M.M 耳憑鬼 序




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
6 6 - 77 2〜3 2016/12/3
作品ページ(R-18注意) サークルページ(R-18注意)



<耳憑鬼という存在、そして主人公を中心とした人間模様を昼と夜それぞれの場面で感じて下さい。>

 この「耳憑鬼 序」は同人サークルである「おもむろに」で制作されたビジュアルノベルです。おもむろにさんの作品を手に取ったのは今作が初めてで、C90で同人ゲームの島サークルを回っている時に目に止まりました。全体的に赤を基調としたジャケットで、その中で凛々しく立ち振る舞う獣耳の女の子の姿が印象的でした。公式HPを見ますと現代伝奇獣耳ADVという事で私の好きなジャンルであり、純粋に読み物として面白そうと思いましたので手に取らせて頂き今回のレビューに至っております。

 舞台は現代のオオサカ市。かつて震災に見舞われましたが、再建し現在は人口250万人をも超える大都会となっております。ですが人口250万人もいれば様々な人間関係が生じ、その中には決して表には出てこない物もあります。最近のオオサカ市の中で注目されているのは都市伝説。とりわけ「耳憑鬼(ミミツキ)」と呼ばれる都市伝説は目立たないながらも密かに語り継がれ、多くの人の中で面白半分恐怖半分といった形で頭の片隅にあるものでした。ですがこの耳憑鬼は実在します。ですが多くの人はその事を知りません。主人公である和泉新夜もまたそんな耳憑鬼を追い求めている一人であり。彼がオオサカの夜の街で一人の少女と出会うところから耳憑鬼との物語が幕を開けるのです。

 この作品の特徴として登場人物が非常に多いという事が挙げられます。公式HPでも立ち絵のあるキャラクターだけで20人近くもおり、主人公の家族、クラスメイト、夜の街で働いている人、そして耳憑鬼と様々です。それでも初登場時に簡単なプロフィールが紹介されますので誰が何なのか分からなくなる事はありません。主人公を中心としてどのような人間関係なのか把握しながら読み進めると理解が深まると思います。特にこの作品は昼と夜で全く雰囲気が変わります。何気ない普通の日常から耳憑鬼が跋扈する異界の世界へ。もちろん登場人物も昼と夜で顔色が変わってきます。一見大人しそうに見えてその心の奥底で何を考えているのか。そんな想像も膨らませながら読むと楽しいかもしれません。

 そしてこの作品の魅力は耳憑鬼との関わりで生まれる猟奇的な描写ですね。耳憑鬼は都市伝説上では人を襲い人を喰らうとされております。都市伝説上でそうであるならば、真意はともかく現実になってしまうことは想像に難くありません。パッケージの赤の色はまるで血の赤の色。獣耳の女の子の瞳も赤に染まっております。では何故耳憑鬼は人を喰らうのか?耳憑鬼であれば例外なく人を喰らうのか?そんな凶悪な耳憑鬼に対して主人公はどのように関わるのか?そもそも何故主人公は耳憑鬼を追っているのか?流れる血の量だけ物語があります。耳憑鬼も決して一匹ではないようです。まずは耳憑鬼という存在を正確に把握し、彼らが求めているものを探しながら読んでみて下さい。

 その他の特徴としまして背景描写があります。背景は写真を加工したものを使用しており、実際の大阪市を歩いて撮影したものを使用しているようです。特に夜の街の写真の数は大変多く、耳憑鬼との戦いの場面ではコロコロと背景が変わり臨場感を感じます。もちろん昼の生活感を感じる場面も写真を使用しており、主人公たちの生活の様子が伺えますね。BGMはオリジナルではありませんが場面にあったものを多用しており、雰囲気に合っております。効果音の数も多く、特に猟奇的な場面での様々な音はイメージ通りでプレイヤーを作品に引きつけてくれます。

 プレイ時間は私で約2時間50分程度掛かりました。タイトルにあります通りこの作品はまだ序章です。主人公を中心とした人物の紹介と耳憑鬼というものの紹介、そして今後主人公がどのような方向へと足を進めていくかを描いております。2時間50分掛かったと書きましたが、場面転換の数が多く飽きることなくあっという間に時間が経過してしまいました。選択肢も最低限しかありませんので迷う心配もありません。まずはこの耳憑鬼という作品の雰囲気を感じていただき、今後展開される続編に期待したいですね。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<自分の常識って、誰かが指摘してくれないと知らず知らずのうちにズレていくんですね。>

 ……早織いつの間に人間から逸脱してしまったのでしょうか?街の浮浪者を食べ始めてから?新夜がつぐみに壊されてしまってから?つぐみと一緒に生活し始めてから?家族を食べてしまってから?新夜に告白してから?恐らくはそのどれでもないのだと思います。早織にとっての一番の不幸、それは誰も本当の意味で彼女の心の内を分かってあげられなかった事だと思います。生まれながらにして、早織は人間らしく生きる道を歩めなかったんですね。

 この「耳憑鬼 序」という作品での真の主人公は、ちょっと気弱な先輩である植田早織でした。彼女が生まれてから耳憑鬼になり人間でなくなるまで、または耳憑鬼にならなくても人間でなくなるまでの物語でした。彼女の行動が人間と耳憑鬼の関係の全てを示しておりました。耳憑鬼はどうしようもなく人間ではない存在。そして一度耳憑鬼になってしまったらもう二度と人間には戻れないという事をまざまざと見せつけてくれました。これから和泉新夜が共に行動し戦っていく相手はこういう存在。絶対的な力を持ち絶対的に人間とは違う異界の存在なのです。

 ですが人間が耳憑鬼に、いえもうこの際耳憑鬼という表現もやめにします。人間が人間でなくなる事は実は誰にでも起こり得る事も同時に示してくれました。生まれながらにして魔性の性質を持っていた早織、それは本来であれば愛されるべき早織の家族をも巻き込んでおりました。非干渉な母親に実の娘を性的な目で見ていた父親、そして実の姉を自分の部屋に閉じ込めて暴力と陵辱の限りを尽くした弟。人間でないのは早織ではなくこの家族たちにも思えます。生まれながらにして家庭の中に安らぎがなかった早織。そんな彼女にとって唯一の安らぎの存在こそが和泉新夜その人でした。

 早織の魔性は学校でも発揮されてしまい、クラスメイトだけではなく担任の先生すらも彼女を性的な存在としか見てくれませんでした。ですが唯一早織を性的な目で見ない存在が新夜でした。もう自分にはこの人しかいない、この人と唯一無二の存在になりたい。そう思うのは自然な事でした。ですが結果として早織は新夜に振られてしまいます。普通の人であればここで諦めるか別のアプローチを模索するもの。ですが早織は全く違う発送で新夜の目を引こうとしたのです。そう、それこそが耳憑鬼になるという事でした。

 既に家族を殺しその肉を喰らっていた早織にとってもはや後戻りは出来なかったのかも知れません。加えてつぐみという耳憑鬼ながらも自分を見てくれる存在に縋るしかなかったのかも知れません。早織はつぐみの手解きの下、耳憑鬼になるべく人間を喰らう生活を始めました。結果として耳憑鬼を探していた新夜と再開する事ができました。唯一自分の事を見てくれる存在と再開できたのです。既にこの時早織にとって人の肉を喰らう事への違和感は消えておりました。作中でも「大人しくて優しい子という日常から外れてるかもしれない」といっておりました。大人しくて優しいどころか人間から外れてましたね。でも早織にとって自分はまだ人間でした。自分が人間でなくなっているなどと露ほども思ってなかったのです。これがこの作品の肝になっていると思っております。自分の常識って、誰かが指摘してくれないと知らず知らずのうちにズレていくんですね。

 この耳憑鬼という物語はまだ始まったばかりです。新夜に隠された力とは何か?朔夜は今どこにいるのか?環境保全局とはどのような組織か?まだまだ分からない事だらけです。早織の存在なんてもはや本筋に関係ありません。それでも、彼女がいた事で人間と人間でないものの違いを理解する事が出来ました。そして人間が人間でないものになってしまうプロセスも見る事が出来ました。ここから私たちが学ばなければいけないこと、それはきっと周りの人達の言葉に耳を傾ける事、そして自分にとっての大切な存在を見つける事なのかなと思いました。続きが楽しみです。


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