が混在する異能の世界へと足を踏み入れる事になります。クラリスは人間ではありません。クラリス以外にも何人も人間ではない強力な力を持った人物が現れます。時に親しみを込めて接してくるかと思えばそれが突然狂気に変わっております。ちょっとした気まぐれで命が弄ばれる世界。それでもハルは現状を受け入れ無理矢理にでも納得し自分の目的を達成させようと奮闘します。果たしてクラリスの目的は何なのか。ハルはこの混沌の世界から抜け出せるのか。ハルが持つ能力はどのようなものなのか。様々な視点で物語を読み解いて頂ければと思います。

 最大の魅力は登場人物のパーソナリティにあると思っております。特にパッケージの中心に書かれているユメリと呼ばれる少女の描写は必見です。この作品は多くの時間をハルとユメリと呼ばれる少女との時間に費やしております。ユメリはクラリスがハルに与えた能力を唯一解除出来る存在です。ですが直ぐに解除は出来ず、長時間ハルとユメリは共に時間を過ごす必要があるのです。このユメリですがまだたったの4歳です。その上自己主張が極端に少なく、こちらから質問しても最低限の応答しかしません。ですが4歳児らしく嘘を知らない素直な性格であり、お腹が減れば「おなかすいた」、お留守番が嫌なら「やだ」、抱っこして欲しかったら「だっこ」とストレートに言ってきます。そんなユメリに始めは警戒していたハルも少しずつ心を打ち解けていき、やがて大切なパートナーとなるのです。殺伐とした世界の中で唯一展開される穏やかな雰囲気となっており、是非一風の清涼を感じて欲しいですね。

 また背景やBGMについてはフリー素材を使っております。ですがその使い方はとてもセンスがあり、背景は時に色を反転させたり歪ませたりして日常と非日常を切り分けております。そしてBGMについてはかなりの力の入れようで、特にシリアスなシーンや後半のドラマティックなシーンで流れるものは登場人物の感情とシンクロして強いものをプレイヤーに訴えてきます。扱っている題材が「夢」という事で決して軽いものではなく、それが故に厳しい展開が待っている事は予測できると思います。そんなシナリオを大いに盛り上げてくれる背景とBGMとなっておりますので、是非堪能しながら読みすすめて頂ければと思います。

 プレイ時間ですが私で10時間20分程度かかりました。選択肢の数はそれ程多くはないのですが、既読スキップがありませんので繰り返しプレイされる場合は注意が必要です。エンディングの数も複数有りますが、バッドエンドはちゃんとBADENDと表示されます。いずれにしても選択肢を総ナメすれば自ずと全てのエンディングを見れると思います。10時間と比較的眺めですが一日単位でシナリオが進んでいきますので、そのタイミングで適宜休憩を入れながら読んで頂ければと思います。ですが私の場合はシナリオの先が気になってしまい気が付けば7時間ぶっ通しでプレイしておりました。ハマる人にはとことんハマるアクの強い作品だと思いますので、伝奇物が好きな方は勿論そうではない方も是非楽しんでみては如何でしょうか。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<ユメリはきっと、人一番悲しさを知っているからこそハルの記憶を消せたんですね。>

 結局のところ、夢が叶ったのはハルだけでした。ですがそれはハルが本当の望んだ夢ではなく与えられた夢。最終的にハルは全てを忘れて元の日常に戻り、クラリス、ヴィオラ、アスハはそれぞれ大切な人を失いました。ユメリも勿論何も感じない人形なんかではありません。大切な家族を失ったのですから。傍から見たらあまりにも報われない結末。でも失ったものばかりではありませんでした。彼女らは最後の最後で大切な家族の絆を確認する事が出来ました。そしてその切っ掛けはハルにあったと思っております。

 姉妹でありながらお互いに殺意を感じてしまう、こんな不幸な事はありませんね。大好きなのに殺意を感じるなんて本当理不尽の極み。生まれながらにして声だけでしか会話が出来ないなんてどのような心境なのでしょうか。ですが、だからこそこの三姉妹はお互いの事を理解しようと丁寧に気持ちを寄り添わせてきました。それぞれがそれぞれを大切に思っている事を知ってるんです。もしかしたら、声だけでしか会話が出来ないからこそ心の奥深くまで分かり合うことが出来たのかも知れませんね。目に見えない分、それ以外の全ての情報を集めて相手を理解しようとするのです。三姉妹の信頼関係が強いのは当たり前でした。

 ですがその信頼関係をあの傍観者に逆に利用されました。お互いがお互いを大切に思っている、それは時に自分の命を犠牲にしても良いというとても高尚なものでした。事実クラリスはこれ以上アスハとユメリを苦しませないようにヴィオラと共に命を落とす計画を立てておりました。そしてその計画をヴィオラは当たり前のように予測しておりました。姉が自分を殺す計画を自分で予測するんです。こんな事、余程の信頼関係が作られてなければ出来ませんね。傍から見たら考えられないような行動でも、彼女達にとっては当たり前だったのです。そんな絆を逆に利用して自分が楽しむ為にバラバラにするなんて、普通どころか相当のサイコパスでなければとても出来ません。彼女達三姉妹とユメリは確かに人間ではありませんが人間らしい気持ちを持っておりました。ですがあの傍観者は本当の意味で人間ではありませんね。一切の同情の余地がない悪役なんて、本当久しぶりでした。

 そしてユメツクリを語る上でやはりユメリは欠く事が出来ませんね。生まれながらにして至高の能力を持つユメリは存在するだけで周りに影響を与えてしまう存在。恐らくクラリス達以外の誰もが近寄らなかったのではないでしょうか。だからなのでしょうね、4歳でありながらあの無表情。まだ乳母車に乗っている時は普通に可愛らしい笑顔を向けてました。それでも子供らしい素直な気持ちは持ち合わせておりました。もしかしたら、今回の出来事で一番泣いていたのはユメリだったのかも知れません。泣き方を忘れていただけで心の中では一番寂しかったのだと思います。自分の母親が自分を亡き者にする計画を立てているんです。きっと一番嫌だと言いたかったのだと思います。そんな人一番悲しさを知っているからこそ優しさも知っておりました。最後の最後にハルの記憶を消したのはその優しさの現れ。きっと将来は美人さんになるでしょうね。

 さて、このユメツクリはまだまだ謎が多く残されております。ハルは何故特別なのでしょうか?ただの適応者とは思えない順応性を発揮したハル。ユメリとの同棲生活もクラリスの意図とは別の因果か関係してる気がします。ハルが切っ掛けであの傍観者は動き出しました。そして三姉妹はバラバラになり、それでもお互いの気持ちを確認する事が出来ました。記憶を完全に消されたはずのなのに、所々にユメリの残滓を感じるハル。またいつの日か舞台へ上がる日が来るのでしょうか。そして最後に現れたあの深紅のドレスを纏った少女は何者なのでしょうか?クラリスの母と言ってましたが、その真実はどうなのでしょうか?そして名前だけ登場しているセレンとは誰でしょうか?何年も前から影響を与えていたのはこのセレンでしょうか?そしてユメリの招待もよく分かっておりません。本当は高校生くらいの年ごろなのでしょうか?全ての謎は、きっと続編である「ユメツクリ - Monster -」で明かしてくれる事でしょう。楽しみにしております。


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