M.M SeaBed




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 9 - 86 10〜12 2016/6/6
作品ページ サークルページ
(作品ページと同じ)



<この作品はミステリーです。ですが謎解きは登場人物と別に行うのではなく、登場人物に寄り添いながら共に行いましょう。>

 この「SeaBed」は同人サークルである「paleontology」で制作されたビジュアルノベルです。今作はCOMITIA114で頒布されたpaleontologyさんの処女作であり、ジャンルは百合要素を含むミステリーです。発売当初から同人ゲームをプレイされている方々の間で話題となっておりまして、私も早めにプレイしなければと思い今回のレビューに至っております。SeaBedとは日本語で「海底」を意味する英単語です。そのタイトルの通り、まるで海底にいるかのようなまどろみの中で真実を探し求めるような独特の雰囲気を楽しませて頂きました。

 主人公である水野佐知子には大好きな幼馴染がおりました。それがヒロインである貴呼であり、幼稚園の時に出会ってからいつの間にか2人はいつでも一緒にいる関係となっておりました。中学高校と一緒に進学し、旅行に行く時もいつも一緒、卒業後はもちろん一緒の会社に就職し、その後退職したあと2人でデザイン会社であるクローバーデザイン事務所を立ち上げました。同棲しながら同じ会社で当たり前のように同じ時を過ごす2人、ですが最近佐知子は突発的な発作と耳鳴りに悩まされるようになります。それでも貴呼がいれば何も問題はありませんでした。それでも気になった佐知子はかつての旧友であり現在は精神科医をしている楢崎響の元を訪ねます。彼女の診察で明らかになっていく2人の間の出来事、日常の中に見える小さな矛盾、そして物語はまるで海の底に潜るかのように混迷を極めていきます。

 この作品の特徴は、やはりSeaBedというタイトルにもあります通りの海底にいるかの様なフワフワした感覚です。突然ですが、もし皆さんが夜眠りについて目を開けたら海底だったらどうするでしょうか?別に海底でなくても、例えば視界が0の霧の中に佇んでいたらどうするでしょうか?壁一面真っ白な部屋だったら?恐らくは今自分がどこにいるのか手探りで探そうとすると思います。海底の中は数十メートルも潜ればもう真っ暗闇だそうです。ヘッドライトがあっても地上を照らす事は出来ないと思います。ですが海底は別に真っ暗なだけで何もない訳ではありません。魚も泳いでますしゴミも漂っている事でしょう。ですが、魚を見つけたからといってそれが何の手掛かりになるでしょうか?ゴミに書かれている文字を読んで自分の居場所が分かるとでも?何が言いたいのかといいますと、たった一人で見知らぬところに放り投げられたらそこから自分の居場所を特定するのは非常に困難だという事です。

 SeaBedをプレイしている感覚が、まさにこのたった一人で見知らぬところに放り投げられた感覚なのです。物語冒頭、佐知子と貴呼の馴れ初めの様子が描かれます。その後2人で行った旅行の様子も何度も描かれます。中学高校の時のエピソードも数多く語られます。ですが、それらのパーツだけでは全く物語の目的地にたどり着けないのです。これが本当に不思議な感覚でして、数多くの情報を与えられているようでそれが殆ど繋がらないのです。まさに海底を泳ぐ無数の魚の様。私もプレイしていて正直焦りました。この作品は何が言いたいのだろう?2人のエピソードを延々と見せられてどう繋がっているのだろう?どこかに手がかりを落としていないのか?あの些細な言葉が後々生きてくるのか?とにかく色々と余計な事ばかりが頭を支配して、まさに海底の中で目印を探してもがき続ける存在そのものでした。

 なので私はある時から文章一つ一つを読み解くことを半分諦めました。もがいても何もわからないならいっそのこと漂ってみようと。何も考えずに海の景色をボーっと眺めてみようと思いました。この作品を楽しむ方法はきっとこうなんだろうと思います。主人公である佐知子もヒロインである貴呼も、どこか精神的な悩みを抱えております。登場人物達の記憶が曖昧であるなら、プレイヤーがそんな彼女達を差し置いて事実関係を把握する事など出来るはずがありませんね。この作品はミステリーです。謎解きです。ですが謎解きは登場人物と別に行うのではなく、登場人物に寄り添いながら共に行いましょう。何が真実で何が嘘か、彼女らが求めている物は何なのか、解き明かすのではなく見届ける感覚で読むのが良いと思っております。

 そしてこの作品の最大の魅力は、日常の描写の圧倒的なリアルさです。断片的に提示される日常の様子は写真を加工した背景や数多くの効果音で視覚的聴覚的に教えてくれます。そしてテキストの殆どが会話です。その時間その場所で2人が話した事や思った事のみが書かれております。まるで自分自身もその場にいて一緒に会話を聞いているかのようです。2人が旅行をしている雰囲気、オフィスで仕事をしている一コマ、鍵となるとある田舎の旅館での出来事、まずはこのリアルな日常の描写に身を委ねてみては如何でしょうか。まさに海底に体を預けるかのよう。仰向けのまま太陽の光を見ながら、そこを泳ぐ魚の群れを見上げながらどんどん海底へと沈んでいきましょう。沈んだ先に待っているのはどのような結末なのか。それはたどり着いたあなたにしか分からないでしょう。

 その他に注目するべき点はBGMが挙げられます。SeaBedというタイトルの通り、海底に潜っているかのような柔らかい選曲が多いです。特にピアノを中心に奏でられる曲が多く、どこか幻想的でありながら日常の描写をサポートしております。雰囲気をBGMで味わい、場面場面の描写をテキストと背景と効果音で味わうのが理想的な楽しみ方ですね。後は1枚絵が比較的多いですね。定期的にCGが登場し、プレイ後に見返すだけで「ああ、そんなエピソードもあったな」と思い出すことが出来ます。他にもカットインの演出やちょこちょこ動く立ち絵も独特の雰囲気を演出しております。ビジュアルノベルの要素をふんだんに盛り込んだ演出の全てを堪能して欲しいですね。

 プレイ時間は私で約10時間40分程度掛かりました。この作品は途中幾つかの章に分かれており、各章平均で約1時間程度です。それぞれの章でメイン視点が違っておりますが、上でも書きましたとおり全体を通して非常にフワフワとした雰囲気であまり章ごとに大きな違いは感じないかも知れません。また同時に前に進んでいるのか後ろに戻っているのかすら分からない構成ですので、自分のプレイ感覚以上にプレイ時間は進まないと思います。どっぷり浸かると自分を見失ってしまうかも知れませんので、是非章が変わるタイミングで伸びをしたり飲み物を飲んだりしながら小休止をとって進めるのが良いと思います。考えれば考えるほど、足掻けば足掻くほどどツボにはまっていきますので、雄大な海の流れに身を任せて読んでみては如何でしょうか。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<深い深い海の底に沈んでいたのは、自分を理解し救ってくれる存在でした。>


「幸せな日々だったわね、これからもね、さよならね」


 たったこの言葉を確認するために随分と回り道をしてきました。この作品は愛する人を失った2人がどうやってそれを乗り越えていくかを表現した作品だと思っております。一見断片的に語られて繋がりなど全くないように思えた数々のエピソード、それらは全て2人がお互いの関係を確認しそれを乗り越えていくためのステップでした。とても美しい雰囲気。まさに百合の雰囲気にあふれた作品でした。

 人間にとって記憶というものは決して失ってはいけない大切なものです。それは自分自身の存在そのものであり、記憶が自身の人格を作っております。自分がどこで生まれたのか、どんな学生生活を送ったのか、好きな科目は何なのか、どんな食べ物が好きなのか、それら一つ一つが自分を形造る大切な要素であり、一つとして失ってはいけないものです。そして全ての記憶は自分の感性と直結しております。「記録」されているだけではダメなんです。記録された出来事に自分の感情が繋がってないと記憶として残りません。記憶は事実だけではなくその時の淡い気持ちも同時に思い出します。良いも悪いも全てが大切な記憶であり、数々の失敗と経験を繰り返して今の自分が存在しております。

 この作品は全体を通して「記憶」「夢」というものの在り方について表現しておりました。記憶には意識的なものと無意識的なものがあります。意識的な記憶はもちろん自分自身も把握しておりますのでコントロールしながら生活する事が出来ますが、無意識的な記憶が表に出たとき、それを自分自身で知覚出来ませんので知らず知らずのうちに周囲から意図しない印象を持たれるかも知れません。別に無意識的な記憶を持つことが悪いということではないのです。私たちも普段夢を見ると思います。それも突拍子もないような内容であり、他人に話すことなどとても出来ません。これもまた無意識的な記憶であり、誰もが当たり前に持っているものなのです。

 ですが佐知子や貴呼の様にお互い深く愛しあった者が離れ離れになった時、意識的な記憶と無意識的な記憶がごちゃごちゃになってしまいました。佐知子は貴呼が死んだ事を知覚しておらず、一緒にオフィスで仕事をしていると思っておりました。貴呼もまた佐知子とは何らかの理由で離れ離れになっただけだと思っており、いつかまた再会出来ると思っておりました。ですがそれが決して悪い事かといえばそうではありません。作中も楢崎や繭子が「私生活に影響がなければ別に気にするものではない」と言っておりました。何となく体調が悪いな、とかちょっと物覚えが悪いな、とかその程度の認識しか持ってなければ、もしかしたら2人はこの記憶の乖離を治そうとしなかったかも知れませんね。

 ですがそれを許さない存在がいました。それが佐知子と貴呼を陰ながら見届けてきた楢崎その人でした。彼女もまた佐知子と貴呼と深く関わってきた存在であり、2人の健やかな生活を求める存在でした。彼女は佐知子と貴呼がお互いの思いを込めた人形です。佐知子が生きる現実世界と貴呼が生きる死後の世界を行き来出来る事、楢崎が現実世界では佐知子と明井リリィとしか会話をしていなかった事、七重が楢崎を認識していなかった事から恐らく間違いないと思います。人形には魂が宿るとよく言われますが、それは人形に想いを込める人がいるからです。楢崎もまた佐知子と貴呼から想いを込められた存在であり、2人の記憶の真実を探すために頑張ってくれました。

 では楢崎が頑張った事とは何だったのでしょうか。それはお互いの思い出の記憶を蘇らせしっかりと記録に残す事、そして2人それぞれに代わりとなる人物を用意する事でした。どんなに愛し合っていたとしてももう2人は同じ世界では生きられない存在となってしまいました。ですがそんな2人の距離があまりにも近かったためか、恐らくお互いがお互いを愛していると言葉で表現した事は無かったのではないでしょうか。一緒にいるのがあまりにも当たり前だったくらい近すぎた2人、貴呼の死後2人が尚お互いの存在を正しく認識出来なかったのはその為でした。だからこそ改めて2人にお互いの思い出を具体的に丁寧に思い出させたのです。そしてそれを手帳に記すことで永遠のものとしたのです。まさに幸せな日々。本当この2人は幸せだったんですよ。

 そしてそんな2人の前にかつて愛しあった人と似た人物が現れました。それが七重と繭子です。偶然なのか楢崎の計らいなのか今となっては分かりませんが、七重も繭子もそれぞれかつて自分が愛した人にとても似ておりました。ああ、この人とだったら一緒にいてもいいかなと朧げながら思った程です。住む世界が一緒なんですよね。本当は佐知子と貴呼は頭の中で一緒になれない事を認識しておりました。でも諦めきれませんでした。七重と繭子とだったら一緒にいてもいいかな、とか思っていながらそんなつもりは無かったんです。

 だからこそ後は切っ掛けが必要でした。2人がお互いの思いに決着をつける為に、そして一歩未来に歩む為に進む時でした。上で書いた「幸せな日々だったわね、これからもね、さよならね」はそんな2人のこれまでの関係に終止符を打てた証。SeaBedという作品の中で、一見バラバラに見えて繋がりなんてないと思っていた数々のエピソードが集約された瞬間でした。もしかしたらもう佐知子と貴呼はお互いを思い出すことは無いかも知れません。いや流石にそんな事は無いとは思いますけど、もう自分の中の1番ではないのだと思います。佐知子は七重と共に仕事仲間としての人生を。貴呼は繭子と共に世界中を旅する人生を。深い深い海の底に沈んでいたのは、自分を理解し救ってくれる存在でした。

 最後役目を終えた楢崎は自分自身の記憶が記された手帳やカルテを焼く事で消滅しようとしました。ですがそれを佐知子や貴呼が許すはずがありませんね。幼い佐知子が手を取り引っ張り上げ、貴呼が一緒に海に連れて行ってくれます。きっと楢崎が宿った人形はこれからずっと佐知子の側に飾られ、楢崎の魂は貴呼と共に有り続けるのだと思います。海の底の様なフワフワとした世界で表現された3人の想いの交差の物語。例え何も目印が無いように見えても、それを導いてくれる存在が必ずいると信じさせてくれる作品でした。ありがとうございました。


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