M.M わたのそこ、おきつみかみの 九段坂怪奇叢書
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
7 | 7 | 8 | 78 | 1〜2 | 2018/11/22 |
作品ページ | サークルページ |
<伝承を大切にした「ねこバナナさんらしいホラー」を楽しんでみて下さい。>
この「わたのそこ、おきつみかみの 九段坂怪奇叢書(以下わたのそこ)」という作品は、同人サークルである「ねこバナナ」で制作されたビジュアルノベルです。ねこバナナさんの作品をプレイするのは今作が初めてでした。元々私の周りのビジュアルノベルプレイヤーの方々やサークルさんの間で名前をよく聞いていたサークルさんでしたので、どこかのタイミングでプレイしたいなとは思ってました。伝奇系の作品を制作されるサークルさんという印象を持っておりまして、今回レビューしているわたのそこも漏れなく伝奇となっております。C94の新作という事で、旬が過ぎる前にプレイしようと思い今回のレビューに至っております。
主人公である九段坂山彦は、大学のサークルである「不可思議研究所」に所属している普通の学生です。不可思議研究所とは、その名の通り日本の不可思議な出来事や伝承を追いかけるサークルです。季節は梅雨、そろそろ夏休みが近づいているという事で、今年の夏は何を探ろうか決めているところでした。そんな時、昨年の夏に知り合った神出鬼没な女の子である雨野アリエから興味深い話が持ちかけられます。それは、知り合いの地元の街に得体の知れない白い生き物の様な物が打ち上げられたとの事。奇しくも、それはたまたま山彦が調べていた伝承、そして同じサークルメンバーである梓ササカが話していた書物の内容と酷似していたのです。アリエの諸突猛進な行動力で訪れた町である水乃渡へ向かう山彦、それは何百年も続く伝承を探す旅の始まりだったのです。
公式HPのイントロでも書いておりますが、この作品は人が死ぬというホラー要素を含んだ内容です。首のない死体を見つけてしまってから、登場人物に襲い掛かる出来事に終始緊張する事になります。ですが、この作品の本当の怖さはそうした死体などの直接的な描写ではありません。それは、語り継がれている伝承そのものにあります。伝承という物は、得てしてその意味合いは時代と共に様々に解釈され変化していきます。伝承が創られた当時の想いと、現代で語られている想いは必ずしも一致しないという事です。何が言いたいのかといいますと、物語の要所要所で語られる伝承の意味が全く分からないのです。誰が語っているのか、何を語っているのか、何を予見しているのか、それが分からないから未来の事が分からず対処法も分かりません。この伝承の謎と先が見えない怖さこそが、わたのそこという作品のホラーを作っていると思います。可愛らしいキャラクターとは裏腹に、どんどん展開していく場面に恐怖してみて下さい。
その他の点として、ボーカル曲とBGMが挙げられます。ボーカル曲は歌手であるみとせのりこ氏が担当しております。曲調は純和物であり、民俗楽器や透明感のあるサウンドを加えておどろおどろしさの裏にノスタルジックを感じるサウンドです。その上て、こぶしを効かせて歌い上げるみとせのりこ氏の歌声は是非聴いて欲しいです。久しぶりにここまで存在感のあるボーカル曲に出会えました。そしてBGMも同様に、コミカルな場面はコミカルに、シリアスな場面はシリアスに非常にメリハリが効いております。使っている音源の数が非常に多く、1人で作曲されたとは思えないバリエーションでした。ボーカル曲とBGMのどちらも同じ方が作曲されてますので、作風にピッタリなのも良かったです。パッケージ版にはサントラCDも付いておりますので、是非プレイ後に合わせて聴いて欲しいですね。
プレイ時間は私で1時間50分掛かりました。選択肢はなく、クリックのみでエンディングにたどり着く事が出来ます。この作品の特徴として、登場人物が非常に多い事が挙げられます。立ち絵のあるキャラクターだけで10人に迫る勢いでした。その上で、どのキャラクターにも見せ場を用意しその上でシナリオを練り上げてこのプレイ時間です。時間の経過を感じさせない、本当あっという間の1時間50分でした。ちなみに、立ち絵は何とE-moteを採用しております。表情を変えヌルヌル動く描写にも注目です。スチルの枚数もかなりあり、プレイ時間以上に時間を掛けて作られた事が伝わりました。ねこバナナが表現したいホラー、それを是非堪能してみて下さい。オススメです。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<死んでしまった人はもう戻らないんですよ。今更、伝承の解釈なんて聞きたくないわ。>
「なんと、愛しきものよ」
もうね、遅いんですよ。今更そんな解釈に気付いたところで、死んでしまった人は戻らないんですよ。この作品に満ちていたのは気の遠くなるような月日を超えた愛情でした。そして、ギリギリでそれに気付いて大切な物をたった1つだけ持ち帰る事が出来た男の物語でした。
ネタバレ無しでも書きましたが、この作品は本当に伝承の伝え方が上手いなと思いました。何を言っているか分からない、でもシナリオに重要な意味を持つはず、何か怖いものを暗示しているはず、皆さんそんな風に思ったと思います。ですが、実際は違ってました。真実は、海の底のものが人間を大切に思い愛玩の対象としていただけでした。その証拠に、災害の多い水乃渡において事前にそれを予見し人間に伝えてくれました。たとえそれが、自分達の存在が原因だったとしても、海の底のものはちゃんと人間との関係性を考えていたのです。
だからこそ、そんな海の底のものの言いたい事が少しずつズレてしまい間違った形で伝わったのはやるせなかったですね。町長と鹿黒網代はちゃんと史実を知っていました。ですが、それでも町の若者を犠牲にしてしまいました。無駄死とは思っておりません。それでも、海の底のものの想いと若者達の想いはちょっとだけ掛け違えていたのです。海の底のものは声を出す事が出来ない、だから人間の首が必要。でも、それだけでは足りなかったんですね。本当に必要だったのは、水乃渡を救いたいいう心。皮肉にも、それを達成できたのは街の人から変わり者と言われていた磯前ライアだけでした。
人間に惹かれ人間になりたかった雨野アリエ、その想いは磯前ライアの首を通して伝えられました。アリエは人間ではなくニギと呼ばれる海の底のものが創った存在でした。本当は、その姿を全て曝け出してその上で山彦を好きでいたかったのです。ですけど、アリエは女の子ですからね。見せたかったけど、見せたくなかった、そんな可愛らしい気持ちが伝わってきました。アリエは覚悟を決めたのでしょうね。もう、自分が人間として生きるのは時間が許してくれないと。後は、自分の分身である鹿黒いそらに引き継ぐしかないと。悔しかったのだと思います、本当はいつまでも傍にいたかったのだと思います。その気持ちを「よろしくね、もうひとりの私」という言葉に込めて、託したのだと思います。
町おこしをしたいという若者の多くを失ってしまった水乃渡。この先この町がどうなってしまうのかは分かりません。代々伝えられた伝承が、これからどのような解釈がされるのかも分かりません。全ては終わってしまった事です。何れにしても、死んでしまった人はもう戻らないのですから。せめて、自分の傍に居続けてくれる鹿黒いそらだけは守り続けていきたいです。そして、こんなすれ違いの出来事は、もう起きて欲しくないと正直思いました。最後まで完全にネタ晴らしをしない、想像の余地を残して余韻を大切にした作品だと思いました。これからどのような未来が続くのか、それを皆さん1人1人が想像してみて欲しいですしそれを聴いてみたいですね。ありがとうございました。