M.M 生まれたせいにして生きていく




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 7 - 78 1〜2 2019/1/8
作品ページ(なし) サークルページ



<作品から与えられる問いに、是非真剣に考え自分の中の答えを見つけてみて下さい。>

 この「生まれたせいにして生きていく」は同人ゲームサークルである「人工心象」で制作されたビジュアルノベルです。人工心象さんの作品は、過去に「I AM」という作品をプレイさせて頂きました。人工心象さんの作品は「哲学」を題材にしたものが多い印象です。過去にプレイさせて頂いた「I AM」も哲学系ビジュアルノベルというジャンルとなっております。過去の著名な哲学者の言葉を引用したりと、背景に非常に豊富な知識を持っている事が伺えました。今回レビューしている「生まれたせいにして生きていく」は「I AM」に続く哲学系ビジュアルノベルの第二弾です。またプレイヤーに深く考えさせるテキストが読めると期待し、今回のレビューに至っております。

 主人公であるラヴィは、ある日突然目を覚ましました。そこは暗闇の世界、覚えているのはラヴィという名前のみ。家族の名前も、自分が今まで何をしていたのかも覚えていないのです。当てもなく歩いていると空から光が差す空間に辿り着きました。そこは水が流れる閉鎖された空間。そこれラヴィは一人の少年と会います。彼の名前はモール、モールはラヴィと自分を光と影の関係だと語ります。何が何だか分からないラヴィ、そんなラヴィにモールは「まだ早かったかな」「見つけて欲しい物がある」と伝えます。モールに言われるがまま、ラヴィの意識は再び暗闇の中に沈んでしまいます。再び目が覚めたラヴィは何もない荒野の中に佇んておりました。遠くにうっすらと見える街。そこでラヴィは、人が生きる意味を感じていくのです。

 この作品は哲学系ビジュアルノベルという事で、シナリオの中でプレイヤーに考察させる問いを発してきます。それは直接問いかけるのではなく、ラヴィという主人公が体験した物語という形で問いかけてきます。そのどれもが、単純にこれが正しいと答えられない者ばかりです。様々な視点に立つ事で、善にもなりますし悪にもなる問いかけばかりです。是非自分だったらこう考える、そういった思考を常に持ちながら読み進めて頂ければと思います。哲学とは、人生・世界、事物の根源のあり方・原理を、理性によって求めようとする学問です。科学とは違い、求められるのは私達の理性です。その為に、考える事を放棄してはこの作品を読んだとは言えないのかも知れません。

 その他の要素について、背景はフリー素材の写真を使っており場面に即しております。併せてBGMも透明感のある楽曲を中心に落ち着いた雰囲気を演出しております。この作品は、現実ではありませんが現実に極めて近い世界を舞台としております。日本ではない、主に西洋を舞台としておりそういう意味でも写真を使った背景は場面の理解に効果を発揮していると思いました。注意点が1つあります。この作品にはバックログ機能が備わっているのですが。文字の色と背景の色が殆ど一緒ですので読むのが非常に困難です。出来るだけバックログは宛てにしないで、一分一分を噛み締めながら読むのが良いと思います。

 プレイ時間は私で1時間10分くらいでした。選択肢はなく、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。この作品は章が別れておりまして、それぞれ約15〜20分で読む事が出来ます。それぞれでテーマが設定されておりますので、時間がある方は各章が終わった段階で自分の考えを整理して先に進むのが良いかもしれません。じっくり考えると結構頭も使いますしエネルギーも使います。全体を通して1時間程度のプレイ時間ですが、時間以上に感じる事と思います。疲れたなーと思うくらい考えて頂ければ、きっとこの作品の狙いは完成ですね。是非自分だけの答えを見つけてみて下さい。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<生きる事に迷ったら、精一杯考えればいいんです。その事そのものが、生きるているという事なのかも知れません。>

 人間に限らず、生き物は死んでいなければ生きております。生か死か、必ずどちらかの状態に属しております。何を当たり前の事を、と思うと思います。では、そんな当たり前の事に対して理由を求めるのは馬鹿馬鹿しい事でしょうか。不思議な事に、人は生きる事に理由を求めるんですよね。この作品を通して、生きる理由について考える事の意味を教えてくれたと思っております。

 オウサマの世界の中で、リーブルを始めレジスタンスのみんなは「今のオウサマのやり方は安寧を壊している」と言いました。ですが、オウサマは「秩序を与えたのだから安寧だろう」と言いました。果たして、これはどちらが正解なのでしょうか。答えは、恐らくどちらも正解なのだと思います。秩序やルールがなければ、世の中は無法地帯と化し周りの人を信用できなくなります。そんなもの、安寧とは呼べません。ですが、秩序がありルールがありガチガチに固められた世界はどうでしょうか。好きな事が出来ず、好きな事が言えず、好きな事を学べない、これもまた安寧とは呼べません。オウサマの世界において、安寧を得る事が生きる目的となっておりました。その為、オウサマは機械兵を使い、レジスタンスはオウサマに反抗してきました。きっと、この争いあい安寧を求めている状態こそが、生きているという事なのかも知れませんね。

 嘘を喰らうバケモノがいる世界、私は初め何が嘘で何が本当なのか全く分かりませんでした。今も正直良く分かっていません。ただ最後まで読んでみて、きっとここで言う嘘とは軸のない状態なのかなと思っております。オウサマの世界を振り返り、どちらの言い分もそれなりの正しさを持っている事を理解しました。それが故に、どちらかに加担する事が結果として嘘になってしまいます。その為、何を言っても嘘になるのです。そんな不安定な嘘、聴く人からすれば面白い以外の何物でもありませんね。ですが、徐々に自分の中でやりたい事、やるべき事が定まっていく中で嘘の要素は減っていきました。嘘が不味くなったのです。そして最後、二度と後悔しないと決意した時、自分の中の嘘は無くなってしまいました。この自分の中の嘘を減らしていく過程、それが生きているという事なのかも知れませんね。

 シンプサマの世界において、生きる事は直接的な問題として転がっておりました。そして、これこそがこの作品全体のテーマでありラヴィ改めルミエールが見つけなければいけない答えそのものでした。人は、必ず死にます。そして、生きている間には楽しい事もあるかも知れませんが大体は苦しい事です。不安定な世界、先が分からない未来、そんな中で生きる事を強いるのは正しいのでしょうか。苦しく生きても楽に生きても最後に待つのは死、そうであるのなら冷凍睡眠を選ぶ事は賢いのかも知れません。ですが、ラヴィは冷凍睡眠装置を破壊しました。束の間の平穏な世界より、検証不能なこの世界を選んだのです。そこにあるのは、もう後悔しないという自分の決意だけでした。どっちが正しいのか分からないのであれば、自分を信じるしかありませんからね。シンプサマが正しいのなら、ラヴィも同時に正しいはず。個人的に、この部分のセリフが一番痺れました。これが、ラヴィの出した生きる答えでした。

 3つの世界を経験し、再びモールの前に帰ってきました。そして、自分が母親の命を引き換えに生まれた存在であることも思い出しました。幾つかの世界を体験し、自分の境遇も思い出し、その中で出した答えは「どれだけ生を悲観しても無意味に感じても、それがボクが死を望む理由にはならない」でした。生きている限り死は付きまといますので、そりゃ不安にもなります。嘘もつきたくなりますし、悲観したくもなります。だからと言って、それが死を選ぶ理由にはならないのです。むしろ、そうした辛さを持っている事が、生きるという事です。これがルミエールが出した答え。呪詛は完全に消えてしまいました。暫くはルミエールも生きる事について悩む事は無いと思います。その間は、モールが出てくる事はありません。ですが、忘れていけないのは生と死は隣りあわせであるという事。光と影が隣りあわせであるように、モールもまたいつどの瞬間に現れるかも知れないのです。そうしたら、また考えるんですね。考えて考えて、その時出した結果を信じればいいのです。その繰り返し、それが生きているという事なのかも知れません。そんな、生を生きるという事を考えさせられました。ありがとうございました。


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