M.M 対ノ日 -in the latter half of the 90’s-




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 7 - 84 1〜2 2018/10/14
作品ページ(なし) サークルページ(R-18注意)



<主人公とヒロインが作り出す濃密な時間、それをただ感じるだけの至高の作品でした。>

 この「対ノ日 -in the latter half of the 90’s-」という作品は同人サークルである「inspire」で制作されたビジュアルノベルです。inspireさんの作品をプレイしたのは今作が初めてでした。切っ掛けは、恐らくC94の戦利品なのだと思います。ここで何故「恐らく」と言っているのかと言いますと、サークルのinspireさんはどうやらC94には参加していないみたいなのです。ですが、私のC94の戦利品バッグの中にこの作品が入っていたのです。委託だったのでしょうか?誰かに譲ってもらった?今となっては闇の中です。(→その後、知り合いのビジュアルノベルプレイヤーの方にオススメされた事が分かりました。)何れにしても、パッケージのどこか大人びていながら少女性を感じるヒロインの姿、そして全体から感じる儚い雰囲気が気になり、今回のレビューに至っております。

 主人公である秋山篤は東京に上京してきた大学生です。コミュニケーションはそれ程得意ではなく、それが故に女の子と会話する事に非常に抵抗を感じております。平たく言えば奥手という事です。彼女が出来るなんて自分には全く縁のない事、そんな風にどこか周りから気後れしている感覚を覚えておりました。そんな篤が住んでいるのはお風呂も洗濯機もない昔ながらのボロアパートです。大家さんと父親の縁があって暮らしております。その隣の部屋に、本作のヒロインである有野美雪が暮らしておりました。年齢不詳ですが、自分よりは間違いなく年上。それでも年齢は近そうで、どこか姉の様な感覚を覚えておりました。そんな大人のようで家族の様な、それでも大きな胸と時より見せる無防備な様子に劣情を覚えずにはいられません。夏の蒸し暑い空気のように、濃密な2人の時間は自然と訪れるのでした。

 正直言って、ネタバレ無しではこれ以上書く事はありません。というよりも、うかつに情報を外に出す事が憚れるのです。この作品は主人公秋山篤とヒロイン有野美雪の濃密と言える時間の共有を描いた作品です。つまり、どう濃密なのかを今ここで文字にして書く事が無粋なのです。この作品は18禁ですので、勿論Hシーンはあります。それはパッケージからも連想できます。ですが、濃密なのはそういったHシーンがあるからではありません。それすらも1つの要素でしかないのです。秋山篤も有野美雪も、どちらも自分に何かしら足りないものを持っております。そんな2人が出会い触れ合う事で何が生まれるのか、是非皆さん自身の目で確かめてみて下さい。

 そして、そんな2人の濃密な時間を阻害しないように背景やBGMは最低限のものしか用意されておりません。背景はCGの枚数こそ多いですが全体像を映しているものは殆どなく、例えば全身の顔だけ敢えて隠す、その逆に顔を出して下半身を隠す、そんなフェチ的なものが多い印象でした。BGMは全部で6曲です。そのどれもが細やかなサウンドで、決して前面に出る事はありません。その代わり、ここぞという場面で狙ったように鳴りますのでシナリオとのバランスが考えられていると思いました。後は、効果音は地味にリアルです。これも上手いと思いました。よくよく考えれば、現実世界でも自分が見ようとしているものしか見えません、BGMなんて流れてません、でも効果音は当たり前のように聞こえます。そんなリアルさを追求した雰囲気作りが見事です。

 プレイ時間は私で1時間30分程度でした。選択肢はありません。ただ、2人が作り出す濃密な空気を味わうだけです。正直、時間の感覚は殆ど感じませんでした。気が付いたら終わっていて、それが1時間30分だったという事です。もしこれが2時間3時間と続いていたとしても、もしかしたら気が付かなかったかも知れませんね。それ程までに完成された雰囲気と世界観でした。ヒロイン有野美雪が作り出す妖絶であり幼い雰囲気、主人公秋山篤が持っている男子学生あるあるな思考、それが痛い程再現された作品です。人によってはかなりドツボにハマるかも知れません。この作品が好きな人であれば、少なくとも自分は絶対に気が合うなと思いました。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<それは一時の夢の様な時間だったのかも知れません。それでも、2人の人生にとって確かな一歩でありますように。>


 あのひとと対の関係でいたれたような、自分をみつけた。


 正直、最後までプレイして暫く放心状態でした。えっ?ああいう終わり方なの?って驚きました。そして素直に凄いなと思いました。あの何も解決していない感、この先の未来なんて何も保証していないという事実、この無常観がこの作品を1つ上のステージへと押し上げたと思えてなりません。それ程までに至高の雰囲気でした。

 まずもって、有野美雪というヒロイン像が素敵でした。短大を卒業しフリーターとして定まらない生活をしている20代前半の女性です。合コンで知り合った実業家の彼に全てを依存し、人生の全てを投げているという事実から目を背けている中途半端感、その儚さが大変お気に入りでした。その上で、隣の部屋にいる4歳年下の大学生には年上感を見せたくて大人ぶって振る舞う、その姉的な姿も印象的でした。この作品は前半と後半で有野美雪というヒロイン像が一気に変わると思います。始めはミステリアスな年上の女性、時々見せる隙が劣情を駆り立てる存在だと思ってました。ですが少しずつ内面が見えてきて、決してミステリアスなんかではない事が分かってきます。大人なんかではない、まだまだ自立できていない子供です。それでも、秋山篤から見れば十分大人な存在でした。

 秋山篤はそれこそまだまだ子供な存在です。普通の大学生ですし、見たところ就活するような学年でもないようです。ですがそれ以上に子供だと思ったのは、周りの人間に自分のアイデンティティが乱されている点でした。友人である佐川はノリが軽く、女の子と会話する事にハードルがありません。篤にとってそんな佐川の姿は素直に羨ましいと思えるものであり、自分もそうなれたらと思ってました。実際、篤が女の子と会話するのに奥手な理由は書かれておりません。性分なのか、断られるのが怖いのか、そこは創造の範囲です。ですが、問題はそこではありません。問題は、篤が自分がしたいように行動出来ていない事、周りの目線を過剰に気にしてしまう事だと思います。

 篤は美雪に惚れてました。それは実際は肉欲からくるものでした。まあ、切っ掛けなんてそんなものだと思います。ですがそれを抜きにしても、美雪という存在は魅力的でした。奥手な自分に対しても気さくに話しかけてくれますし、簡単にパーソナルスペースに入れてくれますし、ある意味篤にとって初めてお近づきになれた女性なのではないでしょうか。そんな彼女を自分の物にしたい、それは当然な気持ちだと思います。そして、美雪にとっても篤は特別な存在でした。幼い時に失った弟という存在、その生き写しの様に表れた年下の大学生です。優しくしたいという気持ちが生まれるのは自然だと思いました。そして、そんな弟のような存在である篤が体を求めてくれば、それを完全に拒否する事は出来ませんね。拒否したら、それこそ弟としての篤も離れて行ってしまいますもの。この2人は、見事なまでに対の関係だと思いました。お互いがお互いの欲するものを共有し合う、これが共依存何だなと思いました。

 ですがそれも永遠には続きません。美雪は今の彼氏との関係を清算しました。つまり、東京に残る理由が無くなってしまったのです。そしてこのタイミングで父親の骨折と急遽の帰省、当然家族から今後の振る舞いについて選択を迫られます。果たして美雪はどのような決断を下すのでしょうか。まだまだ大学生であり子供の篤の為に東京に残るのでしょうか。それともあれは一時の夢の様な関係と割り切り、地元に帰るのでしょうか。美雪にその決断が出来るかは、正直半分半分だと思っております。両親に押し切られてそれで終わりかも知れませんし、篤にお願いされてそれで終わりかも知れません。何れにしても、2人の共依存な関係がいよいよ終わるんだなと。そんな場面でこの作品は終わりました。何という終わり方だと思いましたね。この無常観というか宙ぶらな感覚は中々味わえませんね!

 それでも、篤はたしかな実感を感じてました。少なくとも、美雪という女性と対の関係でいられたという実感を感じておりました。これだけでも、篤にとって確かな一歩だと思いました。女の子に対して奥手で周りの目線ばかり気にしていた篤です。そんな彼にとって、美雪という存在は確実にアイデンティティの確立に繋がる存在でした。例えこの先篤と美雪が離れ離れになっても、それは決して無駄にはならないと思います。篤にとっての本当の幸せのために、自分の人生にとって本当に欲するものの為に、彼の人生はここから始まっていくのです。そんな、ひと夏の夢の様な時間を見させて頂きました。最初から最後まで徹底された雰囲気に驚かされました。正直、自分もあんな危ういお姉さんに包まれたいと思いました。ありがとうございました。


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