M.M 青春タイムライン




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 4 5 74 4〜5 2017/2/28
作品ページ サークルページ(作品ページと同じ)



<がむしゃらに真っ直ぐに、時に寄り道をしながら自分の心と向き合う姿を見届けて欲しいですね。>

 この「青春タイムライン」という作品は同人サークルである「focus64」で制作されたビジュアルノベルです。focus64さんはここ最近の即売会で何度かお見かけした事があり、その度に今回レビューしている「青春タイムライン」の体験版を頒布しておりました。私も即売会の度に体験版の方を手に取らせて頂き、高校生が部活動を通して映画を作り上げるというまさに青春ど真ん中な設定にワクワクした事を覚えております。そしてCOMITIA119でついに完全版が頒布されましたので、本腰を入れてプレイさせて頂き今回のレビューに至っております。

 舞台は自然と映画の街である天原市です。主人公である田向遥斗は別の街から転校してきた高校2年生であり、フリーの映像作家である父親の影響もあって遥斗自身も映像の編集作業を趣味としておりました。そんな遥斗が転校初日に近所にある水咲川を散歩します。するとそこにはビデオカメラを回し真剣に撮影を行っている少女がおりました。名前は河瀬明日香、遥斗がこれから通う事になる天原市立水咲高校にある映像研究会(通称ゾウケン)の部員です。明日香に手を取られゾウケンに入部する事にした遥斗、1人また1人と加わる個性豊かな仲間たち。彼らと映画を作る時間は、きっと何よりも大切な思い出になる事でしょう。青春物語が幕を開けるのです。

 この作品のテーマはずばり「青春」です。主人公遥斗を始め、ヒロインである明日香、深月、ユイの4人は皆それぞれ得意分野を持っております。明日香はシナリオ、深月は衣装、ユイは絵コンテ、そして遥斗は監督と撮影とそれぞれが役割を担いながら映画を作っていきます。誰もが映画に対する情熱を持っており、勢いに乗せて着実に作品は出来上がっていきます。ですが彼らはまだ高校生です。そして映画製作は初めての経験です。時に作品の出来上がりに納得いかなかったり、作品以外の部分に目移りしてしまったり、楽しさと真剣の狭間で迷ったりします。情熱だけで映画は作れないんですね。4人とも葛藤を抱えその度に映画製作が中断され、何が作りたいのか分からなくなってしまいます。ですがそれこそが青春というもの。彼らには自分の心に突き動かされるままに行動出来る権利があります。がむしゃらに真っ直ぐに、特に寄り道をしながら自分の心と向き合う姿を見届けて欲しいですね。

 そしてこの作品は映画を題材に扱っているということで、ところどころに映画にまつわる雑学が散りばめられております。登場人物達が雑談の中で話す映画の話題ではタイトル名や監督の名前がふんだんに登場し、シナリオライターの方の造詣が伺えます。また映画製作におけるポイント、カメラの使い方、絵コンテの書き方なども説明されており、実際に映像作品を作った方でないと語れない要素が盛り込まれております。青春タイムラインに登場する彼らはまだ高校生の素人ですが、製作スタッフからはにわかではなくプロの映像作成に関わっている雰囲気を感じます。他には漫画やアニメやゲームなどのパロネタを大量に盛り込み、リアルな高校生らしい日常の姿を演出しております。特別パロネタが嫌いとかそういった方でなければ気にならないとは思います。時代としましては私と近いかも知れませんね。2000年前後に学生だった方であれば云々と頷けるネタばかりだと思います。

 プレイ時間は私で4時間10分でした。この作品はヒロイン3人の個別ルートにプラスしてグランドルートの計4ルートが登場します。選択肢は比較的多いですが、そのどれもが彼らの映画作りの日常を映し出すものばかりで分岐の為というよりはエピソードを垣間見る為の選択肢です。3人を攻略していく中で全ての選択肢を選ぶことが出来ますので、是非全てのエピソードを覗いて未読テキストが無いようにして欲しいですね。ですがシステム面ではやや不安が残りました。会話ウィンドウが消失する、音量が不安定になる、ロードが遅い、ムービーが再生されないなどの事象が少なからず見受けられました。特に私だけだったのかもしれませんが、本来グランドルートに入るはずなのに入らなかった事象も起こりました。折角の青春の爽やかな物語がこういったシステム面の不具合で中断されるのは勿体無いですね。ところどころでの自分なりの対処法とサークルさんに確認したグランドルートの入り方をこちらにまとめておりますので、興味がある方はご覧頂ければと思います(微ネタバレ注意)。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<青春とは自分の感情を表に曝け出す事、自分自身と向き合う事を彼らに教えてもらいました。>

 振り返れば最初から最後まで高校生らしさ満載の物語でした。「砂とカナブン」を見て映画を作りたいと決意した河瀬明日香、その熱意に惹かれ田向遥斗、黒沢深月、常寺ユイという個性的ながらも確かな情熱を持ったメンバーが揃いました。ですが、全員が始めからその情熱を表に出していたわけではありませんでした。というよりも情熱をどうやって表に出すか分かってなかったんですね。この作品は、映画という物に向き合うことで自分自身と向き合うことの大切さを理解する物語だったと思っております。

 良い機会ですので青春という言葉を辞書で引いてみました。意味は、

@:春のこと。
A:年の若いこと。また、年の若い時代。
(出典:漢字源第五版)

だそうです。この作品では勿論Aの意味ですね。青春という言葉って、世の中的には「心を曝け出す様子」とか「熱い気持ちになる様子」とかを指し示す時に使われている印象ですけど辞書的にはそういった意味はなかったんですね。青春とは若いという事そのもの。であるならば、若さという事について考える事が青春を理解する事に繋がりますね。

 皆さんはこの作品のどんなところに若さを感じたでしょうか?ユイが「みんなでもっとわちゃわちゃやりたい」と思い撮影と並行して遊び倒し、最後雨の中で自分の行動を悔やんだ場面でしょうか?深月が他人から言われる好きとか才能という言葉にプレッシャーを感じ、それを遥斗に指摘されて「何が分かるの!遥斗に!」って言葉を荒げた場面でしょうか?明日香が夜の水咲川の美しさに見とれ「今撮らなくちゃいけない!」と思い立ち深夜の撮影を始めた場面でしょうか?そしてこれらの共通点は何でしょうか?全て登場人物達が自分の感情を表に曝け出した場面でした。若さとは自分の感情を表に曝け出すこと。その行動を振り返った時に、それを青春と呼ぶのかも知れません。

 ですが高校生の彼らにとって青春とは自分の感情を表に曝け出すことだけでは足りません。それだけだったら赤ん坊や小学生と何ら変わらないのです。そもそも彼らは何故自分の感情を曝け出したのでしょうか?普段は多少のテンションの差はあれど理性的であろうとする彼らが感情を曝け出す必要があったのでしょうか?改めて振り返れば、彼らが感情を曝け出したのは自分の事を不甲斐なく思った場面ばかりでした。誰かに怒るのではなく、自分自身に怒ったのです。エリクソンの心理社会的発達理論の中で、思春期で達成しなければいけない課題としてアイデンティティの確立があります。アイデンティティとは自己の同一性の事です。自分は自分である、他人とは違う自分だけの物があるという事を確立するのです。まさにこれこそが自分自身と向き合う事そのものでした。自分の感情を曝け出すこととアイデンティティを確立すること、その両方が青春と呼ぶのに必要だったのです。

 グランドルートの中で、遥斗は自分が編集した映像に何も魅力を感じてませんでした。全て他人や他の作品のコピーばかりで自分らしさが無いと嘆いていました。ですが社会人になった私たちであれば遥斗の葛藤は理解できるし当り前のものだと思うと思います。物事において、過去の作品をお手本にするのは基本です。学ぶとは真似るという意味であり、全て独学で作り上げることは過去の歴史を一人でなぞる事です。そんな事は不可能ですので、あらゆる作品に誰かの思想は少なからず入っております。何が言いたいのかといいますと、遥斗は自分の作品に個性がないと悩んでましたがそんな悩みは不要だという事です。でも、こういうのって理屈では納得できないんですよね。理屈で納得できたらそれは若さとは呼べませんね。だから遥斗は最後のシーンを再び撮影に行きました。荒削りでも自分で納得のいくものを撮る事ができました。この時ようやく遥斗もアイデンティティを確立できたんですね。感情を曝け出し自分自身と向き合う、まさに青春そのものですね。

 感情を曝け出し自分自身を向き合う事が出来た彼ら、その情熱は確かに他のメンバーにも伝わりました。この作品でもう一つ大切な事、それは4人揃ってのゾウケンだという事です。どれだけ個人で頑張っても周りが協力してくれなければ映画は完成しません。ユイの絵コンテ、深月の衣装、明日香の演技、そして遥斗の撮影、全てに想いが有り情熱があったからこそ他のメンバーも協力したのです。まさに部活動そのもの。これもまた若さであり青春です。彼らが大人になったとき、当時の思い出はきっとフィルムのタイムラインの様に蘇るのだと思います。それは一瞬であり儚いもの、ですが間違いなく自分が本気になって取り組んだものです。その時の思い出は、ちょっとのこそばゆさと共に人生の糧になっていると思います。ありがとうございました。


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