M.M ミラーリングサマー




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 8 - 83 3〜4 2020/10/11
作品ページ(なし) サークルページ



<不確かな中でも何かを決めなければいけない、そんな人生の一端を感じさせる夏がやってきます。>

 この「ミラーリングサマー」という作品は、同人サークルである「Ryokka WORK」で制作されたビジュアルノベルです。Ryokka WORKさんの作品をプレイしたのは本作が初めてです。元々Ryokka WORKさんの事をTwitterで存じておりましたが、私自身そこまでTwitterを見る頻度が多い訳ではなくどのような創作活動をされているかまでは把握しておりませんでした。今回サークルさんの作品をプレイした切っ掛けは、私がHPで公募している「プレイして欲しいビジュアルノベル」でリクエストがあった事です。今作が処女作であり、また夏という季節をイメージさせるタイトルという事でどのようなシナリオが展開されるのか楽しみにしておりました。ミラーリングサマーという英語のタイトルではありますが、どうやらその舞台は日本の田舎の様です。なにかノスタルジーな雰囲気が待っているのだろうかという期待もあり、今回のレビューに至っております。

 主人公である水原朋樹(ともき)は、1つの大切な目的を果たすために過去自分が住んでいたとされる二示甲(ふかみ)町にやって来ました。朋樹には双子のお兄さんがいました。名前はなるきと言います。朋樹には、つい最近まで兄がいた事を知りませんでした。忘れていたという言い方が正確かも知れません。兄の存在を知ったのは、母親が死の直前に自分をその名前で呼んだ事でした。誰もが隠していた兄の存在、何よりも自分自身が忘れていた兄の存在、それを知る事は自分のルーツを知る事になる筈。その想いで単身二示甲町にやって来たのです。相棒は昔から嗜んでいたけん玉、行き当たりばったりの期限付きの捜索は、少しずつ歯車を狂わせて奇妙な方向へと進んでいくのです。突然朋樹の前に現れた妹を名乗る少女夏通(なつ)、お世話になる神社の神主である資純(すけずみ)とその孫にあたる美蘭(みらん)、そして思わせぶりな態度を取る謎の女性七榎(ななか)、様々な人と交錯し自分の記憶が明らかになった時、この夏葉朋樹にとって忘れる事の出来ないものになるのです。

 タイトルにあるミラーリングとは、相手の行動や言葉を鏡(ミラー)の様に類似する事で親近感を与える心理テクニックの事です。軽くネットで検索してみますと、日常生活やビジネス上で実践出来るお手軽な方法として紹介されておりました。心理テクニックという特別なスキルな言い方をするまでもなく、人は自分に似ている存在や同じ考えの人に安心感を覚えると思います。そして安心感を覚えるからこそ、その人の事を信頼し頼ってしまいがちになると思います。自分と正反対の性格の人と関係を築こうと思うと、中々エネルギーを使いますからね。この作品でも、主人公朋樹が触れる人達が自分にとって敵か味方なのか、嘘を言っているのか本当の事を言っているのか、そんな事を悩み考えながらシナリオが進んでいきます。何よりも、朋樹が探しているのは双子の兄です。本来であれば最も類似している存在であり最も親近感を覚える存在です。そんな兄の姿を想像しつつも、基本一人で捜索する過程の中で様々な外的要因が朋樹に降りかかります。タイトルにあるミラーリングの意味は何なのか、誰が信頼出来て誰が信頼出来ないのか、そんな事を考えながら読み進めて頂くと面白いかも知れません。

 その他の要素について、個人的にはBGMの使い方が上手だと思いました。この作品は夏の田舎を舞台としており、基本的には爽やかで暑い夏を連想させるBGMが展開されます。ですが、時に一瞬で不気味さや不穏さを表現する物に切り替わり、それが相当の不快感を与えてくれますのでかなりドキドキさせられました。また一方で、この作品は田舎らしい伝承や言い伝えといった要素も登場します。そうした場面では一転、神秘性を伴うBGMが流れます。女の子と2人でいる時はそうしたBGMも流れますし、とにかくそうしたBGMの使い方が上手だと思いました。ループの切れ目が丸わかりだったりと粗削りな部分もありますが、むしろそうした部分にこそ製作者の気持ちを感じる事が出来逆に親近感を感じる事が出来ました。背景は実際の場面を加工したものに見えました。その為舞台に臨場感を感じ、本当に夏の田舎を歩いている感覚を覚えました。そして効果音にはかなりリアリティがあり、時にBGM無しの場面で効果音のみの演出で緊張感を与えてくれました。とても雰囲気作りを大切にしようという気概を感じました。

 そして、この作品のメインはやはりシナリオです。主人公朋樹は、前提として自分の過去を忘れております。その為、朋樹は何も情報を持っておらずどうしても周りにいる人に頼らざるを得ないのです。ですが、その周りの人も得体の知れない言動を繰り返すばかり。その為、朋樹は何を信じて何を疑えば良いのか分からなくなってしまいます。疑心暗鬼とはまさにこの事、加えて過去に住んでいた筈なのに見知らぬ土地ですのでそこら中で自分が監視されているのではないかという錯覚すら覚えてしまいます。それでも、朋樹は自分の目的を達成しなければいけないのです。僅かな手掛かりから少しずつ確からしいものを掴んで前に進む、そして最後に真実が明かされた時の驚きと達成感は非常に大きなものでした。かなりプロットに苦慮されたと思いますが、目標は見事に達成されたと思っております。率直に面白かったです。全て明かされたのちに、是非二週目をプレイして細かな伏線を回収したいとすら思いました。

 プレイ時間は私で3時間30分でした。この作品には選択肢が幾つかあり、エンディングも幾つかに分かれます。上記の通り、この作品は不確かな情報の中でシナリオを読み進めなければいけません。その為選択肢の決定にも不安が残ると思います。それでも、時に決断をしなければいけないという人生の一端を表しているように思えました。幸いこれはゲームですので、狙い通りのエンドにならなくてもやり直す事が出来ます。そして、別の選択肢を選んできっと納得して頂ける展開が待っていると思います。折角なので、全てのエンディングを見届けて欲しいですね。幸い一発でトゥルーエンドにたどり着いたとしても、ここで別の選択をしたらどうなるのだろうときっと興味をそそると思います。なるほどこういうエンディングになるんだなと、ある意味納得できるかもしれません。この作品は恐らく無料版ティラノスクリプトをしようしているのかセーブスロットが5個しかありません。選択肢の数に対して少ない印象ですので、セーブは計画的に。面白かったです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。














































<どんな形でも、たった1人自分と似た人と出会えるのは本当に幸運な事。>

 いや〜面白かったですね。前半、とにかく何も分からない状況で僅かな情報を集めるもそれが正しいかも分からず、朋樹が何故鏡がダメなのかとかけん玉に依存しているのかという事実が分かり解離性同一性障害と分かってそれで終わりかと思ったらまさかの性同一性障害でしたし、キーパーソンである朱鷺子も実は双子でしかも朱鷺子ではなく鷺子でしたし、七榎は実は男の子でしたし、ちょっとずつ抱えてきた違和感が一つ一つ解放されていく感覚がとても楽しかったです。

 この作品を語るうえでアイデンティティの確立を欠く事は出来ません。成希は幼いときからヤンチャな性格でしたが、それが元で小学生時代は友達が出来ず一人で過ごす時間が長くなってしまいました。その為父親から与えられた鏡とけん玉が唯一の遊び道具となり、この2つに固執する事になってしまったのです。ここまで書けば単純に成希の性格がマッチングしなかっただけに思えますが、実際はそれだけではなく性同一性障害が関わっていたのかなと思っております。女の子なのに男言葉を使う、そんな些細な事だけでも小学生となれば簡単にいじめの対象になってしまうでしょう。そんな無邪気で残酷な出来事が積み重なれば、解離性同一性障害になってしまうのも致し方が無いと思います。成希は自分が望む望まないに関わらず普通の人とは違う道を歩む事となったのです。

 ですが、別に人と違う道を歩むからといってそれが悪い事などではありません。むしろ、自分らしく生きる事が出来る人の方が間違いなく幸せであり楽しい人生になると思っております。何よりも、どんな性格でもきっとこの広い世界の中で自分の事を認めて興味を持ってくれる人がいる筈です。成希は二示甲町にやってきて七榎と朱鷺子という2人の女の子に出会いました。女の子なのに男言葉を使う成希でしたが、そんな事など全く気にしない2人でした。この3人で過ごす2週間は年相応の当たり前で普通の光景でした。これで良いんだと、そう思いました。しかし、やはりすれ違いと言いますか思い違いは起きてしまいました。成希にとって自分が男であるという認識は当たり前でした。むしろ鏡の中に弟の朋樹がいるという認識の方が特別でした。ですが、朱鷺子にとって鏡の中に弟がいるという事はどうでも良く、成希が自分の事を男と思っている事の方が大事でした。そんな小さなすれ違い、それが階段での不幸を呼んでしまいました。ここから、成希・朱鷺子(鷺子)・七榎の自責と後悔の日々が始まってしまうのです。

 成希は、実際のところ周りの人に恵まれてました。階段から朱鷺子が落ちてしまったのは多かれ少なかれ成希にも原因があります。それでも資純はその事実を隠してくれました。両親も、成希の心の平穏を祈って二示甲町から引っ越しました。成希が自分を男だと思う事も認め、朋樹と呼ぶ事も認め、そして兄がいるという事実も認めました。それだけ、成希は大切に想われていたのだと伝わりました。それでも心労がタタリ亡くなってしまった母親、そこで口にしたなるきという言葉からやっと成希が自分と向き合う物語が始まったのです。一つひとつの事実を明らかにし、自分がどれだけの事を忘れていたのかを思い出しました。七榎も資純も秋穂も鷺子も美蘭も、みんな成希の事を理解し振る舞っていたのです。本当、最後の最後で成希は自分を見つける事が出来て良かったと思っております。成希がアイデンティティを確立するまでの、長い長い夏がやっと終わったのですね。

 そして、この作品は成希だけではなく全員にフォーカスを当てていたのも良かったと思っております。特に、最後鷺子に対する秋穂の言葉がとても温かいと思いました。双子の朱鷺子と鷺子は、幸か不幸かどちらも成希の事を好きになっておりました。元々2人で入れ替わる事で成希を騙そうとしていたのですが、結果として抜け駆けされる事となり鷺子は朱鷺子を羨ましく思ってしまいました。そんな些細な子供心から絵馬に書いてしまった「ときこなんかいりません」、この事が15年間ずっと鷺子の事を苦しめておりました。ですが、鷺という漢字は難しく鷺子は間違って書いてました。だから、これは無効なんだと、なんてホッコリするんでしょうね!これはちょっと泣きそうになってしまいました。こんなトンチの効いた冗談、相手の事を最大限に理解して相手の事を思いやらなければ絶対に出て来ません。本当、この作品に登場する人物は皆優しい方ばかりだなと改めて思いました。

 物語最後、成希に朱鷺子の死は伏せられました。世の中、知らなくても良い事は知らなくて良いですからね。少なくとも、成希と七榎の未来にはあまり関係ありません。成希だけではなく、七榎も性同一性障害に悩みながらそれを克服しました。この先、きっと2人にはまだまだ厳しい出来事が起きると思います。中々社会の理解は得られないかも知れません。それでも、似た者同士の2人なのですから大丈夫ですね。ミラーリング、私は当初共依存的な何かだと思っておりました。ですけどそんな事はありませんね。似た者同士、結構じゃないですか。むしろ、似た者を見つける事が出来るなんてこれ以上の幸運はありませんね。周りなんて関係ない、普通なんて関係ない、たった1人自分と似た人が見つかればそれで良いのかも知れません。始めホラーかと思った物語は、ちゃんと落ち着くところに落ち着いてホッとしました。とても読み応えのある美しい作品でした。ありがとうございました。


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