M.M Vampire of RED




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 6 - 81 3〜4 2017/2/4
作品ページ サークルページ



<人物を丁寧に描写しゆっくりと人間関係を描くテキストはArkRiotさんらしさの表れ。>

 この「Vampire of RED」という作品は同人サークルである「ArkRiot」で制作されたビジュアルノベルです。ArkRiotさんとの出会いはCOMITIA108で同人ゲームサークルを回っている時でした。その時に手に取らせて頂いた「負荷価値」という作品の持つ人が当たり前に持つ感情を真っ直ぐ表現した文章がとても印象に残っております。その後ArkRiotさんとは各種イベントでお話させて頂いたり、郷里である長野県で一度お茶させて頂いたりと個人的にも贔屓にして頂きました。今回レビューしている「Vampire of RED」はそんなArkRiotさんのC91での新作であり、妖艶に微笑む吸血鬼と思われる女の子のパッケージが大変目を引きました。ArkRiotさんのチャームポイントである赤ネクタイも印象的であり、どんな物語が紡がれるのか楽しみにしてプレイさせて頂きました。

 舞台はイタリアのフィレンツェ。イタリアは従来から陽気でバーでお酒を飲むお国柄がありまして、街には表通りから路地裏まで数多くのバーが存在します。主人公ジャンヌはそんな数多くのバーの1つである「NEO VENUS」で働いている女性です。幼い時に両親を失った彼女でしたが、「NEO VENUS」の店主であるジョリに拾われた経緯がありその縁もあり働いております。「NEO VENUS」にはジョリ以外にも看板娘のアージュ、厨房担当のディーノ、ホール担当のアンナがおり、常連客も飲兵衛のエンツォや失恋したマルコなど気さくな人ばかり。慎ましくも温かいその空気に幸せを感じておりました。そんな「NEO VENUS」にウィルと名乗る青年がやってきます。彼と話しているうちにジャンヌは自分の内なる気持ちの変化に戸惑い、そして少しずつウィルとの関係が変化していきます。果たしてたどり着く先は幸福でしょうか?そうであるなら、パッケージの表面に書かれている吸血鬼は何者なのでしょうか?御伽噺など存在しない極々普通の日常の光景。その光景がある日突然紅に染まる光景に、貴方は耐えられるでしょうか?

 タイトルが「Vampire of RED」ですのでこの作品に吸血鬼が登場するのは決定的です。事実最近のフィレンツェでは猟奇殺人事件が多発しており、被害者は全員首に犬歯が刺さった痕があり血が抜かれております。表向きは愉快犯による殺人と言われておりますが、どう考えても吸血鬼の仕業です。この作品は、「NEO VENUS」を中心とした慎ましい日常と吸血鬼が街を跋扈し人々を恐う非日常が交互に展開されます。そしてこの日常と非日常が交差した時、物語は一気に加速していくのです。ジャンヌは吸血鬼に殺されるのでしょうか?それともキーパーソンであるウィルが殺されるのでしょうか?そもそも吸血鬼の正体は何者なのでしょうか?様々な想像を膨らませながら、まずは登場人物たちの人間性を掴んで欲しいですね。

 最大の魅力は、「NEO VENUS」での慎ましい日常の描写です。前に「負荷価値」をプレイしたときも思いましたが、ArkRiotさんの作品はとにかく人物を丁寧に描写するのが上手に思えます。ジャンヌは明るいながらも一線を引いた性格、アージュは世話焼き、ディーノは思慮深くアンナは快活、それが言葉ではなく動作で表現されているのです。そしてウィルも始めはチャラい印象を持ちましたが芯を持った青年であることが分かると思います。登場人物たちのパーソナリティを丁寧に描写し、それぞれの心の通い合いをゆっくりと表現することでプレイヤーを引き込むのです。私自身、1時間くらいで休憩を挟むのですが気が付けば2時間ぶっ通しでプレイしてました。何気ない日常なのに全く飽きなかったのです。ArkRiotさんにしか出せない魅力であり、是非多くの人に触れて欲しいと思います。

 またこの作品は舞台がイタリアのバーという事で、数々の専門用語が飛び出します。地名は勿論、お酒や飲み物食べ物の種類、果てにはタバコの銘柄にまで多岐に渡っております。そして随所にカトリックを思わせるセリフを織り交ぜており、全体としてイタリアというお国柄についてよく研究されている事が伝わります。背景も実際のイタリアの風景を使っており、まるで自分がイタリアにいるかの様です。とりわけお茶に関する知識が大変多く、主人公ジャンヌが大の紅茶好きという設定を十二分に活かしたものとなっております。こうした舞台背景もこの作品の魅力であり、是非メモを取りながら読んで欲しいくらいです。

 プレイ時間的には私で3時間45分でした。システム面で幾つか不都合な点があります。1つは選択肢でセーブできないという事です。大きな分岐はありませんが、EDは1つではありませんので別の分岐を辿るのにちょっと不便するかも知れません。またこれが一番気になったのですが、テキストが読みにくいのです。文章が白で書かれているのにも関わらずメッセージボックスも白を基調としております。バックログも黄で書かれておりますのでやはり読みにくく、ここだけは改善して欲しかったなというのが本音です。実際はこれも演出の一つなのが後に分かるのですが、そうであるなら責めて文字の色は変えて欲しかったかなと思います。逆に読み難い分ゆっくりと読むことになりますので、内容は深く頭の中に入ってきます。慣れれば気にならなくなりますので、まずは雰囲気を味わい物語に浸かってみて下さい。かなりオススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<復讐の先に待っている虚無感。それを断ち切れるかどうかは、彼ら次第ですね。>

 人を呪わば穴二つ。人に呪いをかければそれは何れ自分にも呪いとして帰ってくるという故事です。この作品は徹底してそうした人間の恨みや怒りといったものが巡り巡る様子が描かれておりました。始まりは誰だったのでしょうか?いや、もはやそんな事を考えるのは何も意味を持ちません。結局は自分が誰かを呪った段階で、もう復讐の道を歩むしかないのですから。

 慎ましくも幸せな生活を送っていたジャンヌを描いた前半部分。そして愛するウィルを殺され怒りと絶望の果てに吸血鬼になったジャンヌを描いた後半部分。この対比は非常に特徴的であり、両方が「Vampire of RED」の魅力だと思っております。ですが、前半と後半のターニングポイントはジャンヌが人間から吸血鬼になってしまった事ではありません。人が人を恨み呪い始めた事でした。きっとジャンヌは吸血鬼にならなくても、いつかはロキを殺していたのだと思います。それこそ、非力だったビュレが殺人術を身に付け最終的にジャンヌに対峙した時のように。大切なのは吸血鬼であるかそうでないかではなく、人を呪ったか呪わなかったかの違いでした。

 私がこの作品を読んでいて一番注目した点、それは復讐を達成したジャンヌもしくはビュレがその後どういった人生を歩むかという事でした。物語途中から、何となくですがウィルは殺されジャンヌが吸血鬼化して復讐に身を焦がすのだろうと思ってました。ですが、その結果として最後どのような決断を下すのかは本人の気持ち次第ですので注目でした。始めは復讐に焦がれ、そして吸血鬼らしく人の血を吸う快感に染まる生活を送っていたジャンヌ。ですが年月が経ち自分が何の為に生きているか分からなくなっていきました。復讐を達成したのに、何も満たされないのです。そして思い出すのは「NEO VENUS」での懐かしい日々とそこで出会った人たちの笑顔。もう二度と戻れない日常だったのです。最後、ジョリやアージュと出会い自分の気持ちを伝えられたジャンヌ。もう生きる事に執着はありませんでした。復讐は何も生まない、復讐の先に自分で答えを見出したのです。

 ビュレもまたジャンヌ同様復讐に身を投じた一人でした。大切な兄の敵を取るため殺人術を身につけたビュレ、それでも吸血鬼化したジャンヌの身体能力に叶うはずもなく、何度も返り討ちに会います。まるでゲームを楽しむかのようにあしらわれるビュレ。そんな態度がさらにビュレの復讐心を滾らせました。ですが次第にビュレも自問自答する様になります。ジャンヌを殺せたとして、その先に何が待っているのでしょうか。ジャンヌの時より見せる哀愁漂う表情が混乱させます。だからこそビュレは最後の戦いに望んだのだと思います。悩むのは後、全ては復讐の先に考えればいいと。きっとビュレも疲れていたんですね。復讐の為だけの人生に、ジャンヌを殺せればそれで良し、そうでなくても全力を出して死んでやる。それがビュレの最後の気持ちでした。

 最後の戦いの結果、どちらかが生き残る結末となりました。そしてどちらも決して晴れ晴れとした気持ちにはなりませんでした。ジャンヌは今まで殺した人に報いる為に永遠を生きる事を誓います。ビュレは復讐の先に待っているものの虚無感に絶望し、生きる目的を失います。どちらもその先に何もない結末。バッドエンド。ですがこれがレビューの冒頭で書いた「人を呪わば穴二つ」の結果なのだと思います。復讐とはそういう事。復讐をゴールにしてしまったら、もう何も残らず何をすれば良いか分からなくなるのです。その先に待っている虚無感こそが真の恐怖でした。息子を支配し悪政を強いたカルッサローニは死にました。ウィルを殺したロキも死にました。そしてウィルを殺されたジャンヌとロキを殺されたビュレは、お互いの宿敵を殺して生き残ってしまいました。いつまでも終わらなかった連鎖。それを断ち切るのは容易ではありません。ですが、二度と「NEO VENUS」の様な慎ましい日々が帰ってこない訳ではないのです。15年前の悲劇の結果吸血鬼となったジョリ。ですが彼は裏世界から足を洗い「NEO VENUS」を作ったのです。ジャンヌの大好きな紅茶が飲める生活。ビュレが大好きな兄の様に信頼できる人がいる生活。それを取り戻せるかは、彼ら次第ですね。ありがとうございました。


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