M.M 死ぬよりもつらいこと
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
7 | 6 | 5 | 74 | 1〜2 | 2020/5/2 |
作品ページ | サークルページ |
<自殺という表立って扱いにくいテーマを、ストレートなテイストで描いております。>
この「死ぬよりもつらいこと」という作品は、同人サークルである「未来色原石」で制作されたビジュアルノベルです。未来色原石さんの作品では、過去に「あなたの命の価値 リメイク」をプレイさせて頂きました。命の価値、人との信頼関係という物について直球で描いているシナリオが印象的でした。あまりにも直球ですのでレビューの余地がない位メッセージ性が強く、好き嫌いもハッキリと分かるサークルさんだと思っております。そんな未来色原石さんの代表である浦田一香氏からですが、今回私のHPでキリ番を踏まれたという事でメールを頂きました。この時指定されたのが、今回レビューしている「死ぬよりもつらいこと」です。作品のテイストは恐らく「あなたの命の価値 リメイク」と同じだろうと思いましたので、今度はこのテイストで何を魅せてくれるのだろうと楽しみにプレイし始めました。
主人公である大水真一郎(ハンドルネーム:ran)は、ある日自身のSNSアカウントでとある声掛けをしました。それは「自殺で残された人で集まりませんか?」というものです。自殺で残された人、日々の生活の中で自殺という物に直接関わる人は決して多くは無いと思います。ましてや、自殺にまつわる体験談を語るなど積極的に出来るものでもないと思います。それでも呼びかけたのには、大水真一郎の確固たる想いがあったからでした。そして、その呼びかけに対して2人の方が手を挙げました。1人は衣笠海翔(ハンドルネーム:ヨウ)という男性で、うつ病を患っております。もう1人は浦木杏(ハンドルネーム:ザクロ)で父親を早くに亡くしております。3人はとある喫茶店に集まり、それぞれどのような形で自殺に関わったのかを語り始めました。3人のエピソードの中から、生と死や自分らしさ、幸せという物について考える物語が幕を開けるのです。
公式HPでも書いておりますが、この作品は自殺をテーマに扱っております。自殺は良くないという風潮は世の中的に当たり前のものになっていると思います。そもそも、自殺が良くないという風潮があっても無くても、自ら死のうとする行為を好き好んでする人はほとんどいないと思います。それだけ、自殺しようと思う人にはそれなりに理由と事情があるという事です。当事者にしか分からない、当事者同士でも事情が違えば本当の意味で寄り添う事が出来ない、そんな非常にデリケートなテーマをデリケートに表現しております。言ってしまえば、自殺に関わった事が無い人は自殺について論じても響かないんだと思いますね。もちろん想像力を働かせれば寄り添う事は出来ますけど、事実として経験しているかいないかは絶対的な壁になると思っております。そんな、自殺の内側にいる人たちの会話をまずは真っ直ぐに受け止めてみて下さい。
その他の特徴としてBGMが挙げられます。この作品は背景素材以外は全てサークルさんオリジナルとなっております。その中でもBGMにつきましてはプレイ時間に比較して非常に多くの曲数が用意されております。自殺をテーマとした作品ですので暗く悲しい曲が多いイメージをお持ちになるかと思いますが、実際はそんな事は無く朝の明るい雰囲気や日常の何でもない雰囲気など様々なジャンルの曲があります。そしてエンディングにはボーカル曲が用意されており、歌詞と合わせてこの作品の総括的な役割を果たしております。また、これらのBGMやボーカル曲は全て音楽モードで聴く事が出来ます。サークルさんのコメントも添えてありますので、是非全てプレイし終わった後の思い出と共に聴いてみて下さい。
プレイ時間は私で1時間30分でした。選択肢はなく、一本道でエンディングにたどり着く事が出来ます。構成的には3人の登場人物がそれぞれの自殺にまつわる体験談を話すスタイルですので、1人30分程度のエピソードが用意されております。そのどれもが生々しくリアルなエピソードで、気が付けばのめり込んでおりあっという間に終わってしまいました。これは、自殺という物についてたった3人のエピソードを拾い上げただけです。もちろん、自殺に関わる理由は人の数だけ存在します。大切なのは、この3人のエピソードからどれだけ想像力を広げられるかだと思っております。人の感情が見えやすく自分らしさを失いがちな現代だからこそ、是非人の言葉に耳を傾けて咀嚼してみて下さい。オススメです。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<あなたの人生はあなただけのもの、まずは今日を生きてほしい、この事はずっと胸に刻んでおきたいと思いました。>
「君を歩むのは君しかいないから」「今日だけでも生きて」
最後、エンディングで流れた「君がいなくなったあとの世界」の歌詞の一節です。自殺という物については、一人ひとりに事情がありますので一概にこうするべきという事を決めることは出来ません。それらしい言葉を掛ける事はかえって考え方や方向性を縛る事になり、逆に相手を傷つける結果となります。それでも、自分の中で確固たる何かを用意する事は大切な事です。それが、私にとっては歌詞の中にあるこのフレーズかなと思っております。どのような人生でも、それを歩むのは自分自身しかいません。幸せの形も、自分でなければ分からないのです。そして、その幸せの実現の為にはとにかく生きるしかありません。それでもずっと生きるのはしんどいので、せめて今日だけでも生きてそれを積み上げていこう。そんなメッセージを感じました。生きる事は死ぬよりもつらいことです。それでも、生きてほしいですね。
真一郎は素敵な出会いがあって良かったですね。ノベルゲームなんてゲームの中では残念ながらマイナージャンルですし、ましてや同人ともなれば何か特別な切っ掛けが無ければ出会えないのが現実です。ですが、真一郎は出会う事が出来ました。しかも、そのノベルゲームの製作者がなんとクラスメイトにいたのです。橋野栄一のノベルゲームに対する情熱は真っ直ぐで、この熱量には真一郎でなくても圧倒され引き込まれるものがあると思いました。だからこそ、事故に合い右腕を失った栄一の落胆は想像以上だったと思います。皮肉なものですね。栄一が情熱をもって取り組んでいたノベルゲーム、その才能が真一郎にはあったのですから。そして一つ運が悪かったのは真一郎の想像力の欠如でした。栄一はノベルゲームが好きなのだから僕がノベルゲームを作れば喜んでくれるに違いない、これが逆効果になるなんて夢にも思わなかったのでしょうね。タイミングが悪かっただけなのだと思います。栄一が自殺する可能性が示唆されつつもまさか本当に自殺するなんて思いもしないものです。自殺の話であり、創作の話でした。そして、栄一が自殺した本当の理由が分からないまま、3人での会合に臨む事になりました。
私、この作品の中でこの衣笠海翔に最も共感出来ました。共感した場所は「なぜか俺は泣けなかった、俺は冷たいのか?」と思った場面です。私はテレビなど世の中のメディアを見て常日頃思うのですが、どうにも人の感情を正しい正しくないと無意識的に振り分けている様に思えてならないんです。こういう場面では笑うところだ、こういうところでは悲しむものだ、いわゆる空気を読むという奴ですね。そして、そうした空気を読む事が苦手な方は周囲から孤立してしまう現実があります。あいつは変な奴だと、指を差されるのです。別に、変な奴な事が悪い事でも何でもありません。変だからと言って迫害したり差別する事が良くないのです。海翔はその後うつ病を発症してしまいましたが、これも周囲から受け入れられる事はありませんでした。祖父の姿はその象徴ですね。その為母親との中も悪くなり、もうこうなってしまっては死ぬしかありません。そんな、どうしても世の中と上手く渡り合えないつらい内情に共感出来ました。自殺の話であり、共感の話でした。
そして最後の発言者である浦木杏です。彼女はずっと罪の意識に苛まれていました。自分の不用意な発言で父親が死んでしまった、それは決して事実ではありません。何故なら、冷たい言い方をすれば死ぬ事を決めたのは父親だからです。最もあの遺書の書かれ方を見せられては難しいところかも知れませんが、少なくとも杏が父親を殺したというのは全くの間違いです。それでも、そんな風に思わないとやっていけないのだと思います。そしてそれは、妹も同様だったのだと思います。妹がグレたのも杏が悪いのではありません。タイミングと運が悪かったのです。交通事故で死んでしまいましたが、決して杏が悪い訳ではありません。世の中しょうがない事もあると、何とか自分を奮い立たせればいいのですけど、そう簡単には行きませんね。その上での難病発覚です。神からの罰と思っても仕方が無いと思います。真一郎や海翔と明確に違うのは、ハッキリと余命が決まっている事です。この絶望感は本当に創造出来る範囲を超えていると思いました。病気になった人の気持ちは病気になった人でないと分からない、辛いところだと思いました。それでも杏の事を慕ってくれる人がいました。自分がこんな体だからこそ、杏は真剣に相手の事を考えました。自分の恋心に鍵を掛けるのも立派な選択だと思います。自殺の話であり、恋の話でした。
それでも最後、真一郎の計らいで杏と準は再会出来ました。そして、お互い本音を伝え結婚する事が叶いました。私は羨ましいと思いました。酷い人生ですけど、それでも好きな人と結ばれる事が出来たのですから。私も35歳ですけど、未だに独身ですからね。もちろん独身が悪い事では無いのですけど、誰もが当たり前にやっている事が出来ない事はどうしても気になってしまいます。幸せの形は人それぞれ、それでも世間体を気にしてしまったり、寂しいと思ってしまう事は避けられませんね。自殺するほどでもないけれど何か漠然とした不安に悩んでいる、世の中そんな人ばかりなのだろうと思います。隣の芝生は青いですが、もしかしたら相手も自分の芝生を青いと思ってるかもしれませんからね。ですが、誰にでも共通しているのは冒頭の歌詞の一節だと思います。あなたの人生はあなただけのもの、まずは今日を生きてほしい、この事はずっと胸に刻んでおきたいと思いました。ありがとうございました。