M.M 世界で一番悲しい笑顔




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 8 6 78 2〜3 2017/5/29
作品ページ サークルページ



<読みやすいテキストと切ないBGMに包まれながら、物語の結末を見つけていきましょう。>

 この「世界で一番悲しい笑顔」という作品は、同人サークルである「→Quantize_」で制作されたビジュアルノベルです。→Quantize_さんとの出会いは、サークルのシナリオ担当である紅音久遠氏にTwitterでフォローして頂いた事でした。Twitterでのフォローですので出会いといえるのかどうか微妙ですが、プロフィールを拝見しビジュアルノベルを制作されている方だと知り、加えて「世界で一番悲しい笑顔」という自分的にツボにハマりそうなタイトルが気になっておりました。その後おすすめ同人紹介のみなみ氏にも個人的に勧められた事もあり、満を持してプレイする事にしました。

 主人公である芹沢雅玖は毎日パチンコに通う、いわゆるパチンカスと呼ばれる人間です。それでも普通に大学を卒業して普通に機械メーカーの会社に就職する事が叶いました。ですがその会社での人間関係や仕事の失敗に挫折してしまい、いつの間にかパチンコにハマってしまったのです。同情の余地があるものの再就職の準備もせず、ただ毎日パチンコに通う姿は褒められるものではありません。そんな彼ですが、自分の人生を大きく変えてくれる人と出会う事になります。何となく立ち寄った近くの公園、そこで出会ったお菓子をねだる女の子。自分の人生を見つめ直し前を向いて歩く物語が、ここから始まるのです。

 この作品のタイトルは「世界で一番悲しい笑顔」です。そして公式HPのトップページには「この世界はあまりにも不条理でどうしようもなく生き辛い。」と書かれております。これだけでこの作品が決して明るいものではない事が分かります。パチンコに通う主人公の人生が灰色という意味でしょうか。それとも公園で出会った少女に何か唯ならぬ理由があるという事でしょうか。悲しい笑顔とは誰の笑顔でしょうか。色々な想像が働きます。ですが、プレイヤーの皆さんにはまずはそうした想像を頭から外して頂きありのままにテキストを読んで欲しいと思います。この作品で描きたいテーマは非常に直球なものです。そして直球な分真っ直ぐにプレイヤーの心を突き刺してきます。二人の男女の物語の結末からあなたは何を感じるでしょうか。是非彼らの生き方から、何かあなたの心に残るものがあればと思います。

 一番の特徴としてBGMが挙げられます。→Quantize_さんはシナリオ担当の紅音久遠氏と音楽担当のtai_氏の2人で構成されているサークルさんであり、作中のBGMは全てtai_氏のオリジナル楽曲です。その特徴はピアノを中心とした柔らかいものであり、不条理な世界とその中を生きる彼らの姿を鮮明に映し出します。楽曲の多くから感じる印象は「切ない」でした。元々作品のプロットが「悲しい物語」ですので切なく感じるのは自然です。それがテキストだけではなくBGMの両面から感じることが出来、プレイヤーの感情を高めてくれます。全体としてやや控えめなサウンドが多いですので、プレイ中は余計な雑音を出来るだけ排除した環境を用意して欲しいですね。

 その他の点としましては日常の何気ない描写が非常に具体的なところが挙げられます。あまり書くとネタバレになりますので1つだけ紹介しますが、パチンカスである主人公が毎日どんなスケジュールでパチンコ店に向かうのかが非常に丁寧に書かれております。朝早く行かないと優先チケットが貰えない、台は角にある人気の機種でないと当たらない、今日は6万勝った、今日は4万負けた、あと財布にいくらある、これで明日は勝てる負ける、そんなリアルな描写が印象的でした。勿論パチンコのみならずその他の場面も具体的に行動を書いております。このテキストの細かさにも注目して欲しいです。

 プレイ時間は私で2時間10分掛かりました。選択肢はなく、自分のペースでエンディングまで進む事が出来ます。またこの作品は章単位で分かれておりますので、章と章の区切りで休憩するのが良いと思います。私も章が終わるごとに5分程度の休憩を挟みプレイさせて頂きました。また一日終わるごとにカットインが入るようになっており、時間経過が明確ですので場面の切り替わりが簡単に把握できます。システムや演出の細かい部分が痒いところに届き、印象が良いです。読みやすいテキストと切ないBGMに包まれて、果たしてなにが不条理なのか、なぜ悲しい笑顔なのかを探していきましょう。オススメです。


→Game Review
→Main


以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<本当、生きにくい世界。だからこそ、何か1つでも大切なものを見つけてそれを信じて生きていきたいものです。>

 もう、自分からは何も解説する事がありませんね。言いたい事は全て作品の中で言ってくれました。批評もなにもあったものではありません。たとえ不条理な世界の中でも、前を向いて歩き続けなければいけない。本当、この事が伝わればそれで良かったのだと思います。

 物語の転換は劇的でした。毎日決まった時間に現れる美羽、何か人には言えない事情を抱えているのは予想しておりました。ですがそれがまさか余命3ヶ月と宣告されていた事だとは思いませんでした。それ程までに無邪気で寂しさを感じさせない振る舞い。お菓子を貰う姿なんて、もう子供のそれにしか見えませんでした。ですが、途中から気づいていたのですが美羽は別れの時は必ず「今日は……バイバイ、だね」って言うんですよね。これってきっと二度と戻れない今日という日、もっと言えば一日一日を噛み締めて生きてそしてサヨナラしていこうっていう想いがあったんですね。悲しい、と自分は軽々と言えません。この気持ちは、美羽本人しか分からないのですから。

 父親に裏切られ、母親に先立たれ、余命3ヶ月。勿論誰もがそんな状況になれませんので想像ですが、自分だったら公園にすら行かないと思います。ただ不貞腐れて、毎日テレビ見てゲームしてそのまま死ぬんだろうと思います。それでも美羽は毎日公園に足を運びました。もう何も出来なくて死んでしまう。でも、もしかしたら何か起こるかも知れない。例え1%でも何か起きて欲しい、その想いが雅玖との出会いを引き寄せたのだと思います。父親の姿に重なった雅玖の振る舞い。今自分が出来るのは、雅玖をパチンカスの道から連れ戻すこと。そう思った美羽の行動力は凄かったですね。人生が掛かっているのです。本気になり全力をつくしたのは誰が見ても分かりました。

 そしてそんな美羽の気持ちは確かに雅玖に伝わり、雅玖も美羽に恩返しがしたいと思うようになりました。それはお礼を言うとかプレゼントするとかそんな事ではありません。余命3ヶ月の彼女の人生を形に残したい、雅玖の壮大な夢を現実の物にしようと動き始めました。この作品、確かに不条理を宣伝にしております。ですがこれってプレイしていくうちにどんどん消えていってると思いました。パチンコ店の現状、シゲさんの自殺、治らない病、確かに不条理です。ですが雅玖が見つけたバイト先である瀬川製菓の人々は皆とてもいい人ばかりでした。そして彼らの協力・努力・人を見る目がなければ、美羽と雅玖の夢のクッキーは完成しなかったのです。もしかしたら、それは雅玖の世の中に対する見方が変わったからなのかも知れません。物語最後、モノクロだった街の景色は色鮮やかになってました。不条理な世界にしていたのは、他ならぬ彼らの深層心理だったのですね。

 精一杯のおめかしをして行ったしののめランド。全てのアトラクションが楽しく、ナイスくんとハッピーちゃんも可愛く、高台から見る景色はとても輝いて見えました。死が目の前に迫っていても最後まで一緒に楽しく生きる、そう決意したからこそ目の前の景色が明るく見えたのだと思います。奇跡なんて起こりませんでした。高木先生の診断通り、美羽はその若い命を散らしてしまいました。だからこそ、人はその一瞬一瞬を大切に生きるのだと思います。そして前を向いて足を進め、その先にある生きる意味を見つけるのだと思います。終わりなんてないですね。終わりがないというよりも、死が迫った時にどう思えたかに掛かっているのだと思います。若くても中年でも年寄りでも、前を向いて歩き続けなければいけないのです。そこに余命の長さは関係ないのだと思います。

 本当、生きにくい世界だと思います。仕事は大変ですし人間関係は面倒くさいですし、SNSを開けば皆が皆好き勝手な事を言っておりますし、そんな情報もあっという間に流れていってしまいますし、自分が何を信じて何を目指して生きていくのか、本当に見つけにくい世界だと思います。それでも何か大切なもの1つ見つけて、それだけは大切にしていきたいものです。雅玖はお菓子作りという道を見つけました。それは美羽と一緒に見つけた道でした。であるなら、雅玖にとってお菓子作りの道を進む事が美羽と生きるという事ですね。いつでも美羽はそばにいるんですね。そう思ったとき、何故か自分が安心してしまいましたからね。もう雅玖は一人で歩いて行けるな、そう思えた時が物語の終わりの時でした。この作品は人生観を直球に表現した作品、そして奇跡などない現実的な結末を描いた作品でした。だからこそ彼らの生き方が心に残りました。私自身も、大切なもの無くしてはいけないものを見つけてこれからの人生を歩んでいかなければと思いました。ありがとうございました。


→Game Review
→Main