M.M たそがれの街


<テンポの良い会話を味わいながら、主人公がどこを目指して生きているのか見届けて欲しいですね。>

 この「たそがれの街」は同人サークルである「tenclaps」で制作されたビジュアルノベルです。tenclapsさんの初めて出会ったのはC88で同人ゲームサークルを回っている時でして、その時に入手したのが今回レビューしている「たそがれの街」です。たそがれという穏やかな印象のタイトルと淡いジャケットの雰囲気でありながら、あらすじを読みますとどこかディストピアな印象を感じる内容となっており非常に興味をそそられました。実際にプレイし終わってみて感じたのは、抜群にセンスの良いテキストと丁寧に描いた人物描写の素晴らしさでした。

 普通の人間に対して忌まわしき欠陥を持っている存在である<乙種>が存在する現代の日本。<乙種>は人間に劣る存在であり、ありとあらゆる権利が失われております。その為<乙種>はまるで奴隷のように扱われ、決して人間と仲良くなる事が出来ません。主人公であるイハルもまたそんな<乙種>として生まれ、決して幸せとは言えない生活を送っておりました。ですがそんなイハルにも見方をしてくれる人は確かに存在して、苦しくても常に明るく振舞おうという非常に前向きな精神を感じます。物語はそんなイハルの幼馴染である志々塚夏樹がイハルの監視員として務めるところから始まります。人間の尊厳や生きる目的など、人生観に訴える物語が幕を開けるのです。

 現代の社会においても残念ながら理不尽な差別は存在します。それは肌の色であったり、体に障害があったり、先天的な病気を持っていたりと様々です。また見た目は何も変わらなくても住んでいる地域が違っていたり、特定の家系に生まれていたり、性差があったりしても差別は存在します。ですがこれらは本来差別される理由にはなりません。偏見や先入観が先行しているだけであり、正当な理由はないのです。だからこそ現代ではこういった違いがあっても法の下に平等であり、誰もが本来差別を受ける事なく社会の中で生きていけるのです。では、それが法の下に差別されるようになったらどうでしょうか?ましてや、人間よりも下等の存在として定義されてしまったらどうなるでしょうか?この瞬間、下等の存在は下等の存在として明確に区別されてしまうんですね。たとえ疑問に思っても声を出せないのです。そしてそれが当たり前になっていき、疑問にすら思わなくなるのです。それが怖いところ。強制的に思考を停止させられ、行動することすら忘れてしまいます。

 ではそうなった時に下等の存在として区別された人たちはもう生きる意味は無いのでしょうか。決してそんな事はありませんでした。たとえ社会から区別されても、自分が生きる目的くらいは自分で見つけることが出来ます。というよりも自分で見つかるしかないのです。これは別に普通の人間でも下等の存在でも同様だと思っております。現代のグローバル化社会は過去の歴史と比べても非常に自由であり、あらゆる生き方を選択できます。ですがそれは逆に全ての行動の責任を自分で取らなければいけないという事です。かつて家柄や土地柄に従って思考を停止しても生きる事が出来ました。これってある意味楽なんですよね。今の境遇を受け入れさえすれば自分で決めなくても生きる事が出来るのです。ですが現代はそれが許されません。自分の幸せは、自分で決めるしかないのです。この「たそがれの街」には<乙種>もいれば普通の人間もいます。そしてそれぞれがそれぞれの立場で悩み苦しみ、人生の選択を決めていきます。何が正しいのか?正しさは存在するのか?幸せとは何か?是非彼らと一緒に生き方という物を考えてみては如何でしょうか。

 その他特筆するべき点としてはテンポの良いテキストが挙げられます。一般的なビジュアルノベルと比較し、この作品は会話の分量が多くなっております。説明するような地の文が少ないため、クリックする手を止めることなくリズムよく読み進められる事と思います。そしてその会話文も登場人物のキャラクターを出しておきながら非常に自然であり、丁寧に人物を描写しようという気持ちを感じます。何よりも主人公に非常に好感が持てるのです。<乙種>でありながら笑顔を忘れず、たとえ無視されると分かっていてもクラスメイトに話しかけていきます。結果苦しい展開も確かに存在しますが、多くのプレイヤーは元気を貰う事と思います。テンポの良い会話を味わいながら、主人公がどこを目指して生きているのか見届けて欲しいですね。

 プレイ時間は私で5時間程度掛かりました。この作品は幾つかのchapterで構成されており、それぞれ1時間程度で読み終える事が出来ます。上でも書きましたとおり非常にテンポがいいですので、気が付けばchapterが終わってしまっているという印象を持つと思います。そして<乙種>とはそもそも何か、登場人物が抱えている悩みは何かなどに徐々に迫っていき、chapterを終えていく中で解決する疑問と新たな疑問に思考を回転させる事になると思います。そうした物語の謎や伏線にも注目するのも楽しみかと思います。全体として非常にまとまっており1日かけて読み切るには調度良い作品となっておりますので、是非多くの方に手に取って頂きたいですね。かなりオススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<本当、イハルが羨ましい。その強さは多くの人のエールになる。>

 最後までプレイして、終始主人公であるイハルの強さに惹かれた作品でした。この作品には人生において非常に教訓となる言葉が数多く書かれておりました。全てがイハルを始め登場人物たちへのエールであり、同時に私たちプレイヤーへのエールでありました。自分の心持ち1つで世界はこんなにも見方が変わる、そんな大切な事を得ることが出来ました。

 この世界には<識>というものが満ち溢れており、人間はこれを感じることで自ずと相手が思っている事を察する事が出来ます。非常に便利ですよね。わざわざ自分で言葉にしなくても相手の事を知る事ができれば、それ程楽な事はありませんからね。ですがそれはどこか暗黙の了解と言いますが、本音をさらけ出さなくても生きていけるという事であり本当の意味で相手の本心を伺い知ることが出来ません。だからこそchapter1で飯島さんはクラスメイトを信じることを過信してイハルをいじめ、結果としてクラスから阻害されてしまいました。これは<識>を持っているが故にコミュニケーションを疎かにした結果です。人間は、やはり最終的には言葉でぶつからないと分かり合えないのだと思います。

 chapter2の中で語られてましたが、イハルとアメは「誠実に生きる、正直に生きる、明るく生きる」をモットーにしておりました。これは何も<乙種>に限らず人間生きていく上で絶対に欠かすことの出来ない事です。世界中の人がこの通りに生きる事が出来たら、争いなんて起こり得るでしょうか!だからこそ、イハルがアメに隠し事をしていた事が許せなかったんですね。唯一信頼していたイハルからの裏切り、アメは生きる意味を失ってしまいました。だからこそ、凛の容赦のない正直な言葉がアメを救ったのだと思います。「何を書けばいいかわからないという事を書け!」というイハルの言葉通りですね。綺麗な言葉なんて要らなかったんです。欲しかったのは正直な言葉。それこそが人と人が心を開く上で大切なことなのだと思います。

 コミュニケーションの大切さはchapter3で一番描かれておりました。会話する事をサボっていた鈴原親子。その為お互いの疑念は膨れ上がり、最終的に家族が崩壊する危機になりかけました。ここでもイハルは「コミュニケーションがとれるのなら絶対に諦めるな!」と紗耶香を叱咤激励します。無駄に思えても諦めてはいけないんですね。一度はイハルを逆恨みした紗耶香でしたが、最終的に父親と和解する事ができ本当の意味で家族になる事が出来ました。そして本音でぶつかる事でやっと気づけるんですね、「辛くってあたりまえ、悲しいことなんて本当はずっと少ない」という事に。逮捕されこれまでと同じ裕福な生活には戻れませんが、今後彼らにはお金では買えない家族らしい生活が待っている事と思います。

 それにしても、イハルの目に見える人だけは幸せにしたいという気持ちの強さには本当に驚きました。何故驚いたかって、chapter4であれ程坂本達に羽交い締めにされたのにそれでも彼ら全員を救い出したんです。傍から見たら馬鹿かと思うでしょうね。どうして自分を虐める連中を助けようと思うのでしょう?それはイハルが本当の孤独を知っていたからだと思います。作中でも「相手の気持ちがわからないから孤独に感じる。だからせめて周りの人だけは幸せにしたい。」と語っておりました。これは<識>を感じる事が出来ない<乙種>だからこそたどり着く事が出来た信念。人間って、案外不便な環境に身を置いてもその環境の中で何とかしようとするんですよね。<乙種>が<識>を感じる事が出来ないのなら、言葉と行動で示すしかない。それがどんなにみっともなくても構わない。その行動の結果、坂本も不本意ながらイハルの事を認める結果に繋がったのだと思います。

 そして最後のchapter5、そんな人間の心の弱さが露呈した瞬間となりました。父親による自分勝手な復讐心は街中の多くの人間を巻き込み暴走しました。これも父親が息子であるイハルとのコミュニケーションを怠っていたからですね。もっと親子が本音で語り合っていれば、こんな回りくどい事をしなくても良かったのにと思います。それでも結果最悪の事態は防ぐ事は出来ました。散々回り道をしましたけどこれにてようやく復讐劇は終了。イハルも父親も、そして母親も普通の家族に戻れると思います。それにしても、最後の最後まで福庵の店長はカッコ良かったですね。私思ったのですけど、イハルと店長は多くの言葉を交わしてなくてもちゃんと信頼関係を築いておりました。それは常に2人は本音だったからです。別に<識>がなくてもちゃんと分かり合えるんですね。最後店長が来るまで式条家にやってきたのがその証です。イハルが地道に行ってきたコミュニケーションは確実に実を結んでおりました。これからも<乙種>に対する偏見や差別は続くと思いますが、前向きな気持ちを失わなければ決して不幸になる事はないと思います。

 という訳で最後の最後まで人と人との繋がりを大切にしたシナリオでした。序盤はストレートで辛辣ないじめの描写が有り思わず目を背けたくもなりましたが、それすらも最後に和解するエッセンスでした。途中の愛情のない親子の会話やかつての<友人>からの仕打ち、そして幼馴染や母親との認識のズレもあり本当にイハルは報われるのか不安でした。まあ、実際は私のようなプレイヤーが心配する必要もありませんでしたね。最後までイハルは強かったです。作中の言葉を借りれば「強いんだな、うらやましいと思う」ですね。本当、イハルが羨ましい。<乙種>という境遇に負けず走り続けるイハルが羨ましい。たとえ自分がイハルのようになれなくても、少しでも彼の姿を見習って前に進んでいこうと思いました。ありがとうございました。


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