M.M 高梨結愛ともう一度




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 8 7 88 2〜3 2019/1/10
作品ページ(なし) サークルページ(なし)



<こんな至高の雰囲気の作品に出会えるなんて、まだまだ同人ビジュアルノベルは奥が深いなと、感謝の気持ちしかありません。>

 この「高梨結愛ともう一度」は同人ゲームサークルである「のいじーまいのりてぃ」で制作されたビジュアルノベルです。のいじーまいのりてぃさんの作品をプレイしたのは今作が初めてでした。切っ掛けはC95で同人ゲームの島サークルを周っていた時です。ヒロインの名前をストレートに使用したタイトル、そしてそのヒロインが心臓病を患っているというジャケットに書かれていたあらすじ、この時点で琴線に触れるものがありました。決して明るいシナリオではないという予感がしつつも、是非時間を掛けて読みたいと思い手に取らせて頂きました。

 いきなりですが、私はこの作品に出会えて本当に良かったと思っております。もうね、久しぶりに全てが愛おしいと思える作品でした。ここまで自分の琴線に触れてくるとは思いませんでした。ああ、やっぱり同人ビジュアルノベルは奥が深いなと、まだまだ知らない作品が沢山あるんだなと思いました。調べてみたら、この作品が初めて世に出たのはC94との事です。こんな美しくて素敵な作品、どうしてC94で気付かなかったんですかね。ですけど、C95で見つけられて本当に良かったです。そして、プレイして本当に良かったです。とにかく、ありがとうございました。こんな美しくて素敵な物語を読ませてくれて、本当にありがとうございました。幸せでした。大好きです。

 ・・・という訳で言いたい事は言い尽くしましたので、ここからはいつも通り作品の特徴などを描いていこうと思います。この作品は死生観をテーマとしております。あらすじからも分かります通り、ヒロインは心臓病を患っております。そして、その病床は深刻であり短い余命を死に向かって過ごす人生を送っております。それでも、そんなヒロインを兄は助けたいと足掻きます。まだ幼い兄妹です。お互い素直になれたりなれなかったりで中々相手の気持ちに気付けない、そんなもどかしさが沢山の後悔を生んでしまいます。それでも、散々足掻いて考えて出した結論を、是非見届けて下さい。決して明るく楽しい作品ではありません。人にとっては、涙で画面が見えなくなると思います。それでも、私達は必死に生きた2人の軌跡を見届けなければいけません。それが、せめてもの彼らに対する責務かなと思っております。

 また、この作品は演出にも非常拘りを持っております。拘りと言いましても、決してヌルヌル動くCGや衝撃的な場面を作っている訳ではありません。むしろ素朴と言って良いかも知れません。あくまで、穏やかな作風に沿り雰囲気を大切にしている演出であるという事です。例えば、途中セリフなど一切なく背景と立ち絵をスクリーンショットの様に映す演出があります。これだけで、場面の人物が何を話しているのか聞こえるんですよね。ビジュアルノベルは文章・音・絵を組み合わせた表現媒体です。必ず文章が必要という事はありません。それを、確かに教えてくれました。他にも、テキストの表示速度を制限する事でテキスト以上に人物の心理状態や体の状態を伝える演出もありました。苦しいからといって「苦しい」と文章にしなければいけないという事はありません。本当に、テキストと演出の効果を十二分に活かした表現でした。

 BGMや背景はフリー素材を多く使用しております。ですが、作中の雰囲気にフィットしているのは言うまでもありません。上記の演出効果も併せて、本当に兄と妹の世界観をどうやって表現したらよいかを最大限に考えて作られていると思いました。BGMや背景が「自分達が主役だ」と主張しないんです。どこまでも脇役、メインは兄と妹の世界観、その徹底さを感じました。派手な演出だから印象に残る訳ではない。綺麗なCGだから印象に残る訳ではない。どんな素材でも、どんな演出でも、使い方一つなんだなと思いました。それが、ここまで至高の雰囲気を作り上げるんだなと驚きました。

 プレイ時間は私で2時間10分くらいでした。気が付けば、最初から最後までぶっ通しでプレイしてました。流れる涙も気にも留めず、最後までクリックしてました。それだけ、この作品が作り出す雰囲気に飲まれたんだなと、改めて感慨に耽っております。あらすじを読んで、苦手かなと思った人は正直回避した方が良いと思います。あらすじ通りの、ストレートで素直なシナリオが待っているからです。それでも、読むと決めたら最後まで読まなければいけない、そういう気持ちになるのも直ぐに理解できると思います。兄を大切に思う妹、妹を大切に思う兄、それぞれが持つ夢と相手に求める夢、その不器用ながらも温かい混じり合いの物語を、どうか噛み締めてプレイしてみて下さい。素敵な作品を、ありがとうございました。


→Game Review
→Main


以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<もっと、自分が自分らしく生きる事が出来る社会だった良いなと、そんな事を思いました。>

 正直に言えば、中盤はどれだけ自分勝手な兄貴なんだと思いましたよ。外に出る事を禁じられていた結愛を背負って無理やり外に連れて行く、そんな事をしたら絶対に病気が悪化するに決まってるじゃないですか!でも、そんな事は本人たちが百も承知なんですよ。何よりも、結愛本人が望んだんですよ。この作品は、常識や倫理というものの意味と個人の幸せの意味を問いかける、現代に生きる人全てに訴える作品だと思いました。

 この作品を語る上て「安楽死ドナー」に触れない事は出来ません。私は、ある意味この作品は現代の日本の医療制度に対する声なき訴えにも思えました。現代の日本では、人は自分の意志で死ぬ事は許されません。いや、世界中でもそれは許されないのかも知れません。何故なら、死を選ぶのは生に対する冒涜であり神に対する反抗だからです。では、皆さんはこの理由に心から納得してますか?一生懸命生きようとしている人がいるのに死のうとするなんて許されない、正直言って「そんなこと知るか!」って思いませんか?それでも、自ら死を選ぶことを許さないのが常識であり倫理なのです。

 「安楽死ドナー」については、作中でも書いてあった通り日本では採用されておりません。日本で採用されているのは、あくまで脳死や植物状態の人からの移植です。心臓を誰かに提供する為に自ら進んで安楽死を選ぶ、そんな事はやはり認められないのです。では、今自分の大切な人が目の前で死に瀕していて、それを唯一助ける事が出来るのが自分しかいなくても、それは永遠に助けられないという事なのでしょうか。何よりも、そうした状況において彼らの気持ちを周りの人が推し量っても良いのでしょうか。生きている物は尊い、例えそうだとしても死を選ぶことは尊くない訳ではないと思います。安楽死ドナーに限らず、そもそも安楽死や死ぬ事の自由という事について、誰もが必ずや考えなければいけない事だと思います。少子高齢化が進み、介護したくても出来ない人が増えている現代だからこそ、自分の生き方や生と死について真剣に考えてみては如何でしょうか。

 そして、作中で高梨礼は自ら「安楽死ドナー」になる事を選びました。なぎさ高校に合格したのに高梨結愛がいよいよ目を覚まさなくなって、絶望の淵に落ちていた礼は結愛の日記帳を見て彼女の本当の気持ちを知りました。本当は自分のせいでお兄ちゃんを苦しめていた事を悔やんでいた結愛、お兄ちゃんが嘘を付いている事を簡単に見抜いていた結愛、お兄ちゃんに自分の人生を歩んで欲しいと願っていた結愛、そして「私が死んでも生きてください」と祈った結愛、偽りのない本当の気持ちでした。私、この「生きてください」というセリフには個人的に特別な思い入れもあり、込み上げる物も一入でした。このセリフを見て、初めて泣いてしまいましたね。本当に、結愛はお兄ちゃんが好きだったんだなと伝わりました。

 ですが、それでも自分の我が儘を貫き通すのが礼らしさでした。「生きて」と祈った結愛、それなのに礼が選んだのは自分の命を引き換えに結愛を助ける事でした。逆ですよね、全くの逆です。生きるどころか自ら死にに行くのですから。しかも、自分の命を助ける為に。結愛がお兄ちゃんに生きてほしいと願ったと同じくらい、礼も妹に生きてほしい、自分の人生を歩んで欲しいと願ったんですね。それは、自分が本当にその人の事が好きだからでした。好きな人と一緒に入れない、そうであるのならせめて幸せになって欲しい。本当それだけでした。高梨礼が選んだ安楽死ドナーという決断、それは父親と母親を動かし、担当医師である司馬先生をも動かしました。でもですね、思うに礼は死んでないんですよ。だって、礼の心臓はまだ鼓動を続けているんですから!自分の愛する、結愛の胸の中で。こんな、こんな幸せな結末があるんだなと、尊いという言葉がピッタリな結末でした。

 振り返れば、いつも一緒の兄妹でした。共働きの両親の代わりいつも一緒にいた幼少時代。結愛が入院して初めての花火大会の日、回り道をしたけれどやっと結愛の望みに気付いて一緒に花火大会を見た思い出。結愛が余命数年と宣告されて、これが最後のチャンスだと思い一緒に外を出歩いた思い出の散歩道、がむしゃらに勉強し行きたくない学校にも行ってなぎさ高校の合格を勝ち取った日々、そのどれもが相手への想いに溢れたものでした。勿論、子供ですので失敗はしました。相手の為かと思えば、実は自分の為だった事もありました。良かれと思って着いた嘘で相手を傷付けた事もありました。それでも、好きな気持ちは嘘ではありませんでした。医療制度や倫理観をも巻き込んだストレートなシナリオに溢れる想いが詰まっておりました。もっと、自分が自分らしく生きる事が出来る社会だった良いなと、そんな事を思いました。改めて、素敵な作品をありがとうございました。


→Game Review
→Main