M.M 黄昏トロイメライ -Twilight with U-




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 9 - 84 2〜3 2023/9/5
作品ページ サークルページ DL版


パッケージ版



<夏の田舎の描写を非常に丁寧に表現した設定で描かれる、王道な展開に安心感を憶えます。>

 この「黄昏トロイメライ -Twilight with U-」という作品は、同人サークルである「OverFlowers」で制作されたビジュアルノベルです。OverFlowersさんの作品をプレイしたのは今作が初めてです。プレイした切っ掛けは、C102で同人ゲームの島サークルを巡った時に手に取った事です。C102はコロナ禍が明けて初めて実質入場制限が無くなったコミケとなります。その為か久しぶりに昔の賑わいを感じる事が出来ましたし、それは同時にサークル側も同様でした。様々なジャンルの作品が一堂に会するのは勿論ですが、印象として完成度の高い作品が揃っていると感じました。これまで蓄えてきたエネルギーを開放しているかの様に思えました。今回レビューしている「黄昏トロイメライ -Twilight with U-」もまた、そんなエネルギーに溢れているC102作品達の1つです。美少女ゲームの王道を行くあらすじと可愛らしい登場人物に、どこか懐かしさを感じながらプレイし始めました。

 主人公である逢崎昏斗(あいさきくれと)は大学生です。この夏、幼馴染の誘いで8年振りに故郷へと帰ってきました。昏斗の故郷は、都会から飛行機とバスを乗り継ぎ4時間半も掛かる場所にある田舎です。どこまでも続く田んぼ、セミの鳴き声、川の流れ、まさに日本人の心に焼き付いている夏のエネルギーに溢れておりました。そんな田舎で、幼馴染である紫藤夕哉(しどうゆうや)と河島茉莉(かわしままつり)の熱烈な歓迎を受けます。かつて過ごした時をなぞるかのように故郷を懐かしむ昏斗、そんな昏斗はどこかの誰かに呼ばれている様な気がしました。夕日が沈みかける黄昏時、導かれるようにやってきたのはかつてよく遊んだ河原。そこには、昏斗の事を知る少女黄間汐雫(おうましずく)がいました。昏斗の事を待っていたと言う汐雫、彼女との出会いが平凡な帰省のはずだった昏斗の人生を大きく変える事になるのです。

 数年ぶりに夏の田舎に帰ってきたらそこには白のワンピースを着た少女がいた、これ程私達ビジュアルノベルプレイヤーの心をくすぐる設定はありませんね。いわゆるボーイミーツガール物であり美少女ゲーム物としての王道中の王道を行くあらすじです。だからこそ、懐かしさと同時に安心感を覚えクリックする手が進んでいきます。この作品の特徴は、そんな王道中の王道な展開を非常に丁寧にに描写している点にあります。夏の田舎の雰囲気を彩るのに、背景やBGMといった要素に加えて夏を象徴する言葉やイベントが欠かせません。この作品ではそれら全ての要素を盛り込んでおります。以下一つずつ解説していきます。

 まずは背景について、主人公がバスから降りた場面でどこまでも続く道とその両側に広がる田んぼと遠くに山が見える様子が迎えてくれます。この一枚絵だけでここが田舎なんだなという事を否応なく印象付けてくれます。この背景描写、この1枚に留まらず何パターンも用意しております。そのどれもが細部に渡って描かれており、新しい背景が現れるたびにクリックする手を止めて眺めていました。また、タイトルにある通り黄昏時を始め様々な時間軸で色合いの違いを用意しております。これだけで非常に力を入れていることが伝わりました。続いて夏を彩る言葉やイベントですが、セミの鳴き声を始めとしたSEを豊富に使用しております。また夏祭りや花火といったイベントも用意しており、これもまたSEや背景を全て準備しております。幼馴染と楽しむ夏祭りや花火、これほどノスタルジィをかき立てるものはありませんね。

 そして個人的に一番夏らしさの演出に寄与しているのはBGMだと思っております。この作品のBGM制作にはフリー素材を含め様々な方が関わっておりますが、全員の意思が統一されていると思いました。ピアノやアコースティックギターを中心としたサウンドは耳に心地よく、いつまでも聴いていたい衝動に駆られます。夏祭りの場面では、シンコペーションを多用したサウンドで懐かしさを演出しております。特に良いと思ったのは、曲調に変ホ長調やニ長調を採用している事です。個人的な感覚ですが、曲調と色のグラデーションは似ていると思っております。青系統はシャープ系、赤系統はフラット系です。その観点から、黄昏時であるオレンジ色といった場面で変ホ長調の曲が流れるとマッチするなと思ってしまいます。同様に、青空の場面でニ長調を使用しているのもピッタリです。どこまでサークルさんの狙いなのかは分かりませんが、少なくとも自分にとって最高のBGMセンスだと思いました。お見事でした。是非BGMモードの搭載を強く希望しますね。

 プレイ時間は私で2時間35分でした。上で書いた通り細部に渡って夏の田舎を意識した設定を準備して、描かれるシナリオもまた心をくすぐる素敵なものでした。またこの作品は主要人物フルボイスとなっております。同人ビジュアルノベルにおいて、ここまでフルスペックで素材が揃っているのは本当に驚きです。ネタバレ無しで、シナリオについてはこれ以上語る事は出来ません。後はプレイヤー一人ひとりの目で、登場人物たちの心理描写や葛藤や隠された真実を確認してください。そして、この作品のテーマは作中で繰り返し登場します。それを、彼らの生き方を通して自分の事として考えてみて下さい。全ての人がきっと一度は思ったことがある願望、果たして主人公は叶える事が出来るのでしょうか。現在BOOTH・DLsiteでDL販売、BOOTHでパッケージ版の販売を行っております。まだ残暑が残る今だからこそ、是非プレイしてみて欲しいです。素敵な作品をありがとうございました。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<永遠なんて存在しない、それでも人は自分の意思で永遠を作る事は出来るんですね。>

 この世に変わらないものなんてない。それはどれだけ目を背けていても絶対に逃れる事が出来ない真実です。それでも、そんな絶対不変の真理に抗い自分の気持ちに正直に生きた昏斗を、私は尊敬しますし羨ましいと思いました。

 この作品の登場人物は、全員本当に人に優しいですね。昏斗の8年振りの帰郷に心から歓迎してくれる夕哉と茉莉、受け入れてくれる町の人々、そしてそんな昏斗をずっと傍で見届けている汐雫、全員が昏斗の事が好きであり昏斗の為に行動してくれました。それもひとえに、昏斗の偏見無く相手に触れ相手を理解しようとする行動がそうさせたのだろうと思っております。かつて人見知りで友達がいなかった茉莉は、昏斗のお陰で自分の殻を破り人と接する事が出来ました。かつて孤高であり友達を作る事を拒否した汐雫は、昏斗のお陰で人と触れ合うことの大切さを知る事が出来ました。そんな人生の恩人である昏斗の事を、好きにならないはずがありませんね。二人の昏斗に対する恋の始まりであり、これが最終的に昏斗が永遠を選ぶのか現実を選ぶのかを決める物語の始まりでもありました。

 この作品のテーマは永遠だと思っております。作中何度も昏斗が口にしておりますが、永遠に変わらないものなんてありません。それは、人の命であったり人の気持ちであったりとその人の人生を大きく揺れ動かず事実によって嫌が応にも認識させられました。昏斗は、突然の交通事故で両親を失いました。そして、自分が原因で大好きな友達であり恋心を抱いていた汐雫を失いました。この事が切っ掛けで昏斗は汐雫の記憶を失い、トラウマを抱える事になります。昏斗が茉莉の分かり易い好意に鈍感なのは、もしかしたら無意識のうちにそうした人の気持ちに寄りそう事を避けた結果なのかも知れません。どれだけ人を愛してもいつかその人はいなくなってしまう。それだったら、誰かを愛する事に意味があるんだろうかと思ってしまうのは仕方がないと思います。

 それでも、昏斗は再び汐雫と出会いました。そして再び汐雫に恋をしました。結局のところ、好きになった気持ちに蓋をする事は出来ないんですね。愛する者はいつか必ず失ってしまいます。それでも愛さずにはいられない、そんな人間らしい姿が印象的でした。既に死んでしまって幽霊になっている汐雫に会いに行く事を「異常だよ」と言った茉莉、これは汐雫に対する精一杯の強がりであり悪あがきの一言だと思います。傍から見たら確かに異常です。それでもそんな異常な道を選んだ昏斗を羨ましいと思ったのではないでしょうか。何故なら、それは永遠に愛してもらえるという事なのですから。愛の形の一つの答えとして、忘れないという方法を昏斗を汐雫は選びました。たとえ触れ合えなくても、たとえ会えなくても、お互いがお互いを忘れなければそれは永遠に愛する事になる。これはとても高尚ですし尊いことだと思います。もう現実世界で誰も好きにならないという事なんですからね。永遠なんて確かに無いかも知れません。ですけどそれは本人がエネルギーを注ぐことで永遠を保つことが出来るのです。それを教えてもらいました。

 それにしても、私はこの作品ほど既読スキップを有効活用したものはないなと思っております。一週目、絶対に現実世界へ戻る選択肢しか選べず二週目を行う事が確実な構成でした。同じテキストですので、私を始め多くの人が既読スキップを使ってどんどん先へ進むと思います。ですが、そう簡単に物語は進行しませんでした。二週目を行う事で、汐雫がいつも昏斗の傍で見守っていたことが分かります。そして時々汐雫の独り言が表示されます。この全体を俯瞰した汐雫の視点はそっくりそのままプレイヤーの視点と重なるのです。つまるところ、既読スキップしたテキストの総括を汐雫がしてくれているのです。これに気付いた時、二週目は既読スキップしてもしなくてもどちらでも重みが変わらないと思いました。普段はテキストを飛ばすだけの既読スキップ、それに汐雫の独り言という楔を定期的に打つことでシナリオの総括となるのです。サークルさんがどこまで意図してこの二週目を設定したか分かりませんが、ビジュアルノベルの特性を生かした素晴らしい構成だと思いました。

 黄昏時は昼と夜の境界、それは様々な物の境界が曖昧になる瞬間であり、夢や幻=トロイメライが現れる瞬間でもあります。そんな奇跡のような時間に起きた奇跡のような物語を堪能させて頂きました。最後生と死の垣根を越えて触れ合う事が出来た昏斗は、この瞬間から一生汐雫の呪いを背負って生きていく事になります。ですがそれが永遠になる方法であり、それはきっと汐雫も同様ですね。きっと二人のこれからの人生は茨の道です。何故なら昏斗が死ぬまで二人は会う事が出来ないのですから。ですけど、黄昏時のトロイメライによって再開する事が出来た二人であればきっと乗り越えられると信じております。永遠とは何か、愛とは何か、そんな事を真剣に考えさせられる物語でした。ありがとうございました。


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