M.M 冬のポラリス




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 8 8 82 3〜4 2018/11/25
作品ページ サークルページ



<片岡とも氏らしいテンポの良いテキストに載って、不死者が求める世界の果てを確認してみて下さい。>

 この「冬のポラリス」という作品は同人サークルである「ステージ☆なな」で制作されたビジュアルノベルです。ステージ☆ななさんは、ねこねこソフトという老舗の美少女ゲームメーカーの代表でありシナリオライターでもある片岡とも氏の個人サークルです。その為ステージ☆ななさんの作品の雰囲気はねこねこソフトのそれと似ているばかりか、時には背景やBGMの素材までもが同じだったりします。ある意味片岡とも氏がねこねこソフトっぽく自分のやりたい事をやっているサークルかも知れません。そして、ステージ☆ななさんの作品の特徴として最低限のBGMと背景素材しかない事が挙げられます。これは2005年に発表された「narcissu」から共通のコンセプトです。まさに音のついた小説を体現しているかのようです。ねこねこソフトのファンの方や片岡とも氏のファンの方は勿論、初めての方も是非独特の雰囲気を味わってみて下さい。

 ステージ☆ななさんの作品はこれまで「narcissu」シリーズや「雨のマージナル」などをプレイしてきましたが、共通として「普通や日常から外れてしまった登場人物」が主役という点があります。今回レビューしている「冬のポラリス」もまた、普通ではない人物が登場し彼らの生き方からテーマを見出す事になります。主人公が生きているのは現代の日本です。ですが、ある日突然謎の奇病が発生し、それは瞬く間に世界へと広がっていきました。気が付けば電車の本数が減っていき、気が付けばガソリンが底をつき、気が付けばテレビやラジオが止まっていきます。そして誰もいなくなってしまった地球、それでも主人公は生きているのです。人を求め街を彷徨っている時、1人の少女と出会います。彼女の名前は「ツバキ」、そしてツバキは自分の事を「不死者」と名乗りました。ツバキの謎、何故自分は生き残ったのか、これは世界の輪から外れてしまった彼らが、生きる事を探す物語です。

 片岡とも氏のテキストの特徴として、敢えて演出面に変化を付けずどんどん場面転換を進めていく点があると思っております。この作品は不死者と呼ばれる人物が登場するという事で、時の流れが通常のそれと比べて非常に早くなっております。ですが、それが何ともあっさりとテキストで書かれるのです。とある場面が描かれていて、その流れで「翌日」とか書かれて場面展開していくのはまあ自然だと思います。その流れの中でBGMも変わらず地続きのテキストで展開されてもすんなりと読めます。ですが、それと同じテイストで突然「1年後」「10年後」「100年後」とか書かれたら、ちょっとびっくりしませんか。サラッとテキスト一行でBGMも変化せずどんどん時間と場面が進んでいくのです。壮大なんですけど、その壮大さを意識させない、ステージ☆ななさんの特徴だと思っております。良い悪いは人によりけりだと思いますが、少なくとも自分は効果的だと思っております。意味のない会話を減らし、テンポよく場面が変わっていく様子は爽快感すら覚えます。勿論、描くべき場面は時間を掛けて描いておりますので雰囲気を損なう事はありません。そんな独特なテンションを感じてみて下さい。

 そして冒頭でも書きましたが、ステージ☆ななさんの作品には頻繁にねこねこソフトの素材が使用されております。ですが今回の冬のポラリスは使用されているというレベルではありませんでした。行ってしまえば、ねこねこソフトの素材そのまんまです。海の背景は見覚えありますし、BGMは「朱〜aka〜」のものを多く使っております。まさか島宮えい子の「砂の城-The Castle of Sand-」が聴けるとは思っても見ませんでしたよ。しかもいい具合に場面に合っているのがズルいですね。他にも「西へ」とか「チュチュのテーマ」とか、「朱〜aka〜」をプレイした人の中には泣いてしまう人もいるかも知れませんね。まあ、ねこねこソフトの作品が未プレイであればそれまでです。少なくとも、知っている人はツッコむ事間違いなしです。強者の方は是非背景素材とBGMの全てを当ててみて下さい。私は半分くらいしか分かりませんでした。

 プレイ時間は全部で3時間50分掛かりました。この作品は章立てになっておりまして、各章が終わったらトップ画面に戻り次の章を選択していく流れとなっております。そしてシナリオですが、WinterPlarisという物語とSweeperSwimmerという物語を交互にプレイしていく事になります。一見関係無さそうな2つの物語が徐々にクロスオーバーしていく様子も面白いです。勿論、2つの物語が無関係のはずがありません。不死者とは何者なのか、不死者が目指す物は何なのか、それぞれの登場人物が何を思いどんな行動を取るのか、是非テンポの良いテキストに任せて読み進めてみて下さい。面白かったですし考えさせられるシナリオが待っていると思います。

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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<好きな人に好きと伝えたい。大切な人に自分の事をずっと覚えていて欲しい。そんなの、人も不死者も変わりませんね。>

 この作品はヒエロニスムとツバキの物語です。彼らが自分たちの不死者としての人生をどう捉えていくのか、そして世の中と目の前の大切な人に対してどのように向き合っていくのか、それを長い年月をかけて探していく物語でした。最後の最後までお互いの想いは共通されませんでした。共有されたのは、自分達ではない誰かの手によってでした。マリーがエレナが見つけて届けてくれたビン詰めの星図、そこに全ての答えは書いてあったんですね。

 この作品を理解するうえで、不死者の身体的特徴と記憶の引継ぎを把握する事は必須事項です。不死者とは死なない存在ではなく、何もなければ永遠に生き続けられる存在です。例えば不慮の事故で体が潰されてしまったとか、首と胴体を切り離してしまったとか、明確に身体の機能を失ったら死んでしまいます。それでも不死者と言われる理由、それは死んだら別の形で蘇るという事です。いつどこに蘇るのかは分かりません。日本にいたと思ったらアメリカにいたり、もしくはイギリスやロシアにいるかも知れません。そして、蘇った時に残っている記憶は非常に限定的です。直前の記憶が残る傾向にありますがそれも確定的ではなく、一つ前に生きていた時代の記憶がよみがえる事もあります。何れにしても自分でコントロール出来ないという事です。不死者とは、完全な不老不死になる事も出来ず死ぬ事も出来ず、それでいて人の道から外れてしまった存在と言えます。

 だからこそ、彼らは自分が生きる意味を考える事になります。人と同じ時間間隔では生きていられない、そうであるのなら人から離れるか人を統治するしかない、そう考えました。そして、万が一自分が死んでしまい記憶を失ってしまった事を考えて、誰も寄り付かない場所に自分が生きてきた証を残そうとしました。自分史ですね。そして将来生まれ変わった自分がそれを見て思い出せるように、失った生を甦らせるように努力しました。大変な努力だったと思います。どれだけ自分が精力尽くして記録を残しても、生まれ変わった自分が忘れたら何も意味は無いのです。それでも、無駄とは思わず一縷の望みをかけて記憶を繋ぐ、想像出来ない孤独と覚悟を持って生きてきたのだと思います。

 ですが、その行動すらももはや意味は無いのではないかと思うようになりました。作中で「過去を残すという事は、過去に囚われている事」と言っておりました。私も少し思いました。確かにこれまで生きてきた証が無くなってしまうのは悲しいです。ですが、仮に生まれ変わって記憶も持っておらず記録も無かったとして、実は本人はそこまで困らないんですね。何故なら、新しい人生をその時点で始めるのですから。実際は、ある時から成長しなくなり年老いなくなる体に疑問を持ったり、幼い時の記憶が無かったりといつかは人の道を外れると思います。ですがそれは記憶を引き継いでいてもいなくても確定的に起こる事です。大切なのは、今この瞬間どうやって生きて未来へと繋いでいく事なのかも知れません。

 では、ヒエロニスムとツバキはそれでも何故星の間での記録を辞めなかったのでしょうか。それは自分の歴史が消えるのが怖いからではなく、今目の前の人が自分の事を忘れてしまうのが怖かったからでした。全部、自分が愛している人のための行為だったんですね。好きな人に忘れられたくない、その為にそれっぽい理由で星の間を作り記録を残す、なんて不器用で切ないラブストーリーなんでしょうか!しかも、途中から自分自身にしか読めない文字を書いたりして、これじゃ永遠にお互いがお互いの気持ちに気付きませんね。愛しているというのが恥ずかしい、知られたくない、それでも忘れたくないし忘れられたくない、とても純粋で尊い想いが彼らを動かしておりました。

 ヒエロニスムもツバキもお互いの事を愛しておりました。そして、その想いはマリーとエレナの手によって届けられました。同じでした。ヒエロニスムもツバキもどちらも未練と公開と届けたい思いを持っておりました。それが確認出来ただけで、ツバキはもう幸せでした。それが分かったから、後は新しい人生を歩めると思ったのでしょうね。恐らく、もうヒエロニスムもツバキもお互いを認知して出会う事は無いと思います。次に会った時は唯の他人。でも、それでいいのかも知れません。そこから、また新しい人生が始まり未来が創られるのですから。もしかしたら、私達も同じかも知れませんよ?実は、死んだあとに魂が引き継がれて記憶を失って新しい人物として人生を生きているだけかも知れません。そう考えると、不死者も人間も同じですね。今ある生を一生懸命生きる、伝えたい気持ちを相手に伝える、そんな原理的な事の大切さをしみじみと感じました。とても読後感の良いエピローグでした。ありがとうございました。

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