M.M ショートケーキの埋葬




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 8 - 83 5〜6 2025/2/2
作品ページ サークルページ 体験版

完成版



<リアルなキャラクターの掛け合い特徴な、クライムサスペンスの魅力にあふれた作品です。>

 この「ショートケーキの埋葬」は、同人サークルである「NANTEDOW」で制作されたビジュアルノベルです。NANTEDOWさんの作品をプレイするのは本作が初めてです。切っ掛けはC105で同人ゲームの周っている時に目に留まった事でした。ショートケーキの埋葬、正直タイトルだけだとどんな内容なのか全くわかりません。ショートケーキという単語と埋葬という単語が全然リンクしなかったからです。ショートケーキを食べる時、それは恐らく自分へのご褒美やお祝い事といったポジティブなイベントの時が多いと思います。一方埋葬は死者への弔いですので、ネガティブな印象になりがちです。そんな2つの単語が併せ持ったタイトル、どんな内容なのか誰もが気になるのではないでしょうか?パッケージには目に涙をためて何か言いたげな少女が描かれております。この少女がどのような役割を持っているのか、そしてどのような物語が展開されるのか楽しみに思いプレイし始めました。

 主人公の季節は、スーパーマーケットでバイトをしている青年です。お母さんと2人暮らしであり、高校を中退してからバイト三昧で決して裕福とは言えない生活をしております。唐突ですが、とある事情で死体を処理しなければならなくなりました。事情が事情の為正規に火葬を行う事が出来ず、仕方が無く近くの山林に埋めるしかありませんでした。雪かき用のシャベルを準備し、人一人を抱えてたどり着いた山林。時間も限られているので早速掘り始めましたが、その山林はどこを掘っても似たようなブルーシートが出てくるのです。流石に異常性を感じたその時、何者かが後ろから強襲し季節は気を失ってしまいます。目が覚めるとそこはどこかの施設、そして目の前には一人の女性と自分が持ち込んだ死体がいたのです。悲劇の先に更に悲劇が待っている、サスペンスの幕がこうして上がりました。

 この作品のジャンルはクライムサスペンス・ビジュアルノベルとなっております。クライムサスペンスとは、現在進行形で行われている犯罪行為を題材にしたサスペンスです。主人公季節が遺体を運んでいるのは犯罪行為なのかどうかはここでは書きませんが、その先から出てきたブルーシートなど明らかにインモラルな状況が立て続けに起こります。このライブ感と言いますか先が分からない展開が特徴で、一寸先は闇な状況がプレイヤーを物語に引きずり込んでくれます。また数多くの登場人物がいるのですが、どの人物にも人には言えない影の部分が存在しそれが物語の展開に一役買っております。終わったかなと思ったら全然終わっておらず、いよいよ終わりかと思ったらまだ終わらない、そんな展開に展開を重ねるような作り込みが素晴らしいです。

 最大の魅力は、登場人物のキャラクターが良く分かる会話テキストです。作品全体の半分以上が登場人物達同士の会話であり、そこにキャラクターが良く見えます。年齢や立場に準じた等身大のキャラクターであり、リアルにありそうな言葉のキャッチボールが見事でした。ちなみに、割と倫理観や一般常識が通用しない人物が登場します。そんな人物達とのどこか噛み合って噛み合わない様な会話を是非楽しんで下さい。後はBGMが個人的にお気に入りです。日常の場面や悲しい場面、緊迫した場面など使い分けが明確であり物語の雰囲気とマッチしております。一番お気に入りの曲は、塩谷花火という登場人物が出る場面でよく流れる曲です。重低音のビートと不気味なサウンドで、この先良くない事が起こるんだろうなという予感をひしひしと感じさせてくれます。クライムサスペンスにピッタリの一曲だと思いました。

 気になる点としては、システム周りに幾つかありました。この作品はUnityを使用しており、その関係で非アクティブになるとBGMや画面進行が止まってしまいます。私はプレイ中に適宜メモを取る習慣がある為ウィンドウにメモ帳とゲーム画面を並べているのですが、メモを取るたびにBGMがピタッと止まる事でテンポ感を損ねてしまいます。またテキストボックスでのクリック待ちの状況ならまだ良いのですが、場面転換の状態で非アクティブのままにして再開したら次の場面に飛んでいたという事もありました。やはりUnityとノベルゲームの親和性は低いですね。後はバックログが重いです。この作品は所謂バックログ画面が無く、場面そのまま戻る事になります。その為戻ってから元の場面に帰るのが大変時間が掛かり、プレイするテンポ間が損なわれました。たまにこういう仕様を採用しているノベルゲームがありますけど、本当に求められているのか気になる所です。自分としては、ちょっと見落としたテキストを振り返る程度でバックログを使用するので、ちょっと過剰かなと思っております。

 プレイ時間は私で5時間45分くらいでした。選択肢は無く、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。クライムサスペンスの魅力に詰まった作品で、次から次へと起こる出来事と画面転換に置いていかれそうになります。是非落ち着いて冷静に進めて頂き、登場人物一人ひとりの状況や心情を想像しながら読み進めて行ってください。最終的には一つの結論にたどり着きますので表向きの出来事としては誰でも理解する事が出来ます。大事なのは、この一連の出来事の中で登場人物が何を感じ何を思ったのかを想像する事です。元々がリアルなキャラクターを表現したテキストが魅力な作品ですので、是非自分の感情や倫理観を照らし合わせて一人ひとりの行動を見つめてみて下さい。そして、彼らがどうしてそういう行動を取ったのかを考えてみて下さい。人生観に訴える、素敵な作品でした。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<人は人と触れ合いたい、そんな素直な本音がこの作品の到達点だったのかも知れません。>


「誰かと触れ合いたかった、生きてるって確認をしたかった。」


 物語最後、荒川季節と追い詰められた西尾雄一郎が対峙した場面でのテキストです。つまるところ、人というのは全員が他者との触れ合いを実感する事で本当の意味で生きているという事を理解するのかも知れません。劇的な場面転換が続き信じられないような事実が浮き彫りになる中で、誰もが自分を保ち自分が本当にやりたい事を求める様子が印象的でした。

 最後までプレイして、改めて一見バラバラに見えた登場人物達が全員繋がっていく様子が印象的でした。季節の母親は自殺したのではなく西尾雄一郎に殺され、火葬場に居た清水莉央は西尾雄一郎の妹であり、常に物語の中心に居た正源寺太郎は多くの人の人勢を振り回しておりました。この作品では、人の命が軽く見えてしまいますね。人は銃一つあれば簡単に死んでしまいます。【火蟻】の支部長候補で使い物にならなかった人が簡単に死んでいく様子は勿論ですが、あの正源寺太郎が内城六花の突然の発砲一つで死んだ場面が特に印象的でした。どれだけ物語の中心に立っていても、どれだけ黒幕らしさを醸し出しても、死んだらもう終わりですね。そして、死を切っ掛けに繋がる登場人物たちの関係が、結果としてこの歪な構造を露わにし事件の解決に繋がりました。

 登場人物たちを裏で振り回していたのは、政治と宗教でした。正源寺太郎の盤石地盤を作る為に、宗教団体【火蟻】と繋がる事で多くの人の人生が狂わされました。季節とその母親は勿論、清水莉央と西尾雄一郎、内城六花とその家族、小田倉正義と大江千代丸、朝日夏鈴とその家族、森永スーパーの店長、一見無関係に見えた彼ら彼女らが根っこの部分で繋がっている様子が見事でした。そして大きな力の前では人一人の人生など軽く見られてしまうかも知れませんが、本人にとっては一大事であり人生を狂わされております。人一人の人生が、軽いはずがありませんからね。政治と宗教の裏で悲しんでいる人がどれだけいたのでしょう。この作品に登場した人も氷山の一角、そんなものが蔓延っている事実が恐ろしいです。

 それでも、唯の一般人のはずだった季節は最終的に出馬予定の西尾雄一郎を追い詰めるに至りました。政治と宗教の前では米粒ほどの存在のはずだった季節が、結果として西尾雄一郎を追い詰めているのです。様々な偶然が重なった結果かもしれませんが、その理由は季節の生き方に周りの人が惹かれ賛同したからだと思っております。季節は、結果として西尾雄一郎を殺しませんでした。本当、殺しても誰も文句は言えず許しても良いんじゃないかと思える状況です。それでも殺さなかったのは、季節が「自分の為じゃなくて、人の為に生きたい。」と思っていたからでした。これは本ネタバレレビュー冒頭のセリフにもつながります。人の為に生きたいと思うのは、恐らく誰かと触れ合いたいからだと思います。そして、誰かと触れ合いたいと思う事に対して人を殺すという行動は完全に真逆ですからね。自分の感情ではなく、他者を思い未来を創造した季節の気持ちが最後しみわたりました。

 エンディング、かなり大きな事件として報道されたはずですが世の中の流れに押し流されすっかり風化してしまいました。話題性なんて、そんなものですよね。そして、登場人物達もそれぞれの人生を生きております。塩谷花火の出馬は驚きました。私、個人的に一番のお気に入りキャラクターは塩谷花火かも知れません。サバサバしていて自分の信念がしっかりしており、単純にカッコいいです(だからBGMも好きなのかも知れないですね)。そんな塩谷花火が、まさか季節の影響を一番に受けていたのは面白かったですね。この二人がくっつくかどうかは、まあ時の流れに任せるとしましょう。そして、お母さんと夏鈴に捧げるのはショートケーキ。あんなドダバタがありましたら時が流れれば静かなものです。後は、使者に想いを馳せ弔うだけだと思います。一緒に食べたかったショートケーキ、きっとお母さんも夏鈴も天国で美味しく頂いていると思います。クライムサスペンスのスピード感と、その裏で丁寧に描かれる登場人物の気持ちが滲み出たテキストが魅力でした。素敵な作品をありがとうございました。


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