M.M ヤギ症候群




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 8 - 78 2〜3 2024/8/16
作品ページ サークルページ パッケージ版

DL版




<柔らかい絵柄のキャラクターとは裏腹に、社会の闇を描いたシナリオが特徴的でした。>

 この「ヤギ症候群」という作品は、同人サークルである「ポロンテスタ」で制作されたビジュアルノベルです。ポロンテスタさんの作品をプレイしたのは今作が初めてです。プレイした切っ掛けは、C104にて島サークルを回っている時でした。50以上の同人ゲームサークルが参加している中で、今回レビューしているヤギ症候群は良く目立ちました。明るい色のパッケージ・全体的に柔らかそうなキャラクター・そして何よりもヤギ症候群という一見ではどういう意味か分からないタイトル、私は一目見て買ってしまいました。しかしパッケージの裏を見てみると、どうやらミステリー要素を含んだ色々な性癖を持った登場人物による物語の様です。誘拐事件とは何なのか、彼女たちは何をされたのか、そしてヤギ症候群という言葉の意味は何なのか、この辺りに注目しプレイし始めました。

 12年前、とある事件が起こりました。4人の児童が誘拐され、その後3人が保護されましたが1任は死亡が確認されました。また、容疑者とされる2人の男は両方とも死亡が確認されました。死亡した容疑者2人のうち、主犯とされる八木郁の遺書と思われるものが公開されました。遺書によると、連れてきた子供たちに共通点はない、子供たちに首輪をつけ動物の名前を付けていた、子供たちを愛していたがウサ子は裏切った、と常軌を逸した事柄が書かれておりました。そんな猟奇的な事柄と動物の名前を付け洗脳するプログラムから、この事件は動物園プログラム誘拐殺人事件と呼ばれるようになったのです。物語は、この事件から10年後から始まります。生き残った3人の児童が大人になり再会を果たす時、事件の真実が明らかになっていくのです。

 この作品のジャンルは「変態共と一緒に誘拐事件の真相を探るビジュアルノベルゲーム」となっております。誘拐事件については上記あらすじの通り凄惨なものとなっておりますので、こんな事件に巻き込まれれば多かれ少なかれ関係者の人格形成に大きな影響を与える事は想像に難くないと思います。変態共と言い切っていますが、その言葉通り主要な登場人物は皆普通ではない特徴を持っております。主人公であり誘拐事件の被害者である中馬リマは、昔から養父から性行為を強要され22歳である今でも続いています。同じく誘拐事件の被害者である登木ノボルは、誘拐事件に受けたトラウマにより男性でありながら女装し男遊びする事を楽しんでおります。最後の誘拐事件の被害者である烏丸ツバサは、かつては性格最悪でしたが現在は180度変わり実家が生業としている自己啓発セミナーの手伝いをしています。こんな感じで、一癖も二癖もある登場人物を中心に物語が進んでいくのです。メインの登場人物だけではなく、他の登場人物もかなり特徴があるみたいです。変態共と一括りにしてよいのか疑問ですが、少なくとも真っ直ぐに事件の真相を追うだけの作品ではありません。

 最大の特徴は、オブラートに包まない登場人物たちの赤裸々なセリフなどのテキストにあると思っております。普通ではない導入から始まる本作ですが、実際にプレイしてみて発言や行動についてはかなりリアリティがあると思いました。養父にレイプされれば普通に嫌がりますし、女装している事を普通だとは決して思っていませんし、過去の性格が悪い様子を突っ込まれれば口を濁します。そして、事件の真相が少しずつ暴かれていく中で自分が蓋をしてきた内面に向き合う事になるのです。変態かもしれませんが、社会との関係性に対する理解は普通です。だからこそ、その様子を表現したテキストは上手だと思いました。そして事件の真相に真っすぐ迫る訳ではなく、時間軸が過去と現在で行ったり来たりする事で多方面から攻めていきます。単純に事実のみを明らかにするだけでは意味がありません。きっと最後には事件の真相だけではなく登場人物たちの心の深淵も見れる事と思います。

 その他の要素として、システム周りが丁寧に作られております。この作品はティラノスクリプトを使用しており、UIの雰囲気はお馴染みです。その事に加えて、章立てがハッキリと分かれておりそのタイミングでプレイし直すことが容易に出来ます。また選択肢も字体を変えて表現しており誤動作させる率を下げております。その他細かい所に手が届く作り込みで、丁寧に作っていると感じさせました。背景は画面いっぱいに表示させるのではなく中央に映画のスクリーンの様に表示されます。そしてその背景の前に登場人物たちが立体的に映し出されます。この構図により必要な情報を制限しプレイヤーに物語への没入感を与えてくれます。BGMはピアノを中心とした楽曲が多く、場面で上手く使い分けております。個人的には、エンディング付近で流れる一曲が大変気に入ってしまいました。これらの要素にも注目してみて下さい。

 プレイ時間は私で2時間10分でした。この作品には選択肢があり、エンディングはBADENDが2つTRUEENDが1つあります。選択肢の数はそこまで多くはありませんので、TRUEENDにたどり着くのはそこまで難しくはないと思います。あらすじの段階から、全員が幸せになるような典型的なハッピーエンドは望めなさそうです。この作品におけるTRUEとは何でしょうか?事件の真相が明かされる事でしょうか?それとも登場人物たちの心の真相が明かされる事でしょうか?そして、エンディングはどのような形になるのでしょうか?是非その辺りに注目して頂きプレイしてみて下さい。そして、自分が彼らの立場だったらどんな行動をとるかも考えてみて下さい。何かしら、自身の心に残るものがあると思います。楽しかったです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<自己開示は相手を信頼しているからこそ出来る。現実世界も、そんな優しい世界であって欲しいです。>

 最後までプレイして、本当は烏丸ツバサは死ななくても良かったんじゃないかなと思ってしまいました。ですが、それは外野からの勝手な願望であり烏丸ツバサ自身はもうこの社会で生きていく事を放棄すると決めていました。悲しいですけど、その意思を尊重するのが今の自分たちに出来ることかなと思っております。

 動物園プログラム誘拐殺人事件は、決して衝動的な事件ではなく主犯である八木郁と丑野牧夫の過去から続いていた事件でした。彼らが学生時代に同じ月兎学園に通っていた登木タイシ・中馬シュン・卯月マユ・烏丸ヒショウとは顔見知りであり、いじめに加担していました。そして、それ以上に八木郁の妹の彼らの対する憎悪が突出していました。この7人によるゆがんだ過去が、動物園プログラム誘拐殺人事件を生み出す火種となったのです。実際のところ、八木郁と丑野牧夫に彼女等4人を殺すつもりはありませんでした。むしろ本当に動物園プログラムを通して本当に心を通わせたいと思ってましたし、何よりも八木郁の妹から彼女達4人を守る為に誘拐は必須でした。ですがその結果として、八木郁と丑野牧夫と卯月マリは死んでしまい生き残った中馬リマ・登木ノボル・烏丸ツバサは深いトラウマを抱えることになるのです。

 この作品に限らず、人は大なり小なりトラウマを抱えていると思っております。小さい時の失敗や挫折、失恋や死別といった人間関係の変化、怪我や事故の経験など負の側面を持つ出来事は必ず存在します。そのような出来事がトラウマとなり、不利益となる行動や選択をしてしまった人も多くいると思います。それでも人生は終わらずどこまでも続きますので、何かしら折り合いを付けて生きているのが現状だと思います。生き残った中馬リマ・登木ノボル・烏丸ツバサも、トラウマを抱えつつも何とか生きておりました。ですがその生き方は刹那的で、どこかで事切れそうな不安定感がありました。中馬リマに対する性暴力、登木ノボルの自傷行為、烏丸ツバサの異常なまでの献身、こんな事がいつまでも続くはずがありません。だからこそ、八木郁が提唱した動物園プログラムが意味を持つのです。

 この作品は、全体を通して自己開示の大切さについて触れておりました。動物園プログラムでもforestプログラムでも、まずは自己開示から始まります。一般的なビジネス書などでもよく耳にする言葉だと思います。自分の内面を知り、それを他者に伝える事で相互理解を図るのです。ですが、自分の内面を全て話すことなど普通は出来ません。何故なら、上でも書いた負の側面をもつ出来事を経験しているからです。一般的に、負の側面を持っている事は恥ずかしい事と認知されています。自分の欠点であり、さらけ出すことで弱点になりますからね。ですが、そんな自分の負の側面を受け入れてくれる人がいたらどうでしょうか?きっと、幸せな関係を作り出せると思うんですよね。

 烏丸ツバサは生まれつき知能指数が低く、知的障害を診断されてしまいました。そしてその事をツバサの両親は受け入れられず、ツバサの身の丈を超えた要求を行い続けました。結果烏丸ツバサは他人を信じる事が出来なくなり、周りから劣って見られることに強い恐怖を覚えるようになったのです。ヤギ先生の真似も奉仕部活動もforestプログラムも、全部自分の弱点を隠すための虚勢でした。ですが、中馬リマも登木ノボルも始めからその事を知っていました。知っていて、烏丸ツバサを同じ友達として認めていました。これが烏丸ツバサが欲しかった関係、その目的は既に達成されていたのです。では烏丸ツバサの虚勢行動は無意味だったのでしょうか。そんな事はありませんでした。奉仕部活動で登木ノボルは保育士になる夢を叶えましたし、forestプログラムで中馬リマは救われました。全てが繋がっており、無駄なことなど一つも無かったんですね。

 最終的に、烏丸ツバサは自殺を選びました。きっと今の烏丸ツバサであれば、罪を償う必要はありますけど最終的に周りも許し普通に生きていく事が出来たのかもしれません。ですが、その道を選びませんでした。やはり、人を殺したという経験は普通の人間が背負うには重すぎるみたいですね。これが、烏丸ツバサの最後の自己開示でした。やっと、烏丸ツバサは救われたのかもしれないですね。動物園プログラム誘拐殺人事件に関わった多くの人が、まだ自己開示出来ておりません。彼らを認め自己開示出来る事を許す社会になって欲しいと願い、本レビューを終了したいと思います。ありがとうございました。


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