M.M サクラの唄




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 7 - 76 3〜4 2014/5/18
作品ページ(なし) サークルページ 体験版
フリーゲーム夢現



<リアルな高校生活の雰囲気を感じながらプレイヤーの方も一緒に「本当の幸福」を探して欲しいですね>

 この「サクラの唄」という作品は同人サークルである「silvervine」で制作されたビジュアルノベルです。silvervineさんの作品はこれまでもC83で手に入れた「キミのための唄」「ボクの唄」をプレイしており、人間の持つ生々しい心情を表現したテキストに心打たれた事を覚えております。今回プレイした「サクラの唄」はsilvervineさんの3作品目にあたりまして、目を背けたくなる出来事に正面から向き合うことの大切さを感じる事が出来たシナリオに感動しました。

 主人公である柊桜木は将来に対して何もビジョンが見えていない普通の高校3年生です。同じクラスの腐れ縁である葉月秋五と水沢深雪の3人で偶然見つけた廃工場にジャングリラと名付けて入り浸る日々を過ごしてました。怠惰な生活をしてきた3人でしたがいよいよ高校3年生になり、進学か就職かの選択を迫られている中で柊桜木は現実を直視する事が出来ずいつものように学校をサボってしまいます。その時足を向けた丘で三上桜という1人の女の子と出会い、この事が彼女を含めた4人の人生を変えるきっかけとなっていきます。4人が4人とも自分の中で向き合えなかった部分と向き合いながら、本当の幸福とは何かを探すための物語はここからスタートします。

 最大の魅力は高校3年生らしい心の揺れ動きが表現されたテキストにあります。物語の中心になる4人は本当に仲が良くて、基本的にはコメディ風のテキストでバカな高校生らしさを描いております。秋五がボケてそれに桜木と深雪がツッコんだり、秋五のボケに今度は桜が相乗りして深雪を困らせたり、男2人でアホな事をやって深雪に殴られたり、といった感じの当たり前の高校生活を見る事ができます。それでも4人とも漠然とした将来の悩みを抱えておりそういった胸の内を語り合ったりする場面もあり、簡単に言えば青春を感じる事が出来ます。時には激しく衝突したりと穏やかではない場面もありますが、そういった生々しさこそ高校生らしさだと思っております。

 公式HPでもパッケージでも「本当の幸福」という言葉が象徴的に書かれております。本当の幸福なんて、高校生でなくても社会人でも見つける事なんて中々出来ないと思います。誰もが生きていれば問題や悩みに直面します。そして時にその問題や悩みの為に気分が落ち込んだり体調が崩れたりする人もいるかと思います。そしてその問題や悩みが解決してもまた新しい問題や悩みが現れ、それはきっと永遠に続くのだと思います。それでも幸福というものは勝手にやってくる物ではなく見つけようとする事で手に入れられる物だと思います。見つけようと藻掻く事は苦しい事です。でも案外藻掻いている最中はそれに夢中になっていて苦しいと思わなかったりしますからね。振り返ってみて、よくあれだけ頑張れたなぁなんて思い返す事はあるのではないでしょうか。今回の物語の中でも4人は4人なりに藻掻き苦しむ事になります。結末がどうなるかはここでは書きませんが、是非プレイヤーの皆さんも一緒に悩み苦しんで4人の本当の幸福を掴もうとする様子を見届けて欲しいですね。

 プレイ時間は私で4時間かかりました。調度1本の映画を見た位の時間に感じるかと思います。起承転結も分かりやすくなっておりますので、1時間位でちょっとお茶でも飲んで休憩しながらリラックスして進めて頂ければと思います。何よりも自分自身の高校生活を思い出しながら読んで頂けると尚の事感情移入出来るかも知れません。私は高校生活では人生について真面目に考えなかった人間ですので、彼ら彼女らがとても羨ましく思えましたね。ストレートにプレイヤーに投げかけてくるテキストは中々ありそうでない物ですので、一文一文ゆっくりと読んで頂いて進めてみては如何でしょうか。

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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<一番悲しいことは助けたいと思っている人に助けを求められない事>

 高校生の真っ直ぐな感情を見る事が出来ました。将来に対する不安、自分と違い信念を持っている他の3人、桜に対するモヤモヤとした思い、そしてそんな自分のちっぽけな悩みすら曝け出せない苛立ち、分からない桜の気持ち、色々な感情が入り混じっていて何をすればいいか分からず途方に暮れている姿は見ていてかなり痛々しいものがありました。ですがこれこそが桜木という人間であり、彼らしさなんだなと思いました。そして同時にこれが桜木が超えていかなければいけない問題なんだなとも思いました。

 物語の中で桜木の心を支配していたのは圧倒的な劣等感でした。両親がおらず血の繋がっていない老人との2人生活、自分の存在していた証を残すために真っ直ぐに進む深雪、常に新しいものを求め続ける秋五、そして生きたいという明確な意志を持っている桜、常に桜木の心の中には周りに対する引け目を感じており、いつしかそれを考えないようにしていました。その事が根底にあるからなのでしょう、桜を好きだという気持ちに気づきながらそれが断られるのを恐れて口に出来なかったり、一緒にギターをやろうという誘いを受け入れられなかったり、何よりも腐れ縁であるはずの2人に助けを求められなかったりしたのは劣等感によって自分に自信が持てなかったからだと思います。

 しかし、そんな桜木が劣等感を克服する方法は自分が思っていた事とは全然違うやり方でした。それは「考えないこと」と「楽しむこと」でした。桜の「考えすぎると本当の大切なものを見失う」という言葉は桜木にとっては痛烈でした。常に最善の行動を考えて行動することが正しいと思っていた桜木、ですが考えて結局行動できない自分には気づいてました。考えないで感じたまま行動した方が案外上手くいくなんて、劣等感を持った桜木には思いつかない発想だったのではないかと思います。加えてファズが言っていた「何があっても楽しむことを忘れるな」というセリフも最後まで桜木を支えてくれました。何も気兼ねなく話せる腐れ縁の関係の大切さ、そして困った事があったら助けたいと思う気持ちの根底にはきっと「楽しむ」という事があるのだと思います。

 そして桜に気持ちを伝える為に「考えないこと」で選んだ行動は2人に相談する事でした。もう考えて答えが出なければ相談するしかありませんからね。そしてそんな桜木の相談に対して2人は馬鹿にする事はなく喜んで協力してくれました。さすが腐れ縁ですね。2人とも桜木の事をずっと心配してましたからね。そしてやっぱり誰かに頼りにされるという事は嬉しい事だと改めて思いました。作中であった「一番悲しいことは助けたいと思っている人に助けを求められない事」は今回私の中で一番心に刺さりました。仕事でも何でも、結構自分のプライドが邪魔して人に素直に相談出来ない事なんてよくある事だと思います。相談する事で相手に下に見られるのではないかという気持ちですね。ですが相談された側は案外相手の事を見下したりはせずむしろ自分の言いたくない事を自分に話してくれたと喜ぶと思います。だからこそ深雪も秋五も仕事でも何でも、相談されれば喜んで助けてくれるのだと思いますね。

 劣等感から勝手に周りとの壁を作っていた桜木、ですが相談することでそんな壁はなかったという事に気づけました。私がそうなのですが、相手の気持ちが分からないとどうしても自分の本音を曝け出せなくて言葉を選んでしまいます。そして言葉を選んでいるうちに会話の流れに遅れてしまい結局何も話せなくなってしまうというオチになってしまいます。それを克服する為にも「考えない」で思った事を話してみるのが1つ大切な事なのだと思いました。もっと周りの人を信頼してみよう、悩んで考える事で手が止まるのであれば行動してしまおう、この作品で伝えたかった事はそんな事なのではないかと思いました。人生感を考えさせられるとても素敵な作品だと思いました。ありがとうございました。

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