M.M スノードロップの贈り方




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 7 6 84 3〜4 2021/6/17
作品ページ サークルページ



<決して派手さはなくスタンダードな作り込み、だからこそ伝えたいテーマに胸が震えました。>

 この「スノードロップの贈り方」という作品は、同人ゲームサークルである「CURARE」で制作されたビジュアルノベルです。CURAREさんの作品をプレイしたのは本作が初めてです。切っ掛けは、COMITIA136で同人ゲームの島サークルを巡った事でした。COMITIA136が開催された2021年6月6日は東京都に新型コロナウィルス感染拡大に伴う緊急事態宣言が出ておりました。それでも、各種即売会がそれぞれの感染対策を行い工夫して開催しておりました。久しぶりの即売会の感覚が懐かしく、やはり楽しかったですね。勿論、全ての同人ゲームサークルを周りビジュアルノベルについては全て見させて頂きました。今回レビューしている「スノードロップの贈り方」も、そんな貴重な即売会の機会に入手する事が出来た作品です。どこか暗い雰囲気のパッケージに背中合わせで描かれている女の子、彼女達が物語のヒロインであり主要な登場人物である事は間違いなさそうです。どのようなシナリオが待っているのか楽しみにプレイし始めました。

 主人公である牧野幸太郎、彼は生きる事に消極的になっておりました。以前勤めていた会社を辞め、失業保険を貰いながらフリーターとして生活しております。再就職活動は上手くいかず、都会の無機質な喧騒に心を摩耗させていきました。そんな幸太郎の目の前に突然その少女は現れたのです、それも最も遭いたくないシチュエーションで。空から落ちてきた少女はとても美しく、血に染められてもなお尊いと思う程でした。間違いなく即死したはずの少女、しかしその少女があろうことか目の前に生きた姿で現れたのです。これは運命かも知れません、ですが幸太郎はそれっきりの出会いにしようと思いました。少女は他人であり、自分には少女への甲斐性も存在しないからです。だからこそ、そんな少女を家に招き入れた事に一番驚いたのは自分かも知れません。少女の名前は小夜、ここから幸太郎と小夜を中心とした物語が幕を開けるのです。

 他人と共に生きる、それは恐らく楽しい事と同時にメンドクサイ事も生じるのだと思います。幸太郎はとある理由で一人暮らしをしており、ましてや小夜という他人を家に招き入れるなど本当はあり得る筈がありませんでした。事実、小夜との会話はお世辞にも流暢とは言えずどこかぎこちなさを感じました。しかし、時間が経過していくなかでそんなぎこちなさが当たり前になっていくんですね。メンドクサイと思っていた事、それはどこかから押し付けられた理想を達成しなければいけないという無言のプレッシャーに疲れたから思うのかも知れません。無気力な主人公と死んだはずの少女の生活は、儚くも尊いものでありずっと見守っていたくなります。そして、そんな生活の先に何が待っているのでしょうか。是非この作品から、生きるという事を感じてみて下さい。自分が幸太郎だったらどう振る舞うだろう、そんな事も想像してみるのも良いと思います。

 作品の特徴として、主な登場人物は全員フルボイスです。同人ビジュアルノベルにおいてフルボイスの作品は稀であり、素直に力が入っているなと思いました。声が入る事で登場人物に対する愛着が沸きますね。またBGMも全てではありませんがオリジナルです。作品の雰囲気を反映し大人しい静かなサウンドが多いです。心穏やかに読み進める事が出来ます。その他、背景描写や立ち絵もオリジナル素材が用意されております。スチルも幾つか用意されており、その全てはギャラリーモードで見る事が出来ます。ちなみにBGMモードもあり、一通りのシステム周りは整っておりました。派手さはなくスタンダードな作り込みで、そのおかげでテキストに集中出来るのが魅力ですね。

 プレイ時間は私で3時間30分くらいでした。選択肢は無く、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。この作品は全部で3つの章に分かれております。上から順番にプレイする事で新たな省が解放され、同時に物語の伏線が明らかになり登場人物の真相が明かされます。最後までプレイして、そのテーマ性に思わずうなってしまいました。よくここまで描き切ったなとすら思いました。決してクオリティが高いとは思っておりませんが、だからこそ伝えたい物を伝えようとする意志がダイレクトに伝わったのかも知れません。素直に、この作品をプレイして良かったと思いました。同時に色々と考えさせられるテーマでした。これは、是非皆さん一人ひとりの目で確認して欲しいです。これだから同人ビジュアルノベルは止められない、素敵な作品をありがとうございました。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<心とは何か、それは自分で掴みましょうね。それしか方法が無いのですから。>


「あなたに贈ったスノードロップを返してもらう」


 結局のところ、最後まで草壁は心という物は理解出来ませんでした。自分をかき乱す何か、涙を誘う何かの正体が分かりませんでした。そして、自分をそんな状態にした小夜を取り戻そうと人生を捧げました。それは、まさに心を理解しようとする過程そのものでした。最後まで心を理解出来なかった草壁、それでもその人生は間違いなく幸せなものだったのだろうと思っております。

 全体を通して、とにかく構成が上手だと思いました。希望をプレイした段階で間違いなくこの作品の主人公は幸太郎でありヒロインは小夜だと思いました。ですが幸太郎もまた小夜を復活させるためのエッセンスであり、小夜だと思っていた少女は小夜のクローンでした。全ては草壁の掌の中、いや掌の中という言い方は正しくないですね。幸太郎と小夜が大学を抜け出した行動は予想外だったのですから。ですが、そんな想像を超えた行動を草壁は喜ばしく思っておりました。自分の想像を超えた行動をしたからこそ研究のし甲斐がある、そしてそれが心の理解に繋がる筈である、恐らくそんな事を草壁は思っていたのだと思います。彼の研究は、このままずっと完璧な小夜を作り出すまで続くはずでした。

 ですが、そうはなりませんでした。草壁と小夜の関係は、そのよき理解者である竹内の手によって終わりを告げるのです。最も、終止符を打ったのは竹内ですがその時点で既に草壁と小夜の間で2人の関係はちゃんと終了してました。草壁は、本当に心というものが分かりませんでした。心が分からないという事の意味や重要さも分かりませんでした。本当、心があっても無くても関係ないとすら思っていたと思います。そんな草壁に心を持って欲しい、その為に余命僅かな命を使って小夜は善行を重ねました。心を持っていない人に心を持たせる方法、そんな方法があったら世の中の争いなど殆ど無くなっていると思います。人は理解できないからこそ面白い、これが一般論だと思っております。ある意味、小夜の行動も普通ではなく意味などないと思えるかも知れません。事実、小夜が死んでも草壁は表向き何も変わりませんでした。

 しかし、小夜の行動は意味を持っておりました。言葉にならない騒めき・不安・恐怖、そのようなものに草壁は苛まれました。こんな気持ちになるなら心なんて無くてもいい、そんな事すら思いました。だからこそ、自分をこんな目にした小夜にもう一度会いたいと思ったのかも知れません。そこからの人生は本当壮絶でした。全てを掛けて小夜を復活させるために生きました。心を持たないので心を持っているかのように振る舞う勉強もしました。皮肉にも、その努力がまるで草壁を心を持っている思慮深い人間性があるように思わせました。心なんて持っていなかったのに。いや、もしかしたらいつの間にか草壁は心を持っていたのかも知れませんね。周りがそう思ったのならそれが答えなのかも知れません。少なくとも、最後の最後でスノードロップを返してもらえた草壁は間違いなく幸せな人生だったのだろうと思っております。

 心とは何か、非常に難しいテーマであり答えのない命題だと思います。何を持って心を持っているのか持っていないのか、そんなものは誰にも分からないと思います。このレビューにも、果たして心があるんでしょうかね。答えは自分の中にしかないのだと思います。こんな難しいものに挑んだだけで、この作品にブラボーと声を上げたいと思いました。そんな、良く分からないけど何かを発信したい衝動を与えてくれました。人を選ぶ作品だと思います。お世辞にもクオリティが高いとは思っておりません。ですが、大切なのは何かを伝えたいという気持ちなんだなと改めて思いました。少なくとも、私にとって掛け替えのない作品となりました。答えは自分で見つけましょう。あなたにとって、心とは何でしょうか?ありがとうございました。


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