M.M こころ 孤独の定義




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 7 - 82 2〜3 2018/1/8
作品ページ サークルページ



<システム面・テキスト・BGM・背景・パッケージにまで気を遣い、その上でこころと孤独について語る物語が幕を開けます。>

 この「こころ 孤独の定義」は同人ゲームサークルである「COBers」で制作されたビジュアルノベルです。COBersさんの作品をプレイしたのは今作が初めてです。切っ掛けはC93で島サークルを回っている時でした。実は今回レビューしている「こころ 孤独の定義」については過去の即売会で体験版を頒布している事は知っておりました。それが今回装いもトールケースとなり、ついに完成しだんだなと思いすぐ手に取らせて頂きました。非常に分かりやすいパッケージに感動しました。裏面にはあらすじやスクリーンショットのみならず、ジャンル・対応機種・分岐の有無・プレイ時間が書かれております。まさにお手本のようなパッケージですね。これだけの情報があれば手に取る方も非常に参考になります。是非全てのサークルさんに実装して頂きたいと思いました。

 主人公である広瀬崇正、彼はある日自分が所属していた美術部に退部届けを提出しました。それを受け取った部長は、一言二言社交辞令的な会話を交わしただけであっさりとその退部届けを受理しました。まるで腫れものに触れるかのような部長の態度に、崇正もどこか納得したような諦めたような表情で受け答えしていました。とある出来事から自分は孤独であると強く認識している崇正、その心の奥底に抱えているものを解き明かせる人は、もう誰もいないのです。それでも彼の周りには沢山の人がいました。クラスメイト・先生・幼馴染、誰もが崇正の事を気にかけておりました。そんな崇正は、ある日友人の竹崎修一から「美術室の幽霊の話」を聞きます。もう絵など描かない、そう決めた崇正の心をどこかかき乱す幽霊の存在。もしかしたら、この幽霊が崇正の孤独を解き明かす存在になるのかも知れません。

 この作品は夏目漱石の長編小説である「こころ」を原案としております。私自身こころを読んだのは高校生の時でして、あまり細かい部分は覚えておりませんがKの「精神的に向上心のない者はばかだ」というセリフには割と感銘を覚えていた記憶があります。それでもKはお嬢さんのことを好きになり、私とKとお嬢さんの気持ちのせめぎ合いが非常に印象的でした。あいにく「こころ」についてはこの部分しかしっかりと覚えてはおらず、あれから10年以上も経過した今再び読んでみたらどのような郷愁に駆られるのか怖いくらいです。現在は青空文庫等で誰でも読むことが出来ますので、これを切っ掛けに読み直しても良いかも知れないと思いました。

 本作である「こころ 孤独の定義」については、夏目漱石の「こころ」を読まなくてもシナリオ上特に不都合はありませんでした。それでも、主人公広瀬崇正の生い立ちと現在の状況、友人である加藤孝一の厳格な振る舞いなどはどことなく「こころ」の雰囲気を感じさせます。もちろん、そんな表面的な部分だけを原案にしたはずがありません。孤独とは何か・美とは何か・友人とは何か、といった問いかけが多くなされ、どこか皆さんも身に覚えるのある振る舞いが見れるかも知れません。輪に入っているハズなのに疎外感を感じる、気を抜くとまるで時間が飛んだかのよう、そんな経験はありませんか?そしてそんな経験をしたとき、あなたはどのように克服しますか?是非崇正と一緒に孤独について考えてみましょう。

 その他の要素として、テキスト・BGM・背景が特徴的でした。まずはテキストですが、基本的に主人公の会話と内面の描写のみが書かれております。ちょっとした些細な心の揺れ動きもタイムリーに表現され、主人公に寄り添えば寄り添うほど状況を理解出来るようになると思います。嬉しさ・怖さ・やるせ無さ・諦め、そんなリアルな心情をダイレクトに感じてみて下さい。BGMは全体としてミステリアスなものが多いです。それこそまるで崇正の心理状態を表しているかのようです。タイトル画面の曲がまずお気に入りですね。こんなに不安になるBGMで幕開けなど、そうあるものでもありません。明るいでも暗いでもなく、ミステリアスなんです。そして背景ですが、一般の同人ビジュアルノベルと比べて立ち絵よりもスチルの割合が多いと思いました。そしてそれが動きを伴った演出で表現されております。小説ならテキストで書かなければいけないところを全て絵のみで表現するなど、ビジュアルノベルらしい演出もあり見ていて楽しかったです。

 プレイ時間は私で2時間20分くらいでした。選択肢はなく、一本道でエンディングまでたどり着けます。途中エピソードが分かれており、そのタイミングでカットインも入りますので良い休憩ポイントになると思います。この作品はシステム面でも好印象な部分がありました。それはウィンドウモードでは基本的に一行しかテキストが表示されないのです。個人的に、ウィンドウモードで表示されるテキストは二行以下が望ましいと思っております。一回に表示されるテキストが少ないほうが目に入る情報量も少なく、テンポよくクリックが進むからです。それが今作では基本一行ですからね。ここまで拘るかと驚きました。システム面やテキスト・BGM・背景・パッケージにまで気を遣い、その上でこころと孤独について語る物語が幕を開けます。是非腰を据えて、邪魔が入らないような環境でじっくりと読んでみて下さい。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<自分のあるべき居場所を見つける事。それが孤独を克服する方法であり、人生の目標なのかも知れません。>

 私はね、正直崇正が羨ましいと思いましたよ。何故なら、彼には彼を慕ってくれる人が沢山いるからです。自分の時間を割いてまで相手のために力を尽くす、そんな間柄の人が果たしてあなたに何人いるでしょうか。加藤孝一、加藤イチル、竹崎修一、宮下琴乃、檜山先生、そして美術同好会の冬木秋菜と鮫島あすか、これだけの人が崇正の為に全力を尽くしてくれたのです。本当に羨ましい。それでも崇正は自分を孤独だと思いました。物事は見方を変えれば幸せにも不幸せにもなる、そんな事を思いました。

 小学生の時に尊敬する叔父である広瀬修造と出会い、そこで絵の素晴らしさに出会いました。絵を書く事が好きで、絵を通して美しい世界を見つめることの楽しさを享受しておりました。ですが、三年前に自分のわがままが切っ掛けとなり両親は他界、崇正も利き腕に損傷を負ってしまいました。ですがこれは決して崇正が悪いわけではないのです。それでも責任を感じてしまう気持ちはよく分かりました。その後修造は崇正を養子として受け入れ、精一杯の愛情を注いてくれました。そんな修造に裏切られる気持ちはどんなものなのでしょう。崇正の人格形成は修造によって作られたと言っても過言ではありません。修造の声に充ちた世界、それが失われて、崇正は自分は孤独だと本質的に思ってしまったのだと思います。

 それでも崇正は敏い青年でした。表面上は普通の人間関係を崩すことなく生活できております。会話もできますし、世間話にもついていけます。ですが、逆に言えばそれだけなのです。作中でも孝一は崇正の事を「それって生きてるのか?」と問いかけました。死んでないだけで生きてはいないのではないか、きっと崇正もその事は自覚しておりました。ですがそこから先には進めないのです。何故なら修造が作った世界が無くなってしまったのですから。崇正は孤独ではない、そうどれだけ周りが説得しても、また自分が自分に言い聞かせても、どうしても克服できなかったのです。

 だからこそ、秋菜は崇正が大好きなはずの絵を使って修造を克服させようとしました。人並みな生活が出来る崇正ですが、絵については完全に拒否反応が出てしまいます。復帰したばかりの美術部では絵札をへし折り絵の具をぶちまけました。その様子に困惑し、美術部を自主退部する事になります。その後も秋菜に空の色の話をするときも、筆を持った瞬間倒れてしまいました。どうしても、絵だけはダイレクトに修造の言葉が響いてしまうのです。そうであるのなら、修造の言葉の代わりに自分の言葉を聞かせてあげよう。そして、あれだけ空の色が好きなのだから、その時のイメージで全て塗り替えてあげよう。加えてこの時描く絵は三年前にお母さんに渡せなかったあの桜の絵にしよう。どう考えても地雷としか思えない状況を敢えてつくり、そして秋菜は崇正から修造の影を消すことに成功しました。やっと、自分は孤独ではないかも知れないと思わせる事が出来たんですね。

 崇正は本質的に美しいものが好きです。その気持ちは修造と出会う前から持っておりました。むしろ修造の描く世界が美しいと思ったから修造に惚れ込んだのです。だからこそ、崇正が自分で美しいと思ったものは紛れもなく自分のものなんですね。崇正が拘った空の色、それを描きたいという気持ち誰にも言い訳するものではありませんでした。後は、最後まで書けるように誰から支えてあげるだけですね。もしかしたら、これからも修造の影がチラつくのかも知れません。それでも、自分が美しいと思ったものが描けた、その事実はきっと崇正を孤独から引っ張り上げるものであると思っております。

 何よりもこれだけの仲間が居るんですからね。みんな心から崇正の事が好きで崇正の事を信頼しております。そんな崇正がやっと絵を描くことが出来て、さぞみんな喜んだ事だろうと思います。本当、羨ましいですよ。これだけ信頼される仲間に囲まれているのですから。これで「自分は孤独だ」なんて、どの口が言ってるんでしょうかね。ですが、それは外野の視点で言っているだけです。崇正が孤独だと思えば孤独なんです。孤独とはあるべき居場所が存在しないということと言っておりました。崇正はようやくそのあるべき居場所を見つける事が出来ました。これを失わない限り、きっと孤独だとは思わないですね。美しいものを求める、そんな崇正の素直な生活が続くと信じております。ありがとうございました。


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