M.M なりそこないのよすが




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 7 7 85 8〜9 2019/12/11
作品ページ サークルページ



<全ての要素が高いレベルで融合しておりますが、紡ぐ物語は誰もが感じ抱えている当たり前の日常でした。>

 この「なりそこないのよすが」は同人ゲームサークルである「noR+(読み方はノアプラス)」で制作されたビジュアルノベルです。noR+さんの作品をプレイしたのは今作が初めてです。切っ掛けはC96の一日目に女性向けビジュアルノベルの島を回った事でした。正直、パッケージを一目見て素直に面白そうと思いました。全体の7割を占める青空と秋を象徴する紅葉した葉が舞い散る姿、そしてその中心で会話をしている男子学生と正面の猫という構図にセンスを感じました。元々BLゲームを積極的にプレイする訳ではありませんが、物語の面白さにジャンルは関係ないと思っております。素直に面白そうと思いましたので是非プレイしてみたいと感じ今回のレビューに至っております。

 舞台は現代の日本、季節は秋、そこでは当たり前のように日常を過ごし当たり前のように日々を生きる人たちの姿がありました。何も変わり映えのしない普通の光景、その中で6人の少年と青年もまた当たり前のように生きておりました。ですが、人生の悩みや不安という物は誰もが抱えているものであり、それが表に見える事は殆どありません。当たり前の日常の中で誰もが人生に悩み苦しみながら生きているのです。これは、そんな誰もが当たり前のように生きている世界の中で、少しだけ非日常に触れながらも自分の大切なものを探し続ける6人の少年と青年にスポットを当てた物語です。

 第一印象でもそうでしたが、とにかくシステム周りや人物・背景の描写が非常に丁寧です。テキストはストレスなく読めますし、商業ゲームのそれと遜色ありません。BGMもピアノを中心とした楽曲が20曲以上あり、ボーカル曲もあります。何よりも、登場人物は基本フルボイスです。登場人物が全員爽やか系のイケメンという事でともすれば見た目だけでは区別がつき難いと思う人もいるかも知れませんが、フルボイスですので声と合わせて個性を感じて頂ければと思います。様々な要素が高いレベルで融合しており、これが同人ビジュアルノベルとして読めるのが勿体ないと思ってしまう程でした。

 それでも、この作品で描いているのは劇的なドラマでも世界を巻き込むファンタジーでもなく、当たり前の日常です。何となく登場人物が出会い、会話をしていく中で自分の人生の1ページを刻んでいきます。そのような物語は別に、ビジュアルノベルでなくても読む事が出来ます。それはあなた自身の人生です。自分の人生は自分の物ですし、悩みも不安も無視する事が出来ず向き合わなければいけません。ですが、他人にとってみれば自分の人生なんてどうでもいい事です。それが分かっているから、人は自分の悩みを敢えて外に大きく出す事はしません。それが当たり前の日常の正体、誰もが心の中に不安と悩みを抱えているのです。この作品では、そんな誰もが抱えている悩みや不安を6人の登場人物を通して見る事が出来ます。是非、自分がこれまで歩んできた人生と照らし合わせながら読んでみて下さい。

 プレイ時間は私で8時間15分くらいでした。この作品はchapterが分かれており、それぞれで登場人物達の物語が1つの終着点を迎えます。選択肢はありません、彼らがどう生きていくのかを神の視点でただ眺めるだけです。6人の少年と青年は生い立ちも今生きている環境も様々です。もしかしたら出会わなかったかも知れない彼らがクロスオーバーする時、それがもしかしたら彼らに舞い降りた非日常の入り口だったのかも知れません。作品の雰囲気的にプレイ時間以上に長さを感じるかも知れませんので、のんびりと休憩を挟みながら読み進める事をオススメします。彼らの日常が身に沁み始めてきてから、ようやく物語が動き出すかもしれません。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<人は誰かを愛したいし愛されたい、その繰り返しと積み重ねの先に幸せは待っているのかも知れません。>

 chapter3で暦の内面に触れていく場面、私にはとても他人事には思えませんでした。彼が抱えている物は私が感じている物と本当に同じ、だからこそ彼の物語がどんな結末を迎えるのか是非参考にしようと思い食い入るように読み進めていきました。暦は孤独ても一人でもありませんでした。そしてそれは自分が気付かなかっただけでした。もしかしたら、自分もそうなのでしょうか。そんな事を思いました。

 この作品の登場人物はみな魔法を使う事が出来ました。人の感情を感じる事が出来る魔法、相手の記憶に鍵を掛ける事が出来る魔法、自分が望んだ事を実現できる魔法、まるで夢のようだと思いました。こんな魔法が使えれば絶対に人生楽に歩む事が出来る、始めはそう思いました。ですけどそんな事はありませんでした。魔法があろうとなかろうと、自分が幸せになれるかどうかは関係ありませんでした。大切なのは目の前の現実を真っ直ぐ見つめる事、そして自分の傍にいる人の気持ちを素直に受け止める事なのかなと思いました。

 魔法が使えるという事は普通の人が出来ない事が出来るという事です。それは言い換えれば、自分は普通の人とは違う存在であるという事でもあります。普通の人が当たり前のように生きている事、魔法が使えるが故にそれが出来なくなってしまうのです。実際、登場人物の多くは自分が持つ魔法で自由に生きるなど出来ず、逆に魔法に縛られて無理して生きている様に見えました。魔法で人を殺してしまいその罪に縛られた愁一、魔法で自分を殺してしまい他人として生きざるを得なかった遊馬、魔法を失う事で自分を失う事を恐れ周りを信じる事が出来なかった暦、結局のところ魔法があるから幸せになるなんてありえませんでした。

 ですけど、これって別に魔法だからという事ではないなと途中で気付きました。例えば、勉強が得意だ苦手だ、スポーツが得意だ苦手だ、趣味は読書だ音楽だゲームだ、難関大学に入った高卒だ、大手企業に就職した中小企業だ、結婚した独身のままだ、子供がいるいない、こういった一つ一つの要素が人間の個性や性質を彩っていきます。そして、勉強が得意だからスポーツが得意だから幸せという事はありません。それぞれの要素はあくまで要素であり、後はそんな自分らしさを受け入れてどうやって人生を生きるかに掛かっているのかなと思いました。どのステージでも悩みはあります。ここまでいったら幸せですという絶対的な基準などないのです。

 もしあなたが少し落ち込んでいる時、きっと周りの人は自分よりも幸せに見えるでしょう。逆に、あなたに嬉しいことがあった時、もしかしたら周りの人よりも恵まれていると思うかも知れません。これもまた自分の気の持ちようです。ですけど、目の前の他人が今どんな事を思っているかなんて分かりません。縁は愁一が傍にいるのは当たり前でこの関係がずっと続くと思ってました。ですが、愁一が縁の傍にいるのは確固たる理由がありそして近い将来離れる決意をしていたのです。遊馬は一月が自分を夏月だと思っていると思ってました。ですが一月はとっくの昔に遊馬の事に気付いており早く遊馬として生きてほしいと願ってました。暦に至っては、自分は空っぽの存在で皆自分に構うのは周りの人が構うのと同列だと思ってました。ですが朝之は本当に暦という人物を見ていて暦と一緒に居たいと思ってました。身近にいる人ですら、これだけ内面が分からないのです。ましてや他人が何を考えているかなんて、想像するだけ意味が無いのかも知れません。

 結局のところ、人はそんな風に周りの人の気持ちを気にしながらそれでも何かを信じて生きているのかも知れません。人と触れる事が怖いのは、当たり前の気持ちであり普通の事だと思います。だからこそ冒頭、私は暦の内面を見て自分と同じだと思ったと書きました。他人を信じられないから、他人の好意に裏があると思ってしまうのです。それなのに孤独は寂しいから、そんな他人の好意に縋ってしまうのです。人との距離感が分からず、それが故に近すぎたり遠すぎたりして失敗する事もあるでしょう。難しいですよね、迷惑かけてもいいと言われても迷惑かけたくは無いですもの。嫌われたらそれまでですし、失敗なんてしたくありません。それでも、不器用に人と接し社会と接していく中に、きっと幸せという物は待っているのかも知れません。あるかどうかも分からない幸せに向かって、きっと6人の少年と青年は歩んでいくのだと思います。

 chapter3の中で「人間はおろか世界すら救うのが愛」と言っておりました。私もこれが真実だなと思います。愛の形は様々ありますが、共通しているのは自分ではない存在を大切に思う心です。他人を信じて手を差し出したり声を掛けたりする、そしてそこに見返りを求めないのです。もしこれを全ての人が出来たら、きっと人が人を信じるハードルは大幅に下がるのでしょうね。6人の少年と青年は、最終的には他人の愛に触れる事が出来たのかなと思っております。勿論、1つの愛に触れたからといって幸せになる訳ではありません。きっと一度信じた愛を疑ってしまう事もあるかも知れません。それでもまた何かを信じ他人を愛し、その繰り返しの先に幸せは待っているのかも知れませんね。その積み重ねを振り返った時、そこにきっとあなたの人生が出来上がっているのだと思いました。ありがとうございました。


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