M.M すり替えられた果実の破片


<3日間ループする海の町を駆け回り、数多くの選択肢の中から目的のEDにたどり着いて頂きたいですね>

 この「すり替えられた果実の破片」という作品は同人サークルである「granat」で制作されたビジュアルノベルです。granatさんとの出会いはCOMITIA108で同人ゲームサークルを回っている時でした。COMITIA108ではノベルゲーム部というサークル部活動も出ておりまして、ノベルゲーム部に所属していたサークルさんの作品は全て買わせて頂きました。その後ノベルゲーム部のサークルさんのTwitterアカウントをフォローしている中で、今回プレイした「すり替えられた果実の破片」を制作されたgranatさんのツイートがよく目に入り印象に残っておりました。ゲーム内容的にも久しぶりに「選択肢の多い」作品という事でどんなものかなとプレイしてみました。感想ですが、ループもののギミックと選択肢の数だけ幅のあるシナリオ変化にビジュアルノベルの面白さを思い出す事が出来ました。

 主人公である岸未明は15歳の高校1年生です。ですが彼女は本来15歳という年齢を迎える事はできないハズでした。彼女の生まれである岸家には古くから祀られている神がおり、岸家で生まれ未明と名付けられた女の子は5歳の時にその神が迎えに来るという仕来りがあります。つまり彼女の生涯はたった5年で終わるはずでした。ですが神は何故か未明を迎えに来ることはなく、それが故に未明は一族の中でも不審がられ孤立してしまいます。そんな未明の唯一の生きる糧は5歳の時に偶然出会った死んでいるはずの女の子である高崎春海を探すことでした。春海を追い高校生になり、突然の切欠でとある海の町へ飛ばされた未明。そこにはずっと探していた春海の姿がありました。

 この作品の特徴は何と言っても同じ3日間を繰り返すループものであるという事だと思います。どこにあるかも分からず言葉すら分からない謎の町、それでも3日間経過すれば必ず元の日付に飛ばされてしまいます。未明はこの3日間を繰り返すことでこの海の町の秘密やこの町に元々いた高崎春海の真実、そして自身の生い立ちについての答えを探していくことになります。そしてその答えは自分の選択で探していきますので、必然的に選択肢の数が非常に多くなっております。真実にたどり着くまで何周もするかも知れませんが、是非プレイヤーの皆さんも未明と一緒にこの不思議な海の町を駆け回って頂きたいですね。

 あと個人的に気に入っているのはBGMです。同じ3日間をループする海の町という事で大変不気味な印象を受けると思いますが、BGMもそんな海の町を印象付けるような曲ばかりです。何と言いますか、非常に透明な曲が多いんですよね。どこにあるかも何の為にあるかも分からない蜃気楼のような町の印象を最大限に表現していると思いますし、正直このBGMでなければここまでこの海の町を不気味だと思わなかったかも知れません。クリックを止めて放置したままBGMを聞いているとそのまま私も帰ってこれなくなるのではないかと思ってしまう程引き込まれてしまいました。こういう曲こそがまさにBGMと称するのに相応しいのでしょうね。曲単体ではなくゲームと一体となることでその魅力が最大限に発揮される、久しぶりにBGMの醍醐味を味わう事が出来ました。

 プレイ時間的には私で6時間程度掛かりました。ちなみに1周するまでは4時間掛かりました。この作品、選択肢が多いということでもちろんEDの数も非常に多いです。私も主だったEDは見たのですが全てのEDを見た訳ではありません。ですがタイトル画面にイベントリストがありますので、どのEDを見たのかやまだ見ていないイベントはどの位あるのかは一目で分かります。コンプリートしようと思えばあと2時間程度は必要でしょうか。是非granatさんが仕掛けた全てのイベントを制覇して欲しいですね。そして海の町に囚われた未明に真実を知らせてあげてください。それが出来るのはプレイヤーだけですからね。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<誰かの為に自分の「安全領域」を無くすことが出来た時、それが海の町からの脱出の時でした>

 久しぶりに選択肢の面白さを味わう事が出来ました。何周もすることで明らかになっていく伏線と上がっていく登場人物たちの好感度、これこそループものの面白さだと思いました。そして海の町の雰囲気は本当に不気味で、一度自分の居場所を見失えばもう二度と元の世界へ戻ることは出来ないのではないかと思わせる雰囲気はBGMの効果もあって本当に怖かったです。そして、最終的に自分自身と向き合い本当の意味で未明となり海の町から脱出するEDはループの終了らしくとても感慨深いものでありました。

 全ては繋がっていました。何故未明は5歳の時に神に連れて行かれなかったのか、何故春海はそのままの姿で存在していたのか、何故枇杷島ミチルは石碑を追っていたのか、全ては未明自身が無邪気な気持ちで神に名前をつけたことから始まりました。生まれた時から神へ連れて行かれる身だったために、両親から愛情を貰う事も出来ず寂しい幼少時代を過ごしてました。そんな未明でしたので相手が不気味な黒子姿の存在でも友達になってくれれば誰でも良かったのですね。友達同士が始めに行う事は自己紹介です。自己紹介には名前が必要です。未明が神と対面したとき、この瞬間でもう既に未明が神に連れて行かれない事は決まってしまいました。

 しかし、未明が神に三日月と名前を付け5歳で死ななかった事で親族から疎まれる存在になります。そんな中でいつしか未明は無邪気な気持ちを置き去りにし、後は春海の痕跡を追うだけの寡黙な性格になってしまいました。でもそれは致し方がない事だと思います。家族に自分の存在を否定されれば、後は家族でなかろうが何だろうが自分の事を認めてくれた人を追いかけるのは当たり前です。今回よく登場した「安全領域」という言葉もそんな未明の辛く脆い気持ちを守るために出来た言葉だと思っております。

 この作品の中で一番印象に残った言葉がこの「安全領域」です。誰でも人には知られたくない自分だけの大切なものを持っていると思います。それは形であったり場所であったり人であったり様々だとは思いますが、そんな自分を自分だと誇示する事ができるものは誰にも必要でありそれを侵すものがいない領域が「安全領域」だと思っております。だからこそ、そんな安全領域を人に教えることが出来るという事は本人にとってとても大きな決断だったのではないかと思います。安全領域を人に教える勇気、そしてその安全領域の中に人を迎え入れる勇気、これはきっと未明1人では持つことは出来ずきっと佐上智基が隣にいたから持てた事だと思っております。

 未明と智基、お互いに安全領域を尊重してはいてもその領域を侵そうとは決して思ってはいませんでした。ですがそんなお互いの暗黙の了解を、智基の方から破ってきたのです。ですがそのアプローチは決して自分本位のものではありませんでした。未明の中の何かを曲げる覚悟を持って、未明の為に一生を捧げる覚悟を見せてくれたからこそ未明の方も神に連れていかれず智基と共に元の世界へ戻る決意を固める事が出来たのだと思っております。本当の意味で他人と接触を持つことができた未明、彼女の人生はここから始まっていくのだろうと思いました。という訳で、私が一番気に入った「たった一生」EDを中心としたレビューにさせて頂きました。


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