M.M narcissu -スミレ-
<2人の少女の結末を見届けてあなたの心に残るものは何か、それを大切にして欲しいと思います。>
この「narcissu -スミレ-」という作品は同人サークルである「ステージ☆なな」で制作されたビジュアルノベルです。ステージ☆ななについては実際のところ同人界隈の方のみならず商業ゲームをプレイされている方でもある程度知っているのではないでしょうか。ねこねこソフトでシナリオライターを勤めている片岡とも氏の個人サークルであり、代表作であるnarcissuシリーズは2005年に発表されて以来様々な形でメディアミックスされております。極力絵を用いず最低限の情報でのみ構成されており、その中で描かれる独特の死生観は多くの人の共感を得ております。今回レビューしている「narcissu -スミレ-」はそんなnarcissuシリーズの新シリーズとして位置付けられておりまして、これまで同様の情報の少なさと独特の世界観は変わらず懐かしい雰囲気を味わいながプレイさせて頂きました。
上でも書きましたがnarcissuシリーズで表現しようとしているのは「死生観」です。主人公であるスミレは12歳の時から学校に馴染めず引きこもりがちになっておりました。やがてそれは彼女の足枷として重くのしかかっていき、加えて病人となってしまった彼女は最終的に「7F」と呼ばれる病院のエリアへ行くことを宣告されます。7Fとはホスピスの事。そこは終末医療の為の施設であり、7F行きを宣告されるという事は余命いくばくもないという事です。自分の人生に何も意味を残せないまま死んでしまうのかと思っているスミレですが、そんな彼女の前にあかりと名乗る女性が登場することによってその後の彼女の運命は変化していきます。
あかりもまた病院に入院している少女でした。ですがスミレとあかりでは決定的に違うものがあります。それはスミレは本当に病気であるという事に対しあかりは仮病であるという事です。あかりは幼少の時から家庭環境に馴染めず、いつしか周りの人に対して心を開かなくなっておりました。その中で「寝たふり」をして周囲からの言葉をシャットアウトする事を覚えたあかりですが、その事が切っ掛けで病院に入院することになってしまいます。ですがそんな病院でも皆が優しくしてくれる訳ではなく、むしろ影で悪口を言われていることを知っているあかりは早く退院したいと思っておりました。そんなあかりですが入院中に出会ったとある人物との関わりからずっと病院にいたいと思うようになり、それが彼女の心のあり方を変化させていきます。
この作品はあかりとスミレのダブルヒロインであり、基本的に優劣はありません。シナリオもあかりSTORYとスミレSTORYの2本に分かれており、どちらからもプレイ出来るようになっております。それぞれのシナリオでそれぞれが主人公となり、自分自身の生き方を見つけていくのです。その中で不思議な運命に導かれ、この2人は関わっていくことになります。果たして彼女たちの出会いは全くの偶然なのでしょうか。それとも同じ死の匂いを撒き散らしている事から、自然と惹かれあったのでしょうか。そして2人の出会いは彼女達にとって幸福だったのでしょうか。全く正反対に見える2人の姿をどのように捉えるのか、それは全てプレイヤーの皆さんに委ねられております。
プレイ時間は私で2時間40分掛かりました。あかりSTORYで1時間15分、スミレSTORYで1時間25分という感じです。冒頭でも書きましたが本当に最低限の情報でのみ構成されており、CGはありますが立ち絵は一切ありません。その為か要所要所で描かれる背景や人物描写が大変印象的で、効果的にシナリオに華を添えてくれます。またBGMについては歴代のnarcissuシリーズやねこねこソフトシリーズのタイトルからも引用しており、クオリティは保証されております。途中ボーカル曲も何度か流れ、シナリオの起承転結を印象付けます。是非シナリオと合わせてBGMにも耳を傾けていただき、narcissuシリーズの世界観を堪能して下さい。そして2人の少女の結末を見届けてあなたの心に残るものは何か、それを大切にして欲しいと思います。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
↓
<もし魔法というものが存在するとしたら、自分の気持ちに素直になって前向きに考えられる人にかかるのだと思います。>
目の閉じた世界に向かおうとしたあかりと道を間違えて迷子のまま彷徨い続ける事になったスミレ、ですが2人の結末は自分の思い通りにはなりませんでした。その理由は2人が出会ってしまったからです。お互い生き方も置かれている状況も全く違う2人。ですがそんな2人には共通する感情がありました。それが「寂しい」という事。その感情がお互いの「魔法」によって表に解き放たれたとき、初めて生きるという事を実感できたのかも知れません。
周りの人間に対して心を閉ざし目の閉じた世界でのみ生きようとするあかり、そこに至るまでには数多くの不幸がありました。母親の離婚と見ず知らずの女性との再婚、眠り病を研究する大学病院での検査入院とそこでの嫌な看護婦との出会い、この段階で既に擦り切れた心は相手を受け入れようという気持ちを失っておりました。彼女は誰よりも愛に飢えておきながら自分から与える事が出来なかったのです。だからこそ佐伯や健二との出会いや唯一優しい顔を見せてくれる父親のいる空間を捨てたくなかったのだと思います。ですがそれはあかりを強くするものではなくあかりを守るもの。その守るものが無くなった時、もうあかりは外に向き合うことが出来なくなっておりました。もう彼女が出来るのは寝たふりと目の閉じた世界に篭ること。だからこそ彼女の殻を壊すには優花の様に強引にでも引っ張ってくれる存在やスミレの様な魔法を掛けてくれる存在が必要だったのです。
スミレもまた道を間違え引き返す事も出来ずいつの間にか迷子になってましたが、これも些細なすれ違いが原因でした。彼女もまた自分の心を守るものがなかったが為に、相手に気持ちをぶつける事が出来なかったのです。結果不登校になり引きこもりになり、その後7Fへ行く事になって生きる目的を完全に失ってしまいました。最愛の家族ですらよそよそしくなってしまい、日に日にスミレの寂しさは募っていきました。彼女も愛に飢えておりました。自分の本音を曝け出しても受け入れてくれる存在を求めておりました。だからここ彼女にはワガママを言っても許してくれる家族の存在やあかりの様な魔法を掛けてくれる存在が必要だったのです。
個人的に今作のキーワードは魔法だと思っております。魔法とは本来はファンタジーの世界で登場する現実には不可能な出来事を実現してくれるものです。実際はそのような都合の良いものは存在せず、全て自分の行動の結果のみが無情に反映されます。あかりもスミレも魔法という存在を信じておきながらそれが実現せず、結果自分が一番居心地のよい世界へ留まる事を選択しました。ですがその道を選択したはずなのに最終的にはそうはなりませんでした。それは本来他人であった2人が出会ったからです。自分とは似ているようでその実は正反対の境遇である2人。こんな出会いなんてその場限りで終わりそれっきり無くなると思っておりました。ですがそうはならず偶然2人は再開しお互い貸し借りを作ることになります。この時思ったのでしょうね、この人だったら自分の本当の気持ちを曝け出せると。
もし魔法がこの2人にかかったとしたら、それは元々2人が持っていた気持ちを表に出してくれた事だと思います。スミレは本当は病気になんかなりたくなく治って友達を作りたいと思っておりました。あかりもまた目の閉じた世界などではなく心から信頼できる友達を欲しておりました。そしてその思いを口にした瞬間、それが魔法が発動した瞬間でした。ですが魔法のかかっている期間はとても短いものでした。最後友達になってとお願いしたスミレ、この瞬間やっと2人の思いは報われましたがそれが最初で最後の言葉となりました。それでもほんの一瞬でも自分の想いは成就したのです。まるで魔法のよう。それでも自分自身に強い想いがない限り、魔法は発動しなかったのだと思います。
切っ掛けは本当些細な事でした。そしてその切っ掛けは自分の気持ち次第で良くも悪くも転じてしまいます。もし魔法というものが存在するとしたら、そんな状況でも自分の気持ちに素直になって前向きに考えられる人にかかるのだと思います。彼女たちの人生は、傍から見たら確かに不幸に見えますし自業自得に見えます。それでも魔法がかかる時は必ず存在するのです。人生で一度も輝かない事はない。最後の最後で悔いを残さず笑ってお別れ出来た彼女たちは、これからそれぞれの世界で前向きにやっていけるのだと信じております。ありがとうございました。