M.M 月姫


<奈須きのこによるマジック>

 おそらく多くの説明は不要でしょう。今や日本のギャルゲーでもっとも人気のある作品といっても良い「Fate/stay night」、それを制作した「Type-moon」がまだ同人サークルだった時に発表したのがこの「月姫」です。同人界に多大なる影響を与え、その後のサウンドノベルの方向性の一つを決定するほどまでに世間で評価された今作ですが、なかなかプレイする切っ掛けが掴めずずっと積んでいる状態でした。そんな中ありがたい事に「キリ番リクエスト」として指定してくれたおかげでようやくプレイするに至りました。率直な感想としては、とにかく奈須きのこの独特の世界観を堪能することに尽きるという事です。

 場面状況や心理描写を表現する為に人は様々な手法で言葉を操ります。それはその場の状況を直接伝えるものもあれば比喩表現を用いて感覚的に伝えたりと、シナリオライターの数だけ表現方法がある訳です。そんな中でもこの「奈須きのこ」が表現する文章は数多くのシナリオライターの中でも逸脱しているものでした。それは決して良し悪しという観点ではありません、あくまで個性という観点においてです。

 月姫の世界観は実に特殊です。それは登場人物の設定や主人公の境遇、生と死という概念から思考の組み立て方に至るまで全て特殊です。こればっかりは例えようがありません。シナリオの特性上どのような物かは言えませんが、とりあえず新しい感覚を味わう事が出来ること間違いなしです。そして、そんな特殊な世界観であるからこそ既存の文章表現ではこの世界観の良さを引き出す事は出来ません。まあ世界観を考えたのも実際文章を書いているのも奈須きのこなので当たり前と言えば当たり前なのですが、世界観と言うものをここまで泥臭く表現する手法があるとは思いませんでした。

 でその表現手法ですが、簡単に言えば「繰り返しによる刷り込み」です。場面ごとの状況や登場人物の心理描写をとにかく繰り返します。しかも、その繰り返す言葉が直球なのです。例えば登場人物がけがをして痛いという状況を表現しようとすると…


「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ!」


と、このように表現するのです。何という直球、何という繰り返し。そして面白い事にこれで十分場面の状況が伝わるんです。ある種の魔法のような感覚ですね、こんな表現手法なのに飽きないんです。どんどん月姫の世界観に引き込まれます。

 そして気づいたら難解であるはずの月姫の設定にも慣れてしまい、余裕をもって物語を読み進める事が出来ます。そしてこの月姫は世界観もそうですが「謎解き」としての要素も持ち合わせています。とにかく伏線を散りばめます。初めてプレイする際はおそらく回収できないでしょう。それどころか、まずはこの世界観と表現手法に慣れるだけで精いっぱいです。それでも、ちゃんと物語の後半で全ての伏線を上手く回収して明確に答えを提示してくれます。全員攻略し終えたときには、おそらく殆ど胸につっかえるものはなくなっているはずです。

 まさにこれは「奈須きのこによるマジック」と称するしかないと思います。難解なはずの世界観、表現手法、登場人物の心理描写、それでもいつの間にかプレイヤーは慣れてしまい、最後は全ての謎を回収してエンディング、見事でした。月姫をプレイする前は「信者が過剰に騒いでいるだけだろう」と思っていたのですが、なるほど、これはプレイしたかいがありましたね。プレイしていない方、一度は触れてみる価値のある文章です。人を選ぶことも間違いないですが辛抱強く読んでいけばそれなりの見返りは必ず得られます。そんな作品でした。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<テーマ性の無い宙に浮いたシナリオ>

 という訳で確かに奈須きのこの描く世界観は見事でした。この作品に漂う雰囲気は他では決して味わえない貴重なものである事は間違いなさそうです。ですが、残念な事にこの作品には私がサウンドノベルをやる上で最も重要視しているものが欠けていました。それは「テーマ性」です。

 常に生と死と隣り合わせで生きている登場人物、そんな彼らの生きる様にテーマ性を見出そうとしましたが難しかったですね。その理由は幾つかあるのですが、最も大きな理由は「彼らの心理が常人離れしすぎている」ということですね。プレイヤーは普通の社会で生きているのですからそれなりに常識にとらわれた価値観を持っています。ですがこの月姫の登場人物、そういう意味での価値観を全くもっていません。理由があるとはいえ突然殺人衝動にかられる主人公、吸血鬼、妹、死ねない先輩、人形になろうとしたメイド、とりあえず普通の価値観を持っていません。そしてそれが故に彼らの行動に全く「共鳴する」ことが出来なかったのです。

 分かりやすく言いますと、「結局こいつらは何考えているか分からん。そんな奴らが生と死とか語ってもちゃんちゃら滑稽なだけだわな。」ということです。独特の世界観は確かに見事でしたが、その中に一般人と共鳴させるようなテーマ性をを入れようしたのが唯一にして最大の失敗ですね。正直、奈須きのこはそんなテーマ性なんか無視して一貫して「雰囲気ゲー」として作っていたほうが良かったと思います。これだけ見事な世界観を作っておきながらテーマ性を求めようとして失敗した、これを例えるならどんなに強力な光線でも焦点が合わずにエネルギーが一点に定まらなかった、という事です。

 そして、残念ながらテーマ性を感じる事が出来なかった作品に高得点をつける事は許されません。とりあえず80点は付けましたが、それはこの世界観に対する称賛の意味が強くこれが特に光ってなければおそらく80点は割っていたでしょう。確かに一度は触れていい作品です。はまる人には十分はまるでしょう。ただ、私の求めているのはこういう作品じゃなかったということです。

 今後ですが、おそらくよっぽどの事でも無い限り奈須きのこの作品はやらないと思います。「Fate/stay night」も確かに人気作品ですが、親しき人に感想を聞くと「とにかく世界観がいい」「キャラクターがカッコいい」「燃える」など雰囲気についての称賛しか聞かないですからね。それでは月姫の二の舞です。あとは好きな人同士で楽しんで下さい。一応断わっておきますが、とりあえず良い意味で貴重な体験をしました。そして魅力的な作品である事は否定しませんのであしからず。


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