M.M うたかたの輪廻




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 6 5 79 5〜6 2017/10/31
作品ページ サークルページ
(作品ページと同じ)


体験版



<様々な要素が組み合わさったヒューマンドラマ、それが故に焦点がぼやけてしまいました。>

 この「うたかたの輪廻」は同人サークルである「未来彗星」で制作されたビジュアルノベルです。未来彗星さんに初めてお会いしたのはC92で同人ゲームの島サークルを回っている時でした。正直な話、タイトルを見て購入しようと決めてましたね。輪廻、この言葉だけで途方もなく時間が掛かる物語が待っていると予感させます。ちなみにここで言う時間とはプレイ時間の事ではありません。作品に登場するキャラクターが歩む時間の事です。そして同時に扱っているテーマが死です。一般的に輪廻転生するという事は死ぬという事ですので、これもまた必然と言えるかも知れません。涙に頬を濡らすヒロインの表情も大変気になります。どのようなドラマティックな物語が待っているのか期待してプレイさせて頂きました。

 舞台となる船山街、この街には古くから伝わる伝統がありました。それは「人形流し」という催しで、死んだ人間の魂を封じ込めた人形を川に流し気持ちの整理を付けるものです。この街では死というものに対して明確な意味を持たせております。それは「人は二度死ぬ」という事です。一度目は魂が身体を失った時、二度目は人の記憶から忘れられた時です。現実でも様々な場面で耳にする言葉ですね。そして、その死んだ人間の魂が他の身体へと転移することを「輪廻」と呼びます。輪廻転生、世界各地の宗教で信じられている考え方です。ですが、この街では明確に輪廻が起こると信じられております。そして主人公である「羽島真琴」はそんな輪廻の渦に巻き込まれてしまいます。巻き込まれて新たに歩む人物の名前は「稲沢誠也」、ここから主人公の自分自身を見つめ直す物語が幕を開けるのです。

 この作品の特徴、それを一言で説明するのは実は難しいです。この作品は主人公が別人に輪廻する事で自分自身とどう向き合うのかを考えるヒューマンドラマですが、何故この街では輪廻するという伝統が色濃く残っているのかを考察するミステリーな要素もあります。そしてそもそもどうして主人公が輪廻の渦に巻き込まれてしまったのか、そこに他者の思惑が関係しているのかを考えるサスペンスな要素もあります。一概にここが面白いと言えず、ともすれば焦点がぼやけてしまってしっくりと腹に落ちない印象を持つかも知れません。プレイを進めていく中で、自分は何を知りたいのかを明確にしていければ良いのかなと思っております。

 一番の魅力はやはり登場人物たちの心理描写ですね。特に主人公は視点が変わりますのでそれによって見える景色の違いをぜひ楽しいで欲しいです。何しろ、今まで幼馴染であり顔なじみの知り合いであった人たちが、一転他人になるのですから。そして別視点からの彼ら彼女らを見る事で改めて自分という存在について気付けると思います。加えて、この街で人が輪廻するという事は本人が一度死んでいるという事です。主人公が別人に輪廻してしまいその後会う人たちみんなが悲しみを胸に抱えているのです。でも、「自分はここにいるんだ!」と言う事が出来ないのです。この苦しみは想像出来ませんね。そして辛いのは主人公だけではありません。周りの人も同様に辛いのです。果たしてこの輪廻の先に何が待っているのか、ぜひ見届けてみてください。

 プレイ時間は私で5時間45分くらいでした。選択肢はなく、一本道で最後まで読む事が出来ます。ヒューマンドラマという事ですので、全ての登場人物に見せ場があり感じるところがあると思います。そしてその登場人物の人数も比較的多いです。性格も立場も様々な登場人物たちが、それぞれのアプローチで主人公と関わっていきます。気が付けば5時間以上ものプレイ時間になっておりました。それでもプレイ終了してみてそこまで「長かったな〜」とは思ってませんでした。理由は上でも書きましたが、様々な要素が組み合わさった作品であり登場人物が多いので見所が多くて焦点がぼやけてしまったからです。時間をかけて丁寧に作られた作品だけに、サークルさんの気持ちを受け止める事が出来たが疑問ですね。是非プレイされた皆さんの感想を聞いてみたいです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<死人に口なし、それなら新しい生者として口にすればいい。>

 ネタバレ無しでも書きましたが、最後までプレイしてみて本当に様々な要素が詰め込まれていてイマイチテーマを見出すことが出来ませんでした。一番言いたかった事は、恐らく主人公の視点を通して垣間見られる人の醜い心とそれを肯定し向き合う事の大切さだと思います。ですが、輪台弦の企みの真相とこの街の伝統である輪廻の概念についてそこまで正確に語られたわけではありませんし、ちょっとモヤっとしてしまいましたね。まだまだ読み込みが足りないのかも知れません。

 実は私、この作品をプレイし終わったのは1週間くらい前でした。そこから早速レビューを書こうとしたのですが、はて何について書こうか?と悩んでしまい暫く手が止まってしまっていました。そして何故悩んでしまったのかを考えてみて、それが上記の理由だと気づきました。気づくまで1週間掛かってしまったという事です。確かに感動しました。最愛の幼馴染が交通事故に巻き込まれてしまった。それだけではなく10年前に愛する家族を失ってしまった。自分の周りには不幸が起こる、そう思い込んだ安城美咲の苦悩に胸が潰れる思いでした。他にも好きだったクラスメイトが死んでしまい、代わりに別人が入り込んだことに戸惑いながらも協力する瀬川遥の葛藤も必見でした。最後まで涙を見せず支えてきた強さは彼女の大きな魅力でした。他にも安保木あかりの恋心、稲沢葵の強がった想い、羽島琴音の姉としての想い、唐木田隼の友達に見せた弱さ、誰もが悩みを持っており苦しんでおり、その姿がありありと思い出されます。

 ですが、それ以上に主人公が凄すぎたんですね。本当であれば一番苦しむのは他ならぬ主人公のはずです。それでも持ち前の責任感と気持ちの強さで自分の辛さを受け止め、気丈に振る舞い「稲沢誠也」として信頼関係を作って行きました。立派過ぎると思いました。羨ましいと思いました。だからこそ、他のキャラクターの苦しみや辛さが主人公のステップアップの為のエッセンスに思ってしまったんですね。流石は麗美学園の主席であり生徒会長ですよ。カリスマすら感じました。彼であれば例え見た目に稲沢誠也でも仲間を作ることが出来ると思いました。それだけ誠実であり、自分というものを理解していました。本当、輪廻したのが主人公で良かったと思っております。

 そんな主人公の凄まじさに圧倒された本作ですが、その中でも一つ印象に残っている言葉がありました。それが「死人に口なし」です。現実では当たり前の言葉ですが、この街では唯一例外があります。それが輪廻した人です。ですが、実は輪廻した人も物を語ることが出来ないんですね。何故なら、誰も信じてはくれませんし例え信じてくれたとしてもそれを自分が口にした通りに相手は受け止めてくれないからです。そしてそれが分かってるから、輪廻した人は物を語らないんですね。それは羽鳥真琴も羽鳥琴音も同様でした。真琴は早々にそのことに気づいて稲沢誠也として生きる事を決めました。そしてそれ以上に敏い琴音は完全に白楽楓として生きておりました。これは正直目からウロコでした。輪廻する事が唯一死人が物を言えるチャンスだと思ってました。ですがそうではなかった、この苦悩は大きかったのかなと思っております。

 人は二度死ぬ。一度目は魂が身体を失った時。二度目は人の記憶から忘れられた時。この言葉って、肯定的に捉えれば魂を失っても記憶が残っていればまだ死ぬわけではないと思ってしまいます。ですがそうではありませんでした。やはり魂を失ってしまえば、例え輪廻してもその人の人生は死んでしまいました。心の中に生き続ける死者への気持ちはどうしようもなく本人とズレていき、そしてそれを修正することすら出来ないのです。出来ることは、新しい人格としての生を生きるという事。過去の自分にサヨナラして新しい一歩を踏み出す事です。死人に口なし、それなら生者として口にすればいい、これが私がこの作品から学ばせて頂いた事柄でした。ありがとうございました。


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