M.M そして僕らは世界を壊す




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 8 - 86 2〜3 2021/1/16
作品ページ サークルページ



<システム周りを中心に全ての要素を丁寧に作り上げている、とても読み応えのある作品でした。>

 この「そして僕らは世界を壊す」は同人ゲームサークルである「質量欠損」で制作されたビジュアルノベルです。当作品は質量欠損さんの処女作です。プレイした切っ掛けは、私がHPで企画しているプレイして欲しいビジュアルノベルに投稿があった事です。偶然か分かりませんが同時期にお2人方からこの作品の投稿があり、何か運命的なものを感じました。キービジュアルも大変美しく、時間を掛けて作られたんだなという事が伝わりました。何よりも、タイトルからどこかSF的な雰囲気を感じ私の好きなジャンルな予感がしましたのでそちらも楽しみになる要因でした。このような作品に出会わせてくれた切っ掛けに感謝しつつ、どのようなシナリオが待っているのか楽しみにプレイし始めました。

 主人公である保志梓はとある県立高校に通う高校3年生です。梓には2つ年下の従兄弟である井塚隆之介がいます。金髪で非常に整った顔立ちをしているのですが、幼いときに抱えたトラウマにより時々発作を起こしてしまう精神状態となっております。梓と隆之介は同じ高校に通っておりますので、梓は献身的に隆之介を支えながら高校生活を送っております。それでも、隆之介の発作は突発的であり担任の先生も正直手を焼いておりました。梓・隆之介・学校と次第にそれぞれの緊張感が高まっていき、少しずつそれぞれの気持ちのすれ違いが大きくなっていきます。隆之介を支える梓、ですが梓は自分の本当の気持ちに蓋をしていました。隆之介を支えていながらも、自分の傍から離れていってしまう事を恐れていたのです。そんな少しずつ歪んでいた関係は、ある日どうしようもない亀裂として噴き出す事になります。その時梓と隆之介はどうなってしまうのでしょうか。自分らしさと人間らしさを丁寧に描いた物語が幕を開けるのです。

 この作品には非常に大きな特徴があります。それはセーブ&ロードが出来ないという事です。これはシステム上出来ないという事でも製作者の怠慢でもなく、敢えてセーブ&ロード機能を排除しております。これについては公式HPでも断っており、敢えて不便なプレイスタイルを作っております。勿論、これには大事な意味がありプレイする事で実感できると思います。併せてバックログもありませんので、プレイヤーは緊張感をもって一文一文を読む事になります。何故このような不便なシステム周りを作っているのかを確認してみて下さい。注意点として、30分以上のまとまった時間を確保してプレイする必要があります。意味があってセーブ&ロードを排除しておりますが、その代償としてある程度物語を進めないと先に進めない仕様となっております。この点についても公式HPに書いておりますのでよく確認してください。

 そして、この作品はそうしたシステム周りの拘りからも見受けられるように全ての要素について丁寧に制作しております。背景やBGMはフリー素材などを多用しており決して種類が多いわけではありませんが、その使い方は絶妙であり良く計算されております。この作品は人間の感情と合わせて場の雰囲気が大きく変わりますので、その辺りの表現に一役買っております。後は演出が独特でした。場面が展開していく中で目を見張るようなシーンが幾つか登場しました。上で書いたシステム周りの不自由さもある意味演出と言えるかも知れませんね。そして一番丁寧だと思ったのがテキストです。ネタバレになりますので具体的には書けませんが、セリフ一つ漢字一つとっても時間を掛けて考察・修正して作られたんだろうなという事を感じました。これもまた、もしかしたらバックログを無くした事によって気付けたのかも知れません。不自由なシステムだからこそ、それを補おうと丁寧に読み進める物ですからね。

 プレイ時間は私で2時間50分くらいでした。上でも書きましたが、この作品は1周約30分程度となっておりセーブ&ロードは出来ません。何周か繰り返す事でエンディングにたどり着く事が出来ます。選択肢も幾つかあり、適切に選ばないと恐らくエンディングにはたどり着けなかったのかなと思っております。この辺りは検証の余地ありかも知れませんが、プレイしていく中で必然的に選ぶ選択肢も決まってくると思います。回を重ねていく中で、何れこの世界の真実に気付けると思っております。何よりもタイトルが意味深ですからね。唯の人間模様を描いただけの作品であればこのようなタイトルにはならないと思いますし。世界を壊すとはどういう意味なのか、是非エンディングまで見届けて頂ければと願います。とても丁寧な作品であり、よくぞそのまま最後まで制作してくれたと感謝申し上げたくなりました。素敵な作品をありがとうございました。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<どのような運命でも、最後自分自身が自分の生き方をどう思えるかが幸せの答えなのかも知れません。>

 最後まで読んで、素直に面白かったと思えました。大好きな隆之介を助けたい、でも何度過去を繰り返してもどうしても助けられない。始めはそんな梓の独りよがりな気持ちを描いた作品だったのかなと思いました。ですが、そこに邑井が加わり少しずつ複雑化してきました。この作品は、そんな色々な人の想いが入り混じりこれだけ壮大なスケールになったんだなと振り返って思っております。

 梓は隆之介の世話をしておりました。そしてそれは隆之介が高校生活を送る上で必要なものでした。逆に言えば、高校生活を無理に送らなければ隆之介は無理に梓の世話になる必要はないのです。隆之介を腫物のように扱うクラスメイトや土屋先生がいる環境までは梓に変える事は出来ません。それならば、いっその事高校生活をやめてしまうのが一番の幸せなのではないでしょうか。ですが、それでは困るのです。何故なら、高校生ではない隆之介ならもう梓の必要性は無くなってしまうからです。梓にとっての隆之介は、いわゆる自己対象ですね。自己対象とは、文字通り自己愛を満たしてくれる対象の事です。言ってしまえば、梓は隆之介の為に世話をしているのではなく自分の為に世話をしているのです。だからこそ、梓にとって隆之介はいつまでも自分の事を頼ってくれる存在でなければいけないのです。変わっていく隆之介に恐れを感じたのはその為です。そこに、残念ながら愛はなかったのではないかと思いました。

 ですけどその後絶対に隆之介を助ける為にタイムマシンを作る展開から、もしかしたら本当に梓は隆之介に対して愛を持っていたのではないかと思いました。そうでもなければ、人生を掛けてあそこまで行動はしなかったと思います。邑井の協力がありつつも自らの力でタイムマシンを作り、そこから何千回も過去に飛ぶなんて自己対象だけでは説明が尽きません。まるで憑りつかれたかのように隆之介に固執する姿は愛を超えて狂気にすら思えました。ですけど、それが梓の人生なのは間違いありません。晩年、邑井を助けて視力を失い加えて隆之介を助けられなかった梓に悲壮感はありませんでした。自分は精一杯生きたという気持ちと、今振り返っても間違いなく隆之介を愛していたという気持ちを持っておりました。それが梓の人生。誰かに誇る必要もない、自分自身が納得できている素晴らしい人生でした。

 ですが、それを良しとしない人がいました。それが梓が助けた少女である邑井です。邑井は梓に恋しておりました。そして、その恋は絶対に叶わない事に気付いてしまいました。それでも梓に自分の事を見て欲しいと願いました。ならば、過去に向かってタイムマシン理論を伝え梓の心残りを解消してもらえば良いのではないか。これも凄まじい執念ですね。やっている事は全て梓の為です。間接的に自分の為になると期待している訳ですが、それでもここまで相手の事を思って行動できるものではありません。結果として邑井もまた自分の人生を掛けて梓の為に生きました。そして、結局は梓の気持ちは自分には向かない事、そして本当の意味で梓と隆之介が結ばれるには世界を壊す事しかない事を悟りました。それでも、邑井はそれが梓の幸せならばと最後まで自分の行動を変えませんでした。邑井の涙にはそんな色々な想いや苦悩が詰まっているんだなと思いましたね。こんなに尽くしてくれる人、絶対にいませんからね。それなのに、どうして梓と邑井は結ばれなかったんですかねぇ・・・!苦しくもこれが人生なんだなと思いました。

 恋愛にしろ友情にしろ、結局のところ独り相撲になってしまう事ってよくあると思います。相手にこうなって欲しいという想いは持ちつつも、その相手はどこ吹く風です。勝手に自分で苦しんで勝手に自分で悩んで、それが人間なんだなと思いました。事実、隆之介は恐らく梓の事は愛していなかったと思います。それこそ、過去の虐待の経験があり精神的に安定していない隆之介が他者に想いを馳せる余裕があったとは思いません。隆之介を振り向かせるには、周りに自分しか頼れない人しかいない状況を作るしかなかったのです。ですけど、それでも隆之介は死を選びました。これって梓ですら頼りにしていなかったという事、梓的に言えば完膚なきまでにフラれたという事です。もうね、こんなに苦しい事ってないと思います。それでも、最後までそんな相手の事を愛して行動した梓は立派ですね。同じく、梓の事を思って献身的に尽くした邑井も凄いと思いました。本当、相思相愛になれるって本当に運命的で偶然な事だと思いますよ。どうしてこうも上手くいかないんですかねぇ・・・。

 最後改めて全体を振り返りたいと思います。時間軸が様々に行き来する展開で、どのように伏線を回収するのかとか着地点はどうなるのかという部分が気になりワクワクしました。併せて梓という人間性から自分自身の生き方を見つめなおす切っ掛けを頂きました。選択肢の演出や時間軸が変わる演出は緊張感があり、プレイヤーを引き締める効果もあったと思います。隆之介幼少期の会話テキストや母親のセリフ周りなど、細かい部分にも拘りを感じ丁寧な作りだと思いました。SFであり恋愛でありヒューマンドラマであり、様々な要素が上手くミックスされたシナリオでした。明確なハッピーエンドではありませんでした。見方によっては無限ループ、唯一のエンディングは世界崩壊ですからね。それでも、そんな世界の中でどうやって自分が納得して生きていくかという事を問うた作品だと思いました。素敵な作品をありがとうございました。


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