M.M 水月




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 9 - 86 18〜25 2012/3/25
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<とにかく雰囲気とセリフ回しを大切にしている良質な奇伝物>

 この「水月」という作品は「F&C」が2002年に発売したサウンドノベルです。F&Cと言う名前は割とメジャーな方だと思っています。特に2000年前後から「Canvas 〜セピア色のモチーフ〜」「Piaキャロットへようこそ!!」「こなたよりかなたまで」と有名なタイトルを出しており、ファンの数は非常に多いと思っています。そんなF&Cの作品の中でも今回プレイした「水月」は非常に高い人気を誇っており、一番好きな作品として声を上げている人もかなり多いです。2002年前後はとにかく後世に多大なる影響を与えた作品の多い年でもありますが、この水月もそんな作品の1つとして数えられています。感想ですが、とにかく雰囲気とセリフ回しを大切にした良質の奇伝物という印象でした。

 OHPを見ていただければ分かりますが、この物語の主人公は「記憶喪失」という設定で始まります。そしてそんな主人公は毎夜訳の分からない夢に悩まされる事になります。この時点でこの作品がただのボーイ・ミーツ・ガールではなくシナリオ重視の奇伝物であるという事が予測できるかと思います。そういう意味で、ある意味プレイヤーは油断することなく文中に含まれた小さな伏線を回収しつつ各ヒロインのエンディングまで向かう事になると思います。そんなシナリオ重視の作品ではありますので当然文章を読むという要素を阻害する事は最大の欠点であり絶対に防ぐ必要のある点です。そういう意味でこの作品はシナリオはもちろんですが非常に雰囲気に気を使ってました。

 まずはBGMです。この作品の舞台は「夏の田舎」です。もう夏の田舎と言うだけで奇伝物としての期待が高まりますね。そしてそんな舞台を演出してくれるような透き通るようなBGMばかりです。ピアノやオルゴールのような透明でどこまでも響きそうな素材を多く使用しており、快活な場面やシリアスな場面、クライマックスな場面に相応しい楽曲ばかりです。そしてそんなBGMのすべてに共通する最大の特徴はやはり「儚さ」だと思うのです。綺麗な曲ばかりなんですけどちょっと突っつくだけで壊れてしまいそうな、そんな危うさを感じます。これもやはり夏の田舎である事、奇伝物である事、そして主人公が記憶喪失である事などを表現する為だと思っています。

 次に絵全般についてです。上でも書きましたがこの作品の舞台は夏の田舎という事で、背景の書き方はかなり大事になると思っています。そういう意味で建物の書き方は他のサウンドノベルと遜色ないのですが、道の途中にある川の風景や海の風景、山の風景といった自然の風景がとてもリアルで綺麗です。この部分がしっかりしていたのでこれだけで「確かに夏の田舎だな」と瞬時に思う事が出来ました。そして水月と言えば何と言ってもキャラクターですね。☆画野朗の描くキャラクターは誰もが人形のように綺麗で、透き通るようなBGMと合わせて雰囲気を盛り上げてくれます。と言うよりも、この人の描くキャラクターはどれもロリに見えてしまいますね。そういう作風ですが透き通る雰囲気として見事にマッチしていると思いました。

 そしてこの作品を雰囲気の良い奇伝物として据えている影の立役者はそのセリフ回しだと思うのです。この作品のキャラクターですが、ドジっ子もいればツンデレもいますし不思議系も快活系もいます。そういう意味では普通なのですが、どのキャラクターもセリフ回しがくどくなくシナリオの進行を阻害しない程度に抑えています。特に素晴らしいと思ったのは友人役ですね。こういうゲームには決まって男友達が1人いるものですが、ここまで大人なキャラはそれだけで珍しいですしシナリオをまとめ先に進める役割として非常に効果を発揮していました。私の中で理想的な友人役だと思っています。主人公が記憶喪失である中、彼がいたので最後までだれる事なくこの難しいシナリオを最後まで読み進める事が出来ました。

 という訳で読みごたえがありながらそれ以上に雰囲気とセリフ回しに気を使っている作品だと思いました。派手な要素もなく終始プレイしていて不安が拭い去れないシナリオですが、それだけ読み応えがあるという事でもあります。夏の田舎の雰囲気は最高ですし、長さも長すぎず短すぎず総合的にかなりおススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<結果としてやられましたが、それを許容できるだけの雰囲気とリアルな人間性でした>

 …正直なところ非常に評価に苦しむ作品でした。全ヒロインをクリアしてみてここまで後味の悪い作品はそうあるものでもなく、どこか置いてけぼりにされた感覚でした。間違いなく全ての伏線を物語中でしっかりと明らかにしておりませんし、かなりの部分をプレイヤーの想像に任せています。まあそれでも私が許せると思えるのは、この作品全体に漂う雰囲気と実はリアルな人間性を持ったキャラクターのおかげなのでしょうね。

 この作品の特徴はやはり平行世界との境界が非常に曖昧で自由に行き来出来るという点だと思います。作品中ではそれを「夢」としていましたが、夢というのは言ってしまえば未来の可能性の事、それを物理的に言えば平行世界や多世界解釈と呼べると思います。主人公は終始夢の中にいるような感覚でしたし、何が真実で何が嘘なのかも曖昧な状態でした。私もプレイ中はどの出来事が真実でどの出来事が嘘なのかを見極めるように文章を読んでいました。ですが答えはまさかの多世界解釈であり全てが夢であり真実という事でした。

 後々思えば、主人公が記憶喪失になったという事もそんな多世界の1つだった訳ですね。那波のエンディングなんてその最たるものです。あのエンディングは主人公および那波がなりたいと思い描いた世界、そこに元々あった記憶喪失という設定や大昔の七波とナナミの伝承などはもはや意味を持たず、ただただ幸せな世界が描かれています。プレイヤーにとって見ればこれまで注意深く読んできた努力は何だったのかと憤慨するレベルかも知れませんし、奇伝物としては掟破りかも知れませんね。

 私も驚きました。これがかの有名な水月という作品のシナリオのオチなのか、と。こんな後味の悪いオチは無いだろう、と。伏線もろくに回収しないまま、と言うよりもむしろ伏線を回収することが無意味というエンディングです。最後まで奇伝物であり続けようとするのかと思えばそれを丸投げしたシナリオ、物語として単純に失格かも知れません。それでもこの作品に高評価を与えているのは、そんな物語に登場するキャラクターの人間性とやっぱり雰囲気が理由なんだろうと思います。

 主人公が記憶喪失であり全体的に夢のような世界観の中で、登場するキャラクター達のセリフ回しはあくまで現実的でした。山ノ人である那波と雪はともかく、他のヒロインは実は一般的なボーイ・ミーツ・ガールだった訳です。Hシーンも初々しさという意味では最高でしたし、三角関係のもつれなんかは実はかなり高レベルだったのではないかと思っています。この作品、実は奇伝物の仮面を被ったリアルな人間ドラマが売りなのかもしれません。奇伝物としての部分、というよりも多世界な部分はちょっと水月という作品を印象つける為のアクセントであり、そういったリアルな人間ドラマを楽しめたかどうかが水月の評価を大きく分けるポイントかも知れません。

 という訳でまとまらない文章になってしまいましたが、間違いなく言える事は夏の田舎の雰囲気が良かったという事、そして登場人物が意外とリアルな人間性を持っていたという事です。最初は奇伝物として印象付け最後にはそれを捨て去る、やり方としては強引かも知れませんがこの作品を高評価しているあたり私もきっと騙されているのでしょうね。とりあえず歴史を作った作品であるという事はハッキリと分かりました。いっそのこと☆画野朗のCG集として楽しんだ人が一番の勝ち組かも知れませんね。そんな作品でした。


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