M.M すいすいすいさいど!




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 8 - 78 2〜3 2016/5/22
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<是非自分自身の中学時代はどうだったかを振り返りながらプレイしてみて下さい。>

 この「すいすいすいさいど!」は同人サークルである「CINQ SYNCH」で制作されたビジュアルノベルです。CINQ SYNCHさんの作品では過去にLIKE LIE CRYをプレイした事があり、大学生の生々しい心理描写をリアルに描いたテキストがとても印象的でした。印象的といいますか、心にグサリと突き刺さったんですね。あまりにも生々しすぎて、不快感すら覚えるほどでした。ですがこの直球なテキストこそCINQ SYNCHさんの魅力。同人ビジュアルノベルらしい作品だと思いました。そんなCINQ SYNCHさんの新作が今回レビューしている「すいすいすいさいど!」です。今度はどんなテキストで私を絶望へ落としてくれるか楽しみにしてプレイさせて頂きました。

 主人公である森美由紀彦はどこにでもいる普通の中学生です。半年後に受験を控えているのですが中々勉強に身を入れる事ができず、友人である奈津毛銀平と一緒に学校が終わったらエロ本を探しに行ったり一人でいるときは部屋でテレビや映画を観て過ごす生活を送っておりました。世の中の何に対しても反抗したいお年頃であり、ここ最近は家族の間でも上手くコミュニケーションを取れていないようです。将来への漠然とした不安を抱えつつも具体的な行動が出来ていない由紀彦ですが、ある日公園にいつものようにエロ本を探しに行ったときに一人の女の子と出会います。木に縄をかけて首を釣ろうとしているその少女との出会いは、2人の少年にとって大きな人生の転機の始まりの時でもあったのです。

 この作品にキャッチフレーズは「死なない理由を探す、7日間」です。ヒロインである高塔清子が死のうとしている現場に居合わせてしまった由紀彦と銀平。理由は答えられないけれどとにかく彼女を死なせてはダメだと言い、1週間彼女を連れ回し死なない理由を探し回ります。始めから非常にネガティブな地点から始まっており、とても中学生に受け止められるものではありません。それでも中学生なりに一生懸命に考えて清子が死ななくても良い方法を考えます。この作品はとにかく2人の男の子の中学生らしさが特徴です。ある種悟りを開いたように無関心を貫く清子とは対照的に空回りし続ける姿は痛々しいほど。ですがこれこそが中学生です。中学生なんて反抗期が始まって自分は世界のことなんてなんでも知っていると思い込んでいる年頃です。痛いのもそうでないもの何でもアリな世代です。是非自分自身の中学時代はどうだったかを振り返りながらプレイしてみては如何でしょうか。

 その他の点で注目するべきはBGMですね。なんとBGMでありながらボーカル曲が採用されております。全体としてBossa Nova調のものが多く、男性ボーカルの熱の入った歌声が印象的です。場面ごとに幾つかの曲を選別しているのですが、ちょうど登場人物たちの心情に合わせたものを採用しておりますね。エロ本を探しているとき、清子を連れ回しているとき、一週間たって一つの結論にたどり着いたとき、是非場面ごとの変化を楽しんでください。勿論ボーカル曲だけではなくインスト曲も収録されております。他にはこの作品に時代背景にも注目ですね。いわゆる現代の中学生ではなく10〜15年前の中学生をイメージしております。理由は、使われている小ネタがまさにその年代に流行ったものだからです。類推するに、シナリオライターの年代は28±2歳でしょうか?わたし的にはドストライクでした。

 プレイ時間は私で約2時間40分程度掛かりました。この作品には選択肢がいくつか登場し、全部で5つのエンディングが存在します。どのエンディングも彼らが一生懸命考えた結果であり、良いも悪いも全て見届けて欲しいですね。またC89で購入された方は是非公式HPのパッチをあててください。私は始めからパッチが入っている状態でプレイしておりますが、CGや選択肢が追加されているみたいです。一週間の物語ですので1日辺り大凡20〜25分程度で終わります。中学生らしさ溢れるコメディタッチと場面転換であっという間に時間が過ぎていくと思いますので、是非懐かしみながらプレイしてみて下さい。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<彼ら三人の事を懐かしいと思っている皆さん、今あなたがそう思えるのは実はとても幸せでラッキーな事なんですよ。>

 最後までこの作品をプレイして皆さんどう思ったでしょうか?如何にも中学生らしいと思ったでしょうか?もう少し頑張れば自由になれたのにと思ったでしょうか?考えすぎだろと思ったでしょうか?大げさだろと思ったでしょうか?そんなふうに思った皆さん、恐らくそれはとてもラッキーな事なんだと思います。これは思春期であれば誰でも通過したかもしれない悩み。それを乗り越えられたのはとても幸せな事だと思いました。

 中学生はまだ義務教育ですので、親の言うことに従って学校に通ってひたすら勉強するのが全てです。反抗するなんてありえないこと。親に見捨てられたら、もう人生の終わりなのです。清子の父親は既に故人であり、それでも娘のために女手一つで育てる母親に清子は申し訳なさを感じておりました。彼女にとって母親の幸せが全てであり、母親が心の底から娘がいなくなってしまえばいいと思えばその通りにするのが当たり前だったのです。自分の命の価値は母親次第。彼女にとって死ぬことはなにも怖いことではなく、本当に怖いのは母親に見捨てられる事でした。

 それでも彼女のことを思ってくれる人が周りにいればまた違っていたかも知れません。例え家庭環境が悪くても(実際は悪くなかったのですが)、友達や先生が気にかけてくれればそれを拠り所に出来て新しい視野を手に入れられたかも知れません。ですが彼女にはそれすらもありませんでした。クラスメイトに苛められて、先生に助けを求めても事務的な対応で彼女に目を向けてくれずいじめはエスカレートしました。この段階で学校に対して心を閉ざした清子。もう残っているのは母親の存在のみ。仕方がないのです。まだ彼女は中学生なのです。この日本で中学生が一人で生きていくのはとても大変な事。両親がいない子もいるとか外国はもっと大変とかそういった指摘は全くの的外れ。彼女にはそんな視野すら持ち合わせていなかったのですから。

 そしてそれは由紀彦と銀平も実は同じだったのです。銀平も一年生の時にクラスでいじめられ、担任の先生に相談しても心無い対応でいじめはエスカレートしました。家庭に帰っては自分とは正反対の悠々自適な姉、何も言ってくれない父親、ただ溺愛するだけの母親。彼もまた信じられるものは限られておりそれを全て失ったときが生きている理由がなくなった時でした。銀平の死後に「あの時ああしておけばよかった」なんて後の祭り。今更何言ってんの?って天国の銀平が言ってそうです。由紀彦もまた複雑な家庭環境で既に信頼を置いてませんでした。クラスでも上手く溶け込めず、心を見せる相手がいませんでした。母親に全否定された由紀彦が狂行に出たのは自然な流れ。何しろ母親の言うとおりに今の自分を壊しただけなのですから。ああ、この3人は一見違っているようで根っこは同じだったんですね。逃げ道すら奪われた存在は、そのままおとなしく消えるしか無かったんです。

 だからこそ、たった一人でも信頼できる人がいればそこが逃げ道になるんです。たった一人でよかったんです。清子は最後飛び降りようとした時、由紀彦に「死なないでくれ!」と言われました。死んだら由紀彦が悲しむんです。人を悲しませてはいけないのです。そんな単純な事で、清子は消えずに済みました。人生なんてそんなものです。家族でも学校でも会社でも趣味でもネットでも、誰かが貴方を必要としてくれれば死なないものです。そしてその気持ちを言葉に出して、態度で示しす事が大切なのです。3人のうち誰かが死んでしまうエンディングは全てコミュニケーション不足が原因でした。思っていることは口に出さないと伝わらないのです。作中でも「態度で示さないとね」と言っておりました。簡単なようで意外と気づけない事。たった一歩の何と重いことか!

 そしてこの作品の教訓は「一人で悩んでても、なにもいいほうには行かない」に集約されると思います。誰にも相談できず誰からも声をかけてもらえないから一人で考えるしかない。でもそれって基本ポジティブに向くはずがありません。周りを信頼しない状態でシミュレートしてどうやってポジティブになるのでしょうか?相手が何を考えているか分からなければ聞くしかないのです。話を聞いてそしてそれは間違っていると教えてあげなければいけないのです。銀平死亡ルートの後半で彼の死因を「誰でも経験するようなこと、想像できない大事件ではない」と言ってました。でもそう思っているのはあなたたちであって銀平ではないのです。この作品はコミュニケーションの大切さを伝えたものであり、死なない理由は身近な人を信頼する事から生まれるのだと思いました。ありがとうございました。

 
まあ、だからこそ三人全員死亡EDは結構衝撃的でしたね。世界を信頼できないと確信した三人。それでもこの三人だけは信頼できる。であるなら、信頼できる相手を裏切らないためにも三人で死ぬしかなかったんですね。わたし、三人生存EDはHappy Endだと思いましたけど、作品のテーマ的にはこの三人全員死亡EDこそがTrue Endだと思いました。teen'sの副題らしい、実に中学生らしい美しい姿でした。


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