M.M 渡り鳥の門は遠く sing again
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
8 | 8 | 6 | 86 | 10〜11 | 2019/1/25 |
作品ページ | サークルページ | フリー版 |
<現代の西洋を舞台とした世界の中で、10代の少年達による大人と子供の物語が幕を開けます。>
この「渡り鳥の門は遠く sing again」は同人サークルである「StudioF#」で制作されたビジュアルノベルです。StudioF#さんの作品をプレイするのは今作が初めてです。切っ掛けは、ここ半年に開催された各種即売会などのイベントです。コミケを始めコミティアやデジゲー博など多くのイベントに参加しており、見かけるたびに精力的に活動されているなと感じておりました。今回レビューしている「渡り鳥の門は遠く sing again」は、2018年のデジゲー博に参加した時に手に取らせて頂きました。多くの作品がある中で一番印象的だったこの作品に注目し、まずは1本プレイしてみようと思い始めさせて頂きました。
舞台は現代の文明を持った架空の西洋です。この世界では、かつて世界を統治していたシステムが破綻してしまいその後それぞれの土地で幾つもの国が自治を行っております。その中でも封建制度を取っているエウロと民主政治を行っているトッカルは隣り合っており、全く違う国柄が政治的にも経済的にも大きな違いを作っておりました。主人公であるロディス・カスタニエは、そんなエウロの地方領主カスタニエ公爵家の跡取り息子の13歳です。6歳からトッカルにある寄宿舎学校ペトルシキム・ギムナジアで勉学に励み、また友人と仲良く生活しております。取り分けユリウス=ノーマ・バートとは同室の友人という事でとびきり仲が良く、また年齢も14歳と近い事からいつも一緒にいました。ユリウスはトッカル大統領家の跡取り息子です。2人とも立場は違えど貴族という共通点があり、将来国を動かす未来が約束されている少年です。ある日、そんな2人の前に1人の少年が現れます。ジルという名前の庭師です。昼は仕事を行い夜は夜間学校で勉強する彼と仲良くなっていく中で、やがて学校と国を巻き込む争いに取り込まれていきます。13歳と14歳の2人にとって、大人と子供の違いを突き付けられる出来事が迫っているのです。
この作品は現代の文明を持った西洋をイメージした作品です。その為鉄道や車などの交通網が存在し、電子マネーや無線機などの通信技術も発達しております。ですが、政治的には封建制度と民主制度という明確な違いが定義されており、それによって様々な衝突が発生し葛藤する事になります。ロディスとユリウスは仲の良い友人ですが、それぞれエウロとトッカルという違う政治体系の出身です。それは、子供にはどうしようもない程大きな壁であり、それでも世界は自分達の味方だと信じて日々生活しております。そんな政治や経済に起因する人間関係の衝突や葛藤、人々の思想の違いが丁寧に描かれております。ロディスとユリウス、そしてジルの3人を中心に物語は進んでいきますが、それ以外の多くの登場人物の言葉に耳を傾け行動に注目しながら読み進めて頂ければと思います。
また、この作品の最大の特徴としてストーリーマップというものが存在します。これは物語をパラグラフ単位で区分したものを、まるで地図を見る様に図示化されたものです。今自分たちが呼んでいるのはどのあたりの時系列なのだろうという事が一目で分かります。始めは普通のビジュアルノベルとして読み進め、選択肢を選びながらエンディングを目指していきます。そういう意味で、あまりストーリーマップの力は活かされません。ですが、面白いのは2周目です。ここから同じ時間の中で違う視点の物語を並列で読む事が出来るのです。メインシナリオだけでも十分楽しめるのですが、それ以外のサイドシナリオも併せて読む事でより世界観の理解と登場人物達の理解が深まると思います。サイドシナリオについてはシェア版でのみ読め、フリー版ではメインシナリオのみ読めるとの事です。まずはフリー版をプレイして頂き、そこからシェア版に手を伸ばすのも良いと思います。
その他の点として、スチルの枚数が非常に豊富な点が挙げられます。差分を含めてですが全部で200枚以上も収録されており、物語の印象的な場面を彩り登場人物達の表情を見せてくれます。またBGMや歌曲もオリジナルであり、クラシック調の楽曲が西洋の雰囲気を表現しております。他にも、カットインなどの演出も豊富で読んでいて飽きさせないシステム周りでした。セーブ数も豊富、既読スキップも速く、文字を読む上での障害点は殆どありません。是非自分のテンポで読み進めて頂き、適度に休憩を取りながら楽しんで頂ければと思います。
プレイ時間は私で10時間40分くらいでした。これはサイドシナリオも含めた全ての場面を読み終えるまでの時間です。メインシナリオのみでは6時間50分くらいでした。選択肢の数も比較的多く、エンディングの数も複数用意されております。それでも選択肢ごとにセーブする事が出来、エンディングリストもありますので取りこぼしは確認できると思います。とにかくボリュームがあります。全体で10時間ですので今の商業ミドルプライスの作品くらいのテキスト量です。プレイし終わる事には、十分にエウロとトッカルの世界観を理解している事と思います。私も前半は1時間くらいで休憩を挟んでましたが、後半は一気にエンディングまでプレイしておりました。少しでも琴線に触れる方であれば、必ずや満足頂けると思っております。迷っている方はまずはフリー版を、そしてシェア版と進んで頂ければと思います。オススメです。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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また、ネタバレ有りはサイドシナリオも含めた全てのネタバレとなっております。
メインシナリオのみプレイの方は注意願います。
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<大切なのは覚悟を持って決断する事。その積み重ねが、一歩一歩前に進むために大切な事。>
いやー圧倒的なボリュームでした。ここまで各登場人物を掘り下げるとは思っておりませんでした。特に、裏の主人公とも言える門の民と呼ばれる彼らの行動や生活を全て提示した2周目は驚きでした。メインシナリオのエンディングで、ジゼルがラフィータのチェロコンサートのチラシを持っている重みが良く分かりました。最後の最後まで飽きさせない展開がお見事でした。
この作品のテーマは「決断力」だと思っております。貴族の家に生まれ、世界は自分達の味方だと思っていたロディスとユリウス。ですが、実際は大切な女の子1人すら守る事が出来ない子供であり、彼らの両親達大人の力を借りなければ何も出来ませんでした。世界は、自分達が思っていたよりも厳しく残酷だという事を学んだのかなと思っております。それでも、彼らは出生が良いですので何もしなくても実権を握る事が出来ます。タイミングの問題という事です。ですが、ジゼルと出会い彼女を守りたいと思った一連の行動があると無いとで、彼らが実権を握った時の決断力が違ったと思います。覚悟を持って決断する事、それが出来る事が大人の条件であり、上に立つ人の条件なのかなと思いました。
ロディスシナリオでもユリウスシナリオでも、最後の最後に渡り鳥の門で2人に決断させる場面がありました。それは、人の生死に関わるものでした。間接的とはいえ、自分の言葉一つで人を殺す事が出来るのです。普通であれば、その責任の重さに耐えきれず逃げてしまいます。ですが、自分の立場と家の立場、大切な人と守りたい人を天秤にかけ、彼らは大切な決断を下しました。門の民の人が悪人かと言われれば、そうではないと思います。今の政治体系が彼らの様な人を生み出し、生きる為に必死に行動した結果だと思います。そんな事情を理解していながらも、殺すという決断をしなければいけない。それが上に立つものの決断でした。彼らはまだ13歳・14歳であり、学生で学ぶことが沢山あります。それでも、この日の経験がその後の人生の生き方を決めたと言えると思います。この一瞬を描く為の「渡り鳥の門は遠く」という作品だったのかなと思っております。
それでも彼らは13歳・14歳の子供です。思春期らしい場面が沢山見られ、その一挙動一言動が微笑ましく思えました。特に、学園でクラスメイトとくだらない話をしている場面、大鐘楼に忍び込もうとしている場面、エイミーに性的ないたずらを受けている場面、劇場の裏側に忍び込む場面、ジゼルに対する恋心かどうか分からないもやもやに悩んでいる場面、そのどれもが大切な場面でありキラキラした想い出でした。無駄に見えて無駄な物など一つもありません。そんな小さな人生経験の積み重ねが、彼らの人格を創り出し大人へと向かう材料になっていくのです。エンディングで、明確にロディスとユリウスがジゼルと結ばれている描写を描いていない事も素敵だと思いました。この作品は恋愛も大切な要素ですが、それがメインではありませんからね。それも含め、彼らの大人になる為のエッセンスです。この後どんな大人になりどんな人生を歩むかは、彼ら次第ですからね。
それでは裏の主人公ともとれるラフィータと門の民について書こうと思います。封建制度によって弾かれた人々ですが、それでも力を合わせて渡り鳥の門で生活しておりました。彼らが願ったのは、当たり前の普通の生活でした。本当は人を殺したり、大金持ちになったりしたいという事ではないのです。それは、ラフィータの性格を見ていればすぐに分かります。トルドやケニーは確かに犯罪を犯しております。それでも、ラフィータにはその事実を悟られまいと精一杯隠し続けました。ハビに至っては、自分達が誘拐したジゼルにすら愛情を示しました。分かっていたんですね。本当は、こんな生活を続けていくのは良くないと。それでも自分たちが生きる為にはやるしかない。そんな決死の覚悟を感じる事が出来ました。
結果として、彼らの多くは殺されてしまいました。それでも、ラフィータは生き残る事が出来ました。それは、門の民の皆の願いに思えました。門の民でも人並みの生活が出来る、幸せになれる事を示す事が出来ました。5年経過し、文字も読めなかったラフィータがチェロコンサートを開けるようになりました。もう、この事実だけで嬉しく思えますね。親愛なるハビの意志を受け継ぎ、幸せになる事が出来たラフィータ。それでもその先の人生が順風満帆になるという事は無いと思います。でも、きっと大丈夫ですね。何故なら、そこにはジゼルや学園の皆、エイミーなどの知り合いがすぐ傍にいるのですから。
渡り鳥の門はエウロとトッカルを挟む境界線です。この境界線を本当の意味で超えるのは、とても道のりが遠く果てしなく思えます。それでも、遠いだけでたどり着けない訳ではありません。今回のジゼルの誘拐と門の民を巡る一連の出来事は国全体から見ればほんの小さな出来事です。ですが、この出来事を通して彼らは確実に渡り鳥の門への一歩を進む事が出来ました。後は地道に研鑽する事ですね。勉学に励み、人々と交流し、政治を学び、きっと立派な当主になれると思います。長年の確執と体制はそう簡単に壊せるものではありません。それでも壊せない訳ではありませんからね。そんな、夢の希望を目指し決断する事の大切さを描いた作品でした。ありがとうございました。