M.M この世の果てで恋を唄う少女YU-NO




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
10+ 8 - 97 40〜50 2016/1/29
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<何か自分の中で1つ、この作品から大切なものを得られると思います。その得られたものを大切にして、是非YU-NOという存在がいたという事を覚えていて下さい。>

 ビジュアルノベル界隈に関わっている方で「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO(以下YU-NO)」の名前を知らない方はいないと思います。1996年に老舗のブランドである「elf」から発売されたSFアドベンチャーであり、数多くの名作アドベンチャーゲームを世に送り出した故・菅野ひろゆき氏の代表作の一つとして現在も多くの方が自身最高の作品として上げております。ですがこのYU-NOですが、2016年現在となっては非常にプレイする事が難しい作品となっております。YU-NOをプレイするためには1996年に発売されたPC-98版、1997年に発売されたセガサターン版、2000年に発売されたWindows版(elf大人の缶詰)の3種類しかなく、PC-98やセガサターンが現在入手が非常に困難な事を考慮してelf大人の缶詰を入手する事が現実的です。そのelf大人の缶詰もまたプレミアがついており、どこの中古ショップでも20,000円前後の値が付いております。

 私が今回プレイしたYU-NOはWindows版でした。2015年末にたまたま秋葉原の中古ショップに足を運んだ時にelf大人の缶詰が目に留まり、衝動的に購入しておりました。理由ですが、2016年春にこのYU-NOが完全リメイク版としてPS4/PSVitaで発売する事が発表されていたからです。あの伝説のSFアドベンチャーが20年の時を超えて蘇る。私も非常に歓喜しました。ですが中身は完全リメイク版という事でキャラクターデザインなど全て一新されており、オリジナルとは別物に見えました。加えてオリジナルはR-18に対し完全リメイク版は全年齢対象、これでは不本意な形でYU-NOを理解してしまいかねないと思いました。ネタバレを見てしまう可能性もありましたので急いでオリジナルをプレイしようと思い、今回のレビューに至っております。なる程、確かに伝説のSFアドベンチャーと言われる所以が分かりました。あらゆる作品の基礎になっており、アドベンチャーの楽しさに欠かせないエッセンスに溢れておりました。

 YU-NOを語る上て絶対に欠かせない要素に「“A.D.M.S”(アダムス、オート分岐マッピング・システム)」があります。YU-NOは「SFアドベンチャー」です。主人公である有馬たくや(以下たくや)は父親である有馬広大(以下広大)から与えられたリフレクター・デバイスを武器に、無数に存在する並列世界を渡り歩きながら物語の真実を解き明かしていきます。ですがその並列世界への分岐が非常に複雑難解であり、自力で全てを解き明かすには無限の時間が必要です。加えて昨今の選択肢を選んでいくだけのアドベンチャーではなく、マップを自由に動き、各エリアでカーソルを操作しながら気になる箇所をチェックし、更に必要に応じて入手したアイテムも使わなければいけないのです。そんな複雑難解な分岐を視覚的に把握できるのがこの“A.D.M.S”であり、今自分がどの時間軸にいるのか、どの箇所で分岐が発生するのか、物語のキーアイテムである「宝玉」はどこにあるのか、などを常に確認する事が出来ます。全てのルートを踏破するのは大変時間が掛かりますが、是非この“A.D.M.S”を活用して全ての並列世界を歩いて欲しいですね。

 そして上で書いたこの「宝玉」を活用した攻略は、YU-NOの世界を効率よく渡り歩くだけではなく物語の根幹そのものに大きく関わってきます。主人公たくやの目的は「宝玉と呼ばれるアイテムを8個集める事」です。それは広大からの遺言であり、そもそも並列世界を渡り歩くという事がどういうことかを結びつける鍵となるのです。プレイ開始初期は特に宝玉の事は意識せず思うがままにエンディングに向かっていけば良いのですが、そのまま幾つかのエンディングにたどり着き分岐を埋めていくうちに少しずつこの宝玉が持つ「本当の意味」とYU-NOの世界に対する「とある真実」に近づけると思います。それを感じてきたら恐らくマップも半分以上は埋まってるのではないかと思いますので、是非各エンディングとそこまでの道のりで語られる事実を記憶して欲しいですね。それがYU-NOの世界を解き明かす材料であり、広大が何を目的としてたくやにリフレクター・デバイスを預けたのかが分かってくると思います。

 そしてシナリオそのものですが、これはネタバレ無しでは多くを語れませんがSFアドベンチャーらしく物理・数学を中心とした様々な素材が盛り込まれております。そしてそんな理系的な素材だけではなく政治や歴史、宗教や倫理など社会学に関するテーマも含まれており、様々な側面でYU-NOの世界を感じる事が出来ると思います。これだけ複数の素材を盛り込んでおきながらシナリオ全体の軸がぶれる事はなく、最後の最後まで主人公たくやと共に世界の真実に向けて突き進むことが出来ます。そしてこれこそがYU-NOという作品を今日まで伝説のアドベンチャーとして語り継がせた一番の要因だと思っております。並列世界のしくみはどうなっているのか、たくやと広大を取り囲む人間模様はどうなっているのか、真実を探求する心に現実世界との確執がどう邪魔してくるのか、そしてそもそのYU-NOとは何者なのか。細かく事実関係を把握するのは難しいと思います。それでも何か自分の中で1つこの作品から大切なものを得られると思います。その得られたものを大切にして、是非YU-NOという存在がいた事を覚えていて下さい。

 その他の要素としてはやはりBGMの豊富さが挙げられます。一般的なアドベンチャーですと大凡20〜30曲程度かと思いますが、このYU-NOは何と70曲以上です。それも代わる代わる変化する場面ごとに用意されており、現実世界を舞台としながらもそこに見え隠れするSF要素を盛り込んだ味のある曲ばかりです。加えて日常パートや各キャラクターのテーマ、危機的なシーンやコミカルなシーン、そしてシリアスなシーンや愛情を確かめ合うシーンなど各シーンでの突進力がとても大きく、1つとして欠く事が出来ません。DOS時代の決して重厚な音源ではないだけに、メロディが直接的に響いてくるのが印象深く残る理由かもしれません。また背景の種類が思ったよりも多く、文章だけでは把握しにくい場面を視覚的に認識させてくれます。YU-NOの独特な世界感をこうもハッキリとビジュアルで表現してくれるのもまた、スタッフの綿密な打ち合わせの成果だと思っております。20年前の作品ですのでどうしても粗さはありますが、エッセンスのみを抽出した背景だからこそ直接的に訴えてくるのだと思います。

 プレイ時間は私で約41時間程度掛かりました。今回私は無謀にも攻略情報を見ないでプレイしました。開始して10時間は“A.D.M.S”すらまともに使えず、何度も手戻りしながらそれでもグッドエンドらしいものにたどり着けませんでした。それでも分岐地点は分かりますしアイテムもいつの間にか集まってきておりましたので、とにかくマップを埋める気持ちで進めていきました。他にもパズル要素があったり初回では絶対に分岐できない地点があったりと一筋縄ではいかない場面もありましたが、その分8個の宝玉を集め終わった時の達成感は一入でした。正直攻略情報を見ながらプレイしてもいいと思います。それだけ難解であり、現代の作品にはない難しさですのでそんな無駄な分岐探しに時間を取られたくないという気持ちにもなると思います。ですが可能であれば自力で解いて欲しいですね。そしてそんな無駄とも思える分岐探しが報われる瞬間が、きっと待っております。伝説のSFアドベンチャーらしく大変印象に残る作品でした。プレイする事すら難しい作品ですが、もし入手出来る機会があれば勇気を持って手を伸ばしこの唯一無二の世界を味わってほしいですね。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<私たちプレイヤーは、少しでもたくやとユーノのお手伝いが出来たのでしょうか?>


 私がYU-NOをプレイして最も歓喜した場面は、8個の宝玉を集め社で最後のパズルを解き異世界編へと移行する直前の広大のセリフのところでした。この時広大は「お前が歩んだ全ての道のりに意味はある。歴史の巻き戻りではなく時間が戻っても時間が戻ったという歴史が積み重なるということだ。」と言ったのです。これって、私が何度も最初からやり直し何度もバッドエンドにたどり着き至る所に宝玉を仕掛けて分岐を模索した時間が、一見無駄に見えて全てが意味のある時間の積み重ねであると言っていると解釈しました。これ程プレイヤーにとって嬉しい言葉があるでしょうか。最短の道を効率よく進むのが尊いのではない、例え回り道をしてもその全てが積み重ねであり意味があるといっているのです。この時思いました。広大はプレイヤーに対して「異世界編到達おめでとう!ここまでよく頑張ったね!」と言っているのだと。本当に歓喜しました。ここまで苦労して進めて良かったと心から思いました。




 改めて全体を振り返れば、やはり“A.D.M.S”によるプレイヤーを巻き込んだ設定が素晴らしいと思いました。YU-NOという作品をプレイし始めて、その瞬間から既にプレイヤーも境町を一緒に歩く事を義務付けられておりました。エンディングにたどり着いてもそのまま物語は終わらないのです。バッドエンドはともかく、グッドエンドでもカオスの矯正によって強制的にスタート地点へ戻されるのです。エンディングなんて無かったんですね。全てがたくやと私たちプレイヤーが歩んできた歴史であり、因果の結果でした。そしてそれは作中のヒロイン達のセリフにも現れておりました。亜由美や神奈はたくやが時を遡れる事を知っておりました。まさかたくや以外の人物がそのようなメタ的部分に抵触してくるとは思いませんでした。これだけプレイヤーとの距離が近いアドベンチャーは正直初めてでした。それも全て因果によって決められている事。因果に囚われてしまったのは、たくやだけではなくプレイヤーもだったのです。

 だからかも知れません。広大の言葉一つ一つが何故かやたらと私の心にも染み渡ってくるのが。事象の狭間から妻のケイティアと共に全てをブリンダーの木を監視していた広大。まさかプレイヤーすら彼の下位の存在であるとは思いませんでした。神の視点で見ていたのはプレイヤーではなく広大。であるからこそ、彼の言葉が世界の理でありもはや信じるしかない真実でした。ですが彼はもはや肉体を持っておらず、意識のみ漂っている存在です。全てを見通せる代償に全てに干渉出来ないのです。それはまるで巫女のグランディアのシンクロとその代償のよう。そんな広大が唯一干渉できたのが息子であるたくや。この時点でたくやもまたユーノと共に時空の狭間へ行く事が約束されていたのかも知れませんね。これも因果だとしたら、本当に逆らう事のできない宇宙の真理なんですね。絶対的な物理法則。始めから結末が決まっていたという事になります。だからユーノは恋を唄うのです。最愛の人と共に、この世の果てで。

 改めて思えばこの作品にはバックログも既読スキップもセーブフォルダもありませんでした。最初それは1996年に作られたという技術上の問題なのだと思いました。ですが今思えばそうではなかったのだと思うことが出来ます。私たちは読み手ではないのです。上でも書きましたが私たちもまたたくやと共に因果の中を進む存在なのです。リフレクター・デバイスがあるから過去に戻れるのです。宝玉があるから仮セーブが出来るのです。当たり前にできる事ではないのです。考えてみれば、現代編での日々の移動マップでたくやがプレイヤーに直接語るように喋っていたのは、本当に自分たちに語りかけていたのかも知れませんね。たくやには、画面の前にいる私たちが見えていたのでしょうか?時空の狭間にいけば、もしかしたら本当に見えるのかも知れませんね。

 因果律による世界の構造については既に冒頭から語られておりましたので、後半広大の手記や異世界で真実を聞かされてもそれ程驚きませんでした。私が注目したのが、現実世界と異世界をどのようにシンクロさせるのかという点でした。時間の可逆性が認められておりますのでもはや年代というものはアテにはなりません。広大が実は何万年も生きている存在だったとか、たくやが実は世界の創造主だったとかそんな突拍子のない展開でも驚かない覚悟はしておりました。流石にそこまでトンデモ展開はありませんでしたが、グランディアがデラ=グラントを作ったのがまさか数十万年前だとは思いませんでした。しかもそのデラ=グラントは宇宙のどこかにあるのではなく別の次元にあるのです。この壮大さには驚きましたね。神が作ったと思われていた巫女の設定や神の雷、そして太陽ですら先住民族の文明によるもの。全ては自分たち民族が生き残るために作り出した技術でした。余りにもスケールが大きすぎて、もう彼女らがどれだけの苦労を積み重ねてきたか想像つきませんね。誰もが生きるために必死でした。例え不可能とも思える難題の前でも、決して諦めることなく取り組んだ結果がこの壮大なシステムを作り上げたのです。

 そんな因果律を主軸とした物理法則とそれに翻弄される登場人物たちの行動が実にSFらしい本作ですが、実際のところたくやにとってそんな事はどうでもよい事でした。リフレクター・デバイスによって異世界へと飛ばされたたくや。それもまた広大による計画の1つでした。その計画の通り、たくやはセーレスと出会い、ユーノを授かり慎ましくも幸せな生活を得ることが出来ました。考えても見れば、たくやの生涯は割と壮絶なものでした。父親は歴史学の博士であり母親は幼い時に死亡。その父親もまた失踪し一時期は荒れた学校生活を送っておりました。亜由美との生活は悶々とするばかりで決して安らぎではなく、あの紗に構えて冗談ばかり言っている性格はそんなたくやが編み出した自己防衛の姿だったのかも知れません。だからなのでしょうね。セーレスとユーノとの穏やかな生活を手放したくないと思ったのは。初めて得ることが出来た慎ましい時間。それは決して簡単に手に入る事のない貴重な時間でした。ただたくやは、セーレスとユーノさえいればそれで良かったんです。デラ=グラントが滅びようが地球が消滅しようが、その瞬間に家族と共にあれば良かったんです。だから、最後の最後でユーノが巫女としてグランディアを降臨させる事をみっともなく拒みました。

 ですがそんなたくやを見てユーノは笑うばかりでした。勿論ユーノもたくやと離れ離れになんてなりたくありませんでした。作中ユーノは何度も何度も「ずっと一緒にいよう」と言ってました。離れたくない気持ちはたくやと同じでした。それでもユーノは笑って巫女になる事を選びました。それはたくやの事を絶対的に信用していたからです。例え一時的に離れ離れになっても絶対に見つけてくれる。また2人でずっと一緒にいられる。それを信じていたのです。何よりもユーノにはセーレスが一緒でした。家族3人が一緒にいたいと心から願って、一緒になれないはずがありませんでしたね。物語冒頭、既にたくやはユーノと会っておりました。ですがその時のたくやはユーノを生んだ経験がありませんでしたので、ユーノの事が分かりませんでした。この時ユーノは絶望したでしょうか。いや、きっとそうではなかったと思います。いつかたくやが壮大な時間を経て歴史を積み重ねて、ユーノの事を覚えている状態でまた再会できると信じていたのだと思います。事実再びたくやはユーノの元に帰ってきました。そして今度こそ2人で時空の狭間へと旅立って行きました。何という愛の物語。例えこの結末が因果によって決まっていたとしても、この物語はたくやとユーノの物です。この世の果てとは時空の狭間の事。ユーノが唄う恋の物語は、勿論たくやとセーレスそしてユーノ3人の家族の物語ですね。




 この作品はゲームとプレイヤーをシステムによって繋ぐ事に成功した非常に貴重な作品でした。プレイヤーが神の視点として第三者的な立ち位置から操作するのではなく、自分自身もたくやと共に進むべき道を探しそしてそれが見つからずに苦労し何度も始めからやり直す事を強要されました。今時ビジュアルノベルでバックログも既読スキップもセーブフォルダも無い作品なんてありませんからね。ノベルなのに一度読んだ文章を見返せないのです。ですがそれば当たり前のこと。現実世界で、誰から話した言葉を何度も何度も反芻させることなど出来ません。ましてや既読スキップと称して飛ばすことも出来ません。当たり前の事ですね。たくやが当たり前に出来ない事はプレイヤーも当然出来ないのです。その事に気づけた時、ようやく私もちゃんとYU-NOという作品に向き合うことが出来たのかも知れません。私たちはお客さまではありません。たくやと共にこの世界の真実を解き明かす探求者なのですから。

 さっきから何度も同じ事を繰り返している気がしますのでこのあたりで閉めようと思います。“A.D.M.S”によるプレイヤーを巻き込んだ設定と因果論に基づく壮大な世界設定はこれまで無かったものであり、ビジュアルノベルの新しい側面を見る事が出来ました。そしてその世界の中で紡がれるユーノという少女がたくやという少年のものへ至るまでの物語、直接的な台詞回しや真っ直ぐな感情に心が震えました。少しでも私たちプレイヤーは彼らのお手伝いが出来たでしょうか?それが叶ったのであれば、これ以上に喜びはありません。時に広大に励まされ時にたくやに奮い立たされ、そしてユーノに癒される。SFとしても人間ドラマとしても一級品の作品でした。この作品をプレイ出来た事に唯々感謝したいと思います。ありがとうございました。


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