M.M オレンジアワーグラス




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
7 10 5 82 2〜3 2017/11/26
作品ページ サークルページ 第1章〜第4章






<作品全体を包んでいる穏やかな雰囲気の中で、登場人物達が抱えている悩みを、想いを、願いを感じてみて下さい。>

 この「オレンジアワーグラス」という作品は同人サークルである「Nice Net Neat」で制作されたビジュアルノベルです。Nice Net Neatさんの作品をプレイしたのは今作が初めてでした。切っ掛けですが、これは私の知り合いの同人ノベルゲームプレイヤーの方がこのサークルの方だったからです。プレイヤーでありながら製作者である、そのバイタリティは素直に尊敬できるものであり、そのような作品を作っているのか純粋に興味がありました。お恥ずかしながらゲーム制作サークルに所属している事を知ったのはここ最近でして、興味を持っているうちにプレイしたいと思い今回のレビューに至っております。

 主人公である榎戸悠はどこにでもいる普通の男子高校生です。女の子みたいな名前と細身の体躯をコンプレックスに思いながらも、幼馴染の外之内礼と一緒に楽しい高校生活をスタートさせました。入学式を終え、どこの部活に入っているか迷っている悠、そんな悠に礼は「北校舎の理科室前にある掲示板を見てみなよ」と意味深なアドバイスを送ります。その掲示板は通称「願いの叶う掲示板」と言われており、学校の七不思議として語り継がれておりました。そんな噂を気にも止める事なく悠が入部したのは「カフェ部」、その名の通り校内に憩いの場を提供するのが部の活動なのですが、実はもう一つ裏の顔を持っていたのです。部長である関口昂、副部長である橋本渉、そして「マスター」と呼ばれている顧問の先生と共に、時を越えた温かい物語が幕を開けるのです。

 この作品の魅力、それは全体を包んでいる穏やかさにあると思っております。登場人物は全員線の柔らかい絵柄であり柔和な雰囲気を作り出しております。その中で展開されるカフェ部のお茶会、贅沢でありながら和やかな時間が流れます。そしてそれを演出するかのようなBGMと背景と効果音です。BGMはオルゴールやピアノを中心とした柔らかいものばかりであり、可愛らしい印象を受けました。背景は実際の写真を加工したものに加え、時より水彩画で描かれたような建物の内装の様子はそれだけで温かみを感じました。そして効果音ですが、紅茶を入れるという事でグラスの音、紅茶を注ぐ音、ドアを開けた時の鐘の音など細かな拘りが光りました。それは文中のみならず、セーブ画面や選択肢を選ぶ場面でも積極的に採用しており、作品全体を使って表現しようとしている事が伝わりました。

 そしてシナリオですが、カフェ部の裏の顔である「願い」を叶える活動を進めていく事が1つの流れになります。カフェ部には定期的に願い事を叶えたいという依頼がやってきます。そしてその中から、大切なもの、急ぎのものを選択し、カフェ部の皆で解決へと勤しむのです。ですがそれは無理やり願い事を解決するものではありませんでした。本当に紅茶を飲むように、ほんの一息気持ちを押し込むような活動なのです。解決するのはあくまで自分自身、カフェ部はそんな気持ちをサポートするに過ぎないのです。そんな裏方に徹した活動は誰の目にも止まることなく密かに行われており、これもまた作品の穏やかなに通じるものがありました。目立つ必要なんでない、誰かの願いが1つでも叶えばいい、そんな姿勢が好印象でした。そして、そんな依頼を重ねていく中で悠は時を越える旅に出ることになるのです。何故時を超えてしまうのか、時を越えた先に何が待っているのか、カフェ部のルーツは何なのか、是非そのような大きな流れも感じて欲しいですね。

 プレイ時間は私で2時間45分程度でした。この作品は全部で4章構成になっておりまして、全てフリーでプレイする事が出来ます。各章30分〜1時間程度の長さで、選択肢もありますが基本一本道ですので迷う事はありません。そして各章で1人の依頼を解決する流れになっており、それがいい具合に物語の中断地点となっております。是非飲み物を片手に用意して、それこそ紅茶を飲みながら1章ずつプレイしてみては如何でしょうか。この作品は結論を急ぐものではありません。カフェ部が作り出す穏やかな世界観を、プレイヤーも一緒になってなぞるのです。そして、登場人物達が抱えている悩みを、想いを、願いを感じてみて下さい。彼らが入れる紅茶と共に。非常にオススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<もしも、ほんの一度だけ過去に戻れるとしたら、あなたはどこに戻りたいですか?>

 ネタバレ無しでも書きましたが、本当に作品全体を包み込む穏やかな雰囲気が素敵でした。悪人など誰もいない、あるのは純粋な悩み、想い、願いだけでした。そしてそれを叶えるために決断する姿がとてもキラキラしていました。そんな彼らの勇気を後ろから押してくれたのが、紅茶であり穏やかな雰囲気だったんだなと思っております。

 もしも過去に戻れるとしたら、あなたは戻りたいですか?そしてどこの過去に戻りますか?恐らく、それは人生の中で一番後悔した場面なんだと思います。大学進学でしょうか、就職活動でしょうか、好きな人に告白する場面でしょうか、それとも好きな人に告白できなかった過去でしょうか、人によって後悔するところは様々です。それでも共通していること、それは過ぎ去った過去にはもう戻る事ができないという事です。あの時こうしておけばよかった、どんな経験を踏んでもこの気持ちはあると思います。全て100%成功すると、自分の理想通りの結果になったと、そう思える人はいません。そんな後悔の積み重ねが、その人の人間性を深めてくれるのだと思います。

 この作品は、そんな後悔を1度だけ取り戻すチャンスをくれる作品でした。かつて香留は高校生時代にカフェ部を立ち上げ、裕子、康太と共に慎ましくも楽しい時間を過ごしておりました。ですが一緒に過ごす時間が長くなり、自然と香留は裕子の事を好きになっていました。そして裕子に訪れた退学という出来事。それに対して香留は何も言うことが出来ませんでした。好きという事で裕子との関係が変わるのが怖かったのです、貴方の事が好きではないと言われるのが怖かったのです。そしてそれから30年もの月日が流れました。香留も裕子も、後悔を抱えながら生きてきたのでしょうか?

 30年後に同じカフェ部の部室で再会した香留と裕子、それは決して悲しい再会ではありませんでした。裕子は苦労を重ねつつも康太と結婚し、悠を産み育てながら幸せな生活を送っておりました。その姿に香留はどう思ったでしょうか?安心したのだと思います。もしかしたら、いいえもしかしなくても裕子の隣に自分が居たかったのかもしれません。ですが、そんな事は些細な事だと気づきました。彼女が幸せであること、それが香留にとっての全てだったからです。30年間抱えてきた後悔はやっと消え去りました。そして、それは同時に30年前に後悔を始めてしまう香留に対して「その必要はないよ」と言える唯一の機会だったのです。

 私は正直、香留の事が羨ましいと思いました。何故なら、未来の結末を知ることが出来たからです。今自分が手紙を渡さなくても裕子は幸せになれる、それが分かるだけで随分と気持ちが楽になったろうと思います。そしてそれからの香留の裕子に対する告白、とても爽やかなものでした。「私は貴方の事が好きでした」「でも、貴方が幸せなら私は大丈夫です」こんな気持ちに、本当に人はなる事が出来るのでしょうか?香留が羨ましくて、同時に切なくて涙が出そうになりました。高校生の小さな恋心の結末です。ですが、皆さんも覚えはあると思います。恋心ほど、人は一生忘れられないのだと。

 人は過去に戻ることは出来ません。だからこそ後悔しない為にその時その時を精一杯生きるのです。そうして人生を歩んでいく、それが人間というものだと思います。でも、もしもたった一度だけ過去に戻れるとしたら。そう願って止まないのも人間です。そんな時は、ほんの一杯の紅茶を飲んで見てください。それがもしかしたら、あなたを旅に誘ってくれるかも知れません。穏やかな雰囲気の中で、人の心と心をつなぐ事の大切さを描いた素敵な作品でした。慎ましいBGM、リアルな効果音、柔らかい背景とスチル、そして丁寧なテキスト、全てがオレンジアワーグラスという作品を作り出す為のエッセンスでした。後悔してしまったら、オレンジアワーグラスをひっくり返してみては如何でしょうか。そこから新しい人生がスタートすると思います。ありがとうございました。


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