M.M しおさいのセレナード




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 6 7 81 10〜12 2016/8/26
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<高校生らしい男女の掛け合いと、湘南地域の魅力満載の思いやりに溢れたビジュアルノベルです。>

 この「しおさいのセレナード」という作品は同人サークルである「少年舎」で制作されたビジュアルノベルです。少年舎さんの作品はこれまでプレイした事は無かったのですが、サークルさんのお名前はこれまでもTwitter上や知り合いとの話の中でも出てきており知っておりました。その後神奈川県出身のサークルさんと個人的に飲んだりした中で、少年舎さんも同じく神奈川県出身のサークルさんという事で顔なじみである事が分かりますます興味を持ちました。今回プレイした「しおさいのセレナード」も江ノ島や湘南という神奈川県でも有名な観光地が舞台という事で、シナリオと合わせて舞台の雰囲気も味わおうと思いレビューに至っております。

 主人公である楢原京介はどこにでもいる普通の学生です。趣味はギャルゲーという典型的なオタクであり、クラスメイトであり悪友である永瀬拓海と共に毎日アホな事を話しながら日々を過ごしておりました。そんな京介も中学を卒業し、いよいよ高校生になります。そしてそれは京介にとってはただ高校に進学するだけではなくもう一つ大きな転機でもありました。京介は家から一番近い七里ヶ浜駅に立っておりました。理由は5年前に離ればなれになった幼馴染を迎える為です。幼馴染の名前は山上桜。彼女との再会と高校への進学が、京介の日常を大きく変えていくのです。

 この作品の魅力は何と言っても作品の舞台である湘南地域をリアルに再現している事です。京介の家に最寄りの駅である七里ヶ浜駅は実在する江ノ島電鉄の駅であり、家までの道のりも実在の場所を再現しております。京介が通う事になる高校や友人たちが住んでいる家もまた実際の湘南地域に存在する地名が出てきており、まるで自分自身が湘南地域に降り立ったかのようです。シナリオも開始1時間は5年ぶりに帰ってきた幼馴染である桜に今の湘南地域を案内するという目的で江ノ電に乗り主要な駅に行くなど、まるでプレイヤーにも湘南地域を紹介しているかのようです。地元を愛しプレイヤーに配慮したシナリオ展開は非常に好感を持ち、これから始まる彼らの高校生活を応援したくなります。

 シナリオそのものも高校生らしいほのぼのとした日常を描いております。京介は行動力はありますけどどこか抜けてる普通の高校生ですし、幼馴染の桜もおっとりとした性格でありながら好奇心旺盛で場を盛り上げてくれます。他にも中学校からの知り合いである本庄泉美や他のクラスメイト、先輩である桐島芳乃や妹の楢原頼子など登場人物の数も多く、平凡ながらもささやかで平和な日常を楽しめます。一昔前の学園モノのギャルゲーを連想させますね。ですが彼らは高校生です。思春期真っ只中であり、当然そんな平和で平凡な毎日が続いて終わる事がありません。とある切っ掛けから京介は自分の気持ちと向き合わなければいけなくなる日が来ます。その時に何を信じるのか、大切なもの何なのか、どのような決断をするのか。是非プレイヤーの皆さんも共に支え応援してあげてください。

 プレイ時間は私で10時間50分程度掛かりました。基本的に一本道であり、選択肢で悩む事はありません。またこの作品は区切りの良いところで章が分かれており、休憩などに活用して頂ければと思います。一般的な同人ビジュアルノベルと比較して割と長めのプレイ時間でした。ですがだからこそキャラクターや湘南地域に対して愛着を持つことが出来ます。取っ付きやすい導入とほのぼのとした日常、そして転換点からの怒涛のシナリオとその先に待つ結末。学園ビジュアルノベルのお手本のような展開ですね。私も物語後半で何となく結末が見えてきた時ですが、素直に終わって欲しくないと思いましたね。いつまでも湘南地域の風に吹かれたいと思える作品でした。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<過去を受け入れて未来へ進む。その決意の傍に、いつも潮騒は寄り添っておりました。>

 もうね、皆本当に不器用な人ばかりでしたね。自分自身の気持ちは素直で真っ直ぐなのに、表に出るとどうしてこうも裏目ってしまうんですかね。だからこそ、自分が信じて決断した道を突き進めた人が本当の幸せを手に入れられるのかも知れません。湘南に響き渡る潮騒は、そんな不器用で素直な彼らの事をずっと見守っておりました。

 自分にとって耐えられない出来事に直面してしまった時、そこから逃げる事は悪いことなのでしょうか。私はそうは思いません。逃げずに耐え続けて、その結果壊れてしまったらそれこそもう取り返しがつかないからです。楢原京介と山上桜は5年前に大切な家族を失いました。そしてそれだけではなく桜は湘南の海に投げ出さて、病院のベッドの上で生死をさまよう日々を過ごしました。体が耐え切れずに外界からの情報をシャットアウトしたんですね。そして京介はそんな桜の姿を受け止めることが出来ず、記憶を改ざんして忘れる事にしました。心が耐え切れず過去の事実をシャットアウトしたんですね。2人とも同じでした。心と体の違いだけ同じでした。まだ10歳の2人にとって余りにも重い出来事です。受け止められるまで逃げ続けることに対して誰も責めることなど出来ませんね。

 そして先に受け入れる事が出来たのは桜でした。目が覚めた桜は京介にも過去の出来事を受け入れて欲しく、必死にリハビリをして再び京介の前に帰ってきました。ですが結果として京介の記憶を取り戻す事は出来ず、まるで5年前をなぞるかの様に再び桜は眠ってしまいました。ですが今度は京介が過去の出来事を受け止めて帰ってきたんですね。もじ私が京介の立場だったら、ずっと夢の中で繰り返される心地よい日常に浸かりきっていたかも知れません。それでも京介はさくらの手を取りました。辛い現実でも受け止める決意をしました。もうこの時点で、京介はちゃんと過去を受け止める事が出来てたんですね。

 この作品全体を通して、京介の立ち位置は非常に不遇なものだったと思っております。クラスメイトや先輩や妹からいじられるのはまだ良い方です。後半、永瀬明から京介自身が知らなかった桜のリハビリの事実や泉美の音楽に対する葛藤を聞かされて自分を責め続けました。自分は全然過去を受け入れてないんじゃないか?相手の事を全然理解していないんじゃないか?結果としてそんな不安がずっと京介を引きずってました。でも私は思いました、そこまで京介に責任を感じさせる必要はないんじゃないかと。確かに京介はどこか抜けた性格です。そのくせ生真面目ですので人一倍悩みを引きずってしまいます。であるならば、そんな京介の性格を理解して周りが支えてあげるのはどうでしょうか。

 13章の時点で京介は過去を受け入れておりました。後は京介が未来へ向けてどうしたいのかを決断するだけでした。最後の最後、桜を病院から連れ出すあの出来事はそんな京介の性格が掴み取った一番の宝物だったと思っております。今までふざけ合っていたクラスメイトや京介の事を嫌いだと言っていた明ですら味方したのです。皆心の奥では分かっていたんですね。京介の決断は時に突拍子もないけど信頼できると。最後の最後まで本当にみんな不器用。でも桜は目を覚ましました。さてここから新しいスタートですね!まだまだ人生は長いですからね!折角取り戻したクラスメイトとの信頼です。思う存分高校生活を楽しんで欲しいです。

 そして彼らの未来ある高校生活の傍にはいつも湘南の潮騒が隣にいます。というよりも5年前からずっとその潮騒は変わらず傍におりました。どんなに生活環境が変わっても、どんなに人間環境が変わってもその潮騒だけは変わらずそこに居続けます。この作品において湘南地域である事は決して欠く事は出来ません。湘南地域であることに意味があるのです。全ての始まりの地であり、全ての出来事が起こった地です。当たり前に存在しているもの。だからこそ桜はそんな潮騒を聞いて安心して目を覚ましたんですね。周りが見たら奇跡に見える出来事。でも奇跡でもなんでも無かったんです。ただ当たり前にそこにある。それを思い出したときが物語の終わりの時でした。

 最後の最後で「今を平穏に生活できている奇跡に気が付いていないだけ」という象徴的なセリフがありました。私もそう思います。今当たり前に生きている事は実はとても運がいい事なんだと常々思っております。京介や桜にとっては辛い出来事や生死をさまよった出来事を経験しているから尚更でしょう。ですが、私は思います。もし奇跡と呼べるものがあるとしたら、それは潮騒そのものなんじゃないかと。ただ当たり前に潮騒が聞こえている事、それが一番の奇跡だと思いました。そんな潮騒が響き渡る湘南地域で起こったとある男女の出来事。将来大人になりあの時の出来事を忘れたとしても、潮騒だけはいつまでも忘れずそこにいてくれると思っております。ありがとうございました。


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