M.M powdergray




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 8 6 78 1〜2 2019/12/29
作品ページ(R-18注意) サークルページ


体験版



<BGMや効果音を駆使して作られた演出が、「愛で死を繋ぐBLサイコサスペンスADV」を輝かせておりました。>

 この「powdergray」は同人ゲームサークルである「cream△」で制作されたビジュアルノベルです。cream△さんの作品では、過去に「かみさまの棺」というタイトルをプレイさせて頂きました。可愛い顔をした少年達による、サイコでドロドロしたBLを楽しませて頂きました。演出のセンスが良く、プレイヤーをドキドキさせる音の使い方が印象に残っております。そんなcream△さんのC97での新作が、今回レビューしている「powdergray」です。やはり中性的な男性キャラクターが登場しますが、それだけでは終わらないシナリオと演出が待っていそうな予感がするパッケージにプレイ前から期待が高まってました。今回C97の新作第一号としてプレイする事にしました。

 主人公である窪平さとみ(くぼひらさとみ)は、心臓に重い病気を患っており余命数日と宣告された青年です。その為物事に対して無気力といいますか本気で向き合う事が出来ず、死に向かって何となく生きておりました。そんなさとみですが、幼馴染であり3歳年上の温井文世(はるいあやせ)と生活しております。文世は現在医者を行っており、さとみの主治医として常にその状態を見守っております。幼馴染なのにさとみの余命が分かってしまう、そんな葛藤を抱えつつも傍にいる事で支えております。ある日、さとみが街を歩いていると突然目の前にいた女性が血で染まりました。血で染めたのは藤原染(ふじわらせん)という殺人鬼、ですが染はさとみを一目見た瞬間「一目惚れした」と言いだしたのです。殺人鬼などと一緒に居たくないさとみ、それでも付きまとってくる染との出会いが、この作品を動かす切っ掛けになりました。

 この作品のジャンルは「愛で死を繋ぐBLサイコサスペンスADV」となっております。前作「かみさまの棺」でも思いましたが、cream△さんの作品はこうした生と死に関わるものが多い気がします。人を愛する事や好きになる事に本気になるとこうなるんだぞ、という事を表現しようしていると思いました。今回であれば、主人公の余命がもう残り少ない状況です。自分がどう生きても何れは死んでしまう、そんな死に捉われた主人公とのBLですのでどうあがいても死から目を背ける事が出来ません。そうであるのなら、世の中の倫理観からズレてでも、世間の常識から外れても、愛する人の傍にいたいと思うのは当然かもしれません。そんな、背徳的でありながらも頷いてしまうシナリオを是非堪能してみて下さい。

 また前作同様、BGMや効果音を活用した演出は必見です。一瞬で切り替わるBGMや唐突になる効果音、そして平穏に見えた背景がおぞましいものに変わっている、まさにサイコでサスペンスなジャンルに相応しい演出になっております。また地味ではありますが立ち絵の数が非常に多い事に気付きました。外から家に入った時に、マフラーを取ってコートを脱いでといった細かな差分が丁寧に用意されているのです。これはプレイ時間以上に素材の準備が大変だったろうなと想像出来ました。そんな演出に拘った作品ですので、是非細部にまで目を凝らして読み進めてみて下さい。そこから、シナリオのヒントすらも見えるかも知れません。

 プレイ時間は私で1時間30分くらいでした。この作品は選択肢がありそれに応じてエンディングが分岐します。ですが最低限しかありませんのでルートを解析すると言った手間は必要ありません。むしろ、その最低限の選択肢がとても重く、確実にルートが分岐することを示唆してくれます。無駄なものを排除して世界観に没頭させてくれますので、精々悩んで選択肢を選んで下さい。とはいえ短編ですので、じっくり読めばあっという間に終わってしまうと思います。ボイスも搭載されておりますので、是非声を聴きながら綺麗なBGMを聴きながら、冬のこの季節に相応しい雰囲気を味わってみて下さい。面白かったです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<どうせ死ぬのなら自分で決めた人生を歩んで死にたい。たとえそれが達成出来なかったとしても。>

 後半に待っていた最初で最後の選択肢、これはまさにさとみの生き様を決定付けるものだったなと振り返って思っております。幼い時から余命数年と宣告され、世の中に対して主体的に生きる事が出来ておりませんでした。ですけど、それでも人生は自分で選んでいかなければいけない。その事に気付けるかがこの作品の全てだったのかなと思っております。

 さとみは余命数年と言われておりましたが、別に特に病気を持っていない普通の人でも何れは必ず死んでしまいます。遅いか早いかだけであり、結局はどう生きるかを考えるのは全ての人の共通の課題です。そういう意味でさとみはその決断を人よりちょっと早くするだけであり、人生が良いものだったか悪い物だったのかにその年数は関係ないと思いました。寿命が短くても自分で決断して行動した人の方が満足感はあるでしょうし、寿命が長くても思考停止して誰かの言いなりで生きる人の方が幸福度は低いのかも知れません。自分で決めるのも人に決めてもらうのも結局は自分次第、その先に待っているのは自分が行動を起こした結果だけなのですから。

 そんな人生において普遍的な事実を、文世ルートと染ルートで明確に表現しておりました。文世はさとみが好きなあまり独占しようとして、本当は治っているさとみに嘘を付いてずっと自分の傍に縛り付けようとしました。それでも社会と関わって生きる必要がありますのである程度は放任していたのですが、ついにそこに決壊が生じましたのでいよいよさとみの意思を遮断して閉じ込める事にしました。あの没落ED直前のBGMの気持ち悪さはお見事でしたね。思考しようにも頭が回らない、むしろ思考しようとする意志すら文世に遮られる。そんな風に全てを文世に任せて自分は何も考えずに生きていけば良い、それが没落EDであり、これもまたさとみの選択の結果でした。

 一方降らぬ灰EDは、初めてさとみが自分が好きな人の為に行動を起こしたエンディングでした。結果としてトラックに轢かれて死んでしまいますが、愛する人に向かうさとみの表情は輝いている様に見えました。やっと、さとみはこの瞬間に自分の人生を歩きだしたのかも知れません。外に出なければ、もしかしたらもっと長生きできたのかも知れませんね。ですけど、自分の意思すら表現できず決断できない人生に何の意味があるのでしょうか。トラックに轢かれて死んだ事は不幸かも知れませんが、それでも最後の最後で染との愛を確認する事が出来ました。ある意味、これ以上の幸せは無いなと思いましたね。羨ましいとすら思いました。

 最後にさとみは「本当は生きたかった」と言っておりました。割と、このセリフは心に来るものがありました。今まで人生を何となく過ごしてきたさとみにとって、生きたいという気持ちがそこまで強かったかと思えばそうではないと思っております。行きたいと思った理由、それは自分が本当に好きな人と共に生きたかったからだと思っております。やっと見つけた自分の目標、それが叶えられない事で自分の生と死を見つめる事が出来たのかも知れません。そして染も素敵でしたね。自分の殺人衝動に身を任せて生きていましたが、いよいよそこから足を洗う決意をしました。ラムシンが「また来世で」と言ったのはそういう意味なんだろうと解釈しました。彼もまた、好きな人の為に自分の人生を捧げたいと本当に思ったんでしょうね。あのまま染がさとみを追いかけて死んだとしたら、これ程美しいエンディングは無いかも知れません。

 今、世の中的に自己実現ですとか人生設計というものが中々達成し難い現状があると思います。スマホを付ければSNSで様々な人の生き方が見えたり、テレビを付ければ世の中の風潮や常識を見せつけられたり、そんな様々な価値観が押し寄せる中で自分らしさや自分の幸せ、自分の人生を見つけるのが困難になっていると思います。だからこそ、さとみの様に好きな人が見つかってその人を追いかけてそのまま死ねるのは幸せだと思いました。それこそ、冒頭登場した愛するまま死ぬ老夫婦と同じだと思いました。後悔して死ぬのではなくて気持ちが高ぶっている時に死にたい、不謹慎ながらもそんな事を思ってしまいました。ありがとうございました。


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