M.M 届けそらの彼方まで




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 8 8 86 4〜5 2020/2/26
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<全ての要素に拘り丁寧に作られた雰囲気の中で、登場人物のキャラクターと人生感に訴えるテーマを感じて下さい。>

 この「届けそらの彼方まで」という作品は、同人ゲームサークルである「EIME」で制作されたビジュアルノベルです。EIMEさんの作品は、過去に「ふたしかなところ」をプレイさせて頂きました。人物の描き方がとても丁寧で、少し不思議な世界観の中で生きる登場人物達の様子がリアルに想像できるテキストが印象に残っております。そして人生感をテーマにしたシナリオもまた印象的で、派手さはありませんがじんわりと心に染みる作品だったなと覚えております。そんなEIMEさんの新作が約3年振りにプレイ出来るという事になりました。C97で同人ゲームの島サークルを回っている時に目にする事が出来てとても嬉しかったです。またなにか心に残るテキストがきっと読める、そんな期待と共にプレイし始めました。

 主人公である化野渡(あだしのわたる)は、卒業を間近に控えた高校3年生です。渡は人と話すのが苦手で、コミュニケーションを取る事を避けた生活を送っておりました。センター試験も受けず、卒業後の進路も決まっておりません。このまま自堕落な高校生活になるのかなと思っておりました。センター試験近くの公園で横になっていた渡、そんな渡にさす影がありました。それはヒロインである樽水ユーカ(たるみゆーか)のものでした。無気力な渡に声を掛けるユーカ、その姿にどこか面影を感じながらも彼女の手を取ります。この時から、渡とユーカの青春を取り戻る物語がスタートするのです。

 全体を通して思ったのは、シナリオだけではなく全ての要素が丁寧に作られているという事でした。テキスト表示は登場人物の感情によって大小サイズが変わり、それだけで場のテンションが伝わりました。またBGMはオリジナルであり、ピアノを中心としたサウンドが場面の雰囲気を演出しておりました。個人的に好きな曲もあり、途中ずっと垂れ流ししながら聴いている時もありました。背景もまたオリジナルに思えました。写真を加工した背景はリアル感があり、確かに登場人物がこの世界で生きているんだなという事を感じました。単純にテキストを読んでいて違和感を感じない、ストレスを感じない作り込みが丁寧で、ある意味ビジュアルノベルにおいて最も大切な要素を持っていると思いました。

 最大の魅力はやはり登場人物のキャラクターだと思いました。主人公の渡は、陰キャながらも卒業までの短い時間で青春を取り戻そうと奮闘します。ですがその行動は突拍子もなく、明らかに周りのクラスメイトと温度差があります。それでも突き進む姿に主人公感を感じました。またそれ以外の登場人物もそれぞれ個性豊かであり、最終的に全員に愛着を持つ事が出来ました。特にそれを強調してくれたのは立ち絵の差分ですね。立ち絵の大きさを変える事で遠近感を演出し、さらに振り返ったり正面を向いたり、変顔があったりと非常に差分が多かったです。主人公のアホなテンションに対する印象を端的に表現しており、そのマッチングが楽しかったです。

 プレイ時間ですが私で4時間15分程度でした。選択肢が幾つかあり、それによってエンディングが分かれていきます。この作品は、全てのエンディングを確認し最後までプレイする事でテーマを理解する事が出来ます。やや長いプレイ時間ですが、テキストが読み易いので実際のプレイ時間ほど長さを感じませんでした。また途中で章が分かれておりますので、そのタイミングで休憩を取るのも良いかも知れません。激しい作品ではありませんし、学園ものですのでどうしても単調になってしまうのは否めません。それでも主人公や他の登場人物のテンションやキャラクターが魅力的ですので、是非細かなテキストまで注目して読んでみて下さい。そして、作品で語られているテーマについて是非考えてみて下さい。じんわりと心に染みる何かがあると思います。とてもオススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<全ての人に感謝を、そしてその気持ちが穹の彼方まで届きますように!>


「ちゃんと届いたかな?」


 最後エンディングの後に提示された問い掛け、私はきっとこれはプレイヤーに向けたメッセージなんだろうなと思いました。陰キャでありやりたい事も出来なかった渡が精一杯青春を楽しもうとする姿、それを私たちプレイヤーは神の視点で何周も見る事が出来てしまいます。ですけどそんな学校生活を渡もユーカも永遠に繰り返すつもりはありませんでした。だからこそ彼らは最後クラスを巻き込み舞台を完成させたんですね。その姿、確かに見させて頂きました。

 どこか箱庭のような世界だよなとは思ってました。章が進んでいくにつれてヒビが増えていくオープニングムービー、思い出せない記憶とどこか他の登場人物とは雰囲気が違うユーカの存在、何か隠されているなとは思ってました。ですが、まさか当たり前だと思ってた学校そのものがフェイクだったとは思いませんでした。ノリの良い先生や食堂のおばちゃん、そして登場人物の苗字ですらその材料だったとは思いませんでした。そして、そんなネタ晴らしの流れの中で私たちプレイヤーに迫ってくる渡。正直ビビりましたね。その後「違う」と選択させるのも上手い演出だと思いました。ボーっとしてるんじゃないよと、頭を殴られた気持ちになりました。この勢いこそ、流石の渡だと思いました。

 ですが、渡の一番の魅力はそんなところでは留まりませんでした。気が遠くなる程の一ヶ月半を繰り返しながらも、最高の青春を送ろうと諦めない心にあると思いました。お金を渡してでも友達になろうとする様子、セクハラ発言をしてまで気を引こうとする様子、冷静に見れば哀れと思われても仕方がないかも知れません。それでも諦めない、何とかして青春を送ろうとする姿が素敵でした。そしてその経験は積み重なり、最後の最後で最高の青春を送る事が出来ました。ですが、その青春の記憶は誰とも共有する事が無い事も告げられたのです。この一ヶ月半のループはある意味楽園。自分が望めば望むだけの青春を味わう事が出来るのです。ですが、それが終われば今まで積み重ねてきたものが無くなってしまうのです。自分が何周も繰り返して築き上げてきたものが消えてしまう、これ程恐ろしいことがあるでしょうか。

 それでも、渡は前に進む事を選びました。そしてそれはユーカとの約束でもありました。渡の願いは青春を取り戻すこと、そしてユーカの願いは自分も渡も前に進める様になる事だと思っております。その為の準備期間として用意されたのがこの一ヶ月半でした。つまり、目的を達成してしまえばもう夢から醒めなければいけないのです。その真実を知った時、少なからず渡は動揺しました。こんな世界、最初から意味なんて無かったと思いました。ですけどそんな事はありませんでした。一ヶ月半のループを乗り越え、その時の出来事を全て失ってもちゃんと渡は前に進んでおりました。それが、あの卒業式の答辞に込められておりました。

 最後までプレイして、私はこの作品のテーマは「感謝」だと思いました。青春は一人では出来ません。一人でも二人でも、必ず他者とのかかわりが無いと実現出来ないのです。だからこそ、渡は自分の青春に付き合ってくれたクラスメイトに感謝しました。そして自分を導いてくれたユーカに感謝しました。いつも自分に付き合ってくれた猫のシグにも感謝しました。プレイヤーの私たちにすら感謝したのです。その気持ちが、あの卒業式の答辞とその表情に強く込められておりました。恐らく、渡はもうユーカとは会えないのだろうと思います。それでも、渡はユーカの事は絶対に忘れないと思います。ユーカもまた渡の事を好きでい続けるのでしょうか。そればっかりは分かりません。それでも、確かにユーカの想いは渡に届きました。全ての人に向けた感謝の思い、それは穹の彼方まで確かに届いたと思います。少なくとも自分は感じました。このジンワリした気持ちを教えて頂き、ありがとうございました。


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