M.M 白烏




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 6 - 76 3〜4 2017/6/16
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<冬の情景を丁寧に描いた雰囲気の中で、登場人物達の繊細な心理描写を感じて欲しいですね。>

 この「白烏」という作品は、同人サークルである「びっくりパスタ」で制作されたビジュアルノベルです。びっくりパスタさんの作品をプレイするのは本作が初めてでして、COMITIA120で同人ゲームの島サークルを回っている時に手に取らせて頂きました。非常にシンプルなパッケージでした。白を基調とした背景の中心に書かれているのはタイトルである「白烏」のロゴのみ。これだけではどんな内容なのか全く分かりません。ですが逆にこれが想像力を掻き立ててくれます。白い烏、烏は普通黒いものです。これはもしや伝奇ものでしょうか?それでも何かの比喩でしょうか?敢えて公式HPを見ずイメージだけを持ってプレイしてみました。

 舞台は現代の日本です。季節は冬。主人公である五十嵐樹は平凡な高校2年生です。部活には所属せず帰宅部として変化のない退屈な日常を過ごしておりました。樹のクラスでは、とある噂がブームとなっておりました。それは白くて長い髪の女の幽霊の噂。沢山の目撃証言が有り、誰もがその正体が何者なのか気になっておりました。そんなクラスのブームにも特に興味を示さない樹、いつも通りに家であるマンションに帰ってきました。すると屋上に白い姿の少女、そしてその姿は屋上から下へと落ちていったのです。それでもすぐ下の階のベランダに落下した事で一命を取り留めました。少女の名前は白羽舞、そして自分の事を「白烏」だと言ったのです。このちょっと不思議な少女との出会いが、自分を見つめ直す物語の幕開けになるのです。

 この作品の魅力は、主人公である樹・メインヒロインである舞・クラスメイトの九条綾奈と望月宗汰・先輩の高塚結の5人の心理描写そのものにあります。どこか儚げな雰囲気を持っている舞、彼女は頑なに人との接触を拒み自分の事を話しません。ですがそれでも人の温かさに憧れており、樹との交流を続けておりました。何故舞は人との接触を拒むのでしょうか?ネタバレになりますのでここではその理由を言えませんが、テキストを読み進めれば舞が抱える事情は割と直ぐに分かります。ですが、その真実を知ったあなたは果たして何を思うでしょうか。そしてそんな舞に関わってきた主人公樹を始め綾奈・宗汰・結は何を思うでしょうか。これは、人が人と触れ合う事をテーマにした人生観に訴える作品です。舞だけが不思議ではありません。誰もが弱さを持っておりそれと向き合う瞬間がやってきます。是非そんな繊細な心理描写を読み解いてみて下さい。

 そしてそんな心理描写はテキストのみならず細かく変化する立ち絵でも表現しております。表情差分の数は決して多いわけではありません。ですがセリフの1つ1つで細かく変化していくのです。無表情・笑顔・驚き・泣き、とにかく細かく変わります。テキストウィンドウだけを見ていると気づきにくいですので、是非立ち絵も合わせてご覧になってみて下さい。特に友人である宗汰の立ち絵は必見です。陽気で何も考えてないポジションのキャラなのですが、もうネタとしか思えない顔芸を見せてくれます。力の入れ具合が明らかに違いましたね。そんなコミカルな描写もあり全体的に退屈しない構成となっております。

 その他の点としましては冬の描写が印象的でした。背景はフリー素材を使っており真新しさはありませんが、そこに雪のエフェクトを使用したりとオリジナリティある演出を加えております。そしてそれ以上にテキストで冬らしい町並みを書き記しております。2学期終わりの期末テストの様子。クリスマスに向けて色めきだつ街の様子。テキストを読むだけで目に浮かぶようです。特にメインヒロインである舞がワンピースだけでいるのを不憫に思った樹が自分のコートを着せる様子が特に自然で、実に冬の一幕らしいです。春でも夏でも秋でもない冬の物語だからこそ、心に染み渡るものがあります。

 プレイ時間は私で3時間10分掛かりました。途中選択肢があり、最終的に3人のヒロインエンディングへと分岐します。個人的にはメインヒロインである舞ルートを先にプレイする事をオススメします。舞の存在こそがこの作品の醍醐味であり、舞が抱えている悩みとそれをどう解決するかに奮闘する樹とその他登場人物の様子が印象的です。何よりも、1人のエンディングを見てしまうと他のルートに入ってもある程度事実関係を知ってしまっているのでインパクトが弱くなるんですよね。そういう意味でも、記憶がないうちにメインヒロインを感じて欲しいです。舞が抱えているもの、白烏の真実、そしてその先に何が待っているのか。是非冬の温かさの中で掴んで欲しいですね。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。










































<自分のわがままを外に出しても、案外受け入れてくれる場所は沢山あると思います。>

 結局のところ白烏とは何だったのでしょうか?思うに、それは社会との繋がりを持とうとする心を持っているかどうかだと思っております。たくさんの人が行き交い目まぐるしく状況が変わる現代社会、そんな中で自分の価値をを訴える事が出来るのは自分しかいません。この作品は、自分を大切にする事の大切さと他者に関わる事の意味を教えてくれた作品だったと思っております。

 ある日突然両親から認知されなくなってしまった舞。その時の気持ちは筆舌に尽くし難いですが、その事を切っ掛けに人と関わることを諦めてしまいました。現実世界で、自分の姿が見えなくなる事はきっとありません。ですがこれに似たような状況は、実は割とあったりします。それは例えばクラスメイトから無視された時、声を出しても気づいてもらえなかった時、Twitterで呟いても何も反応が無かった時。もしかしたら、見えなくなるという事と認知されなくなる事は現代社会にとっては全く同じ意味を持つのかも知れません。であれば、認知されなくなってしまった人はもうどうしようもないのでしょうか?そうではないという事をこの作品の中で教えてもらいました。

 世の中に対して何も思い入れがなく、世界が灰色に見えていた樹。クラスメイトである宗汰や綾奈と絡みつつも、どこか表面的な付き合いしかしていない印象を持たれていました。そんな樹だからこそ、白烏となった舞に共感できたのかも知れません。一見冷めているように見えて、実は人との付き合いを求めている。まるで私達のようですね。それでもそんな気持ちを素直に吐き出せる人は中々居ないのではないでしょうか。それこそ、宗汰のように体裁を気にせずバカやれる人の方が実は立派なのではないでしょうか。どこでも誰かが自分を監視しているかも知れない。自分の行動や発言一つ一つが誰かに評価されているのかもしれない。SNSが普及し個人個人の行動が見えるかされた現代だからこそ、そんな潜在意識が生まれていると思っております。

 ですが実はそうではありませんでした。舞ルート後半で「世界なんて自分で思うほど俺たちを視てない」と書かれておりました。自分に置き換えればよく分かると思います。あなたは、外を歩いていてすれ違う人の顔一つ一つを覚えているでしょうか?電車に乗り隣に立っている人の顔を覚えているでしょうか?通勤中に出くわした学生の他愛のないおしゃべりを覚えているでしょうか?そんなものです。自分が監視されているなんて全くの誤解なのです。であるならば、もっと自分らしさをアピールしても良いのではないでしょうか。人と関わりたいのであればその気持ちを外に出しても良いのではないでしょうか。

 人生において、最も面倒臭いのは人間関係だと思っております。他人の気持ちが分からない。周りの人が自分をどう思っているか分からない。それでもコミュニケーションを取り繋がらなければいけないですし、爪弾きにされてはいけないのです。そうした時人がとる行動は、自分の存在をアピールする事ではなく周りと同調する事なんですよね。とりあえず周りと合わせていれば弾かれる事はない。そんな潜在意識が、個性を殺し自分らしさを失わせる事に繋がっていると思います。やがてそれば世界を灰色にし、知らず知らずのうちに白烏になってしまうのだと思います。それでは余りにも寂しすぎますね。一度きりの人生、自分をアピールするわがままくらい誰でも許してくれますきっと。

 最後、舞はもう一度結や家族と会いたいと心から願いました。そして自分に尽くしてくれた樹と一緒になりたいと願いました。諦めていた気持ちに火が点ったのです。その瞬間、舞の髪は黒く見えておりました。自分が何をしたいのか、他者からどう思われたいのか、その意識が変わる事が白烏から人間になる事でした。そしてこれは舞だけではありません。樹も綾奈も結も同じでした。好きな人に触れる事を恐れていた気持ち、妹に会うことを諦めていた気持ち、そんなわがままを外に出してみたら、案外上手くいってしまいましたね。人生なんてそんなものだと思います。時には失敗することもあると思います。失敗したら、別の場所で再チャレンジすれば良いんです。必ずどこかで、自分の事を見てくれる人が見つかると思います。この作品は、自分の価値を見つけ出しそれを大切にする事、そして他者との関わりを恐れない事の大切さを教えてくれた作品でした。ありがとうございました。


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