M.M マイスターと時攫い序
シナリオ | BGM | 主題歌 | 総合 | プレイ時間 | 公開年月日 |
7 | 7 | - | 83 | 3〜4 | 2017/2/16 |
作品ページ | サークルページ |
<人間の視点を活用した演出と同じく人間の心理を表現した詩的な日本語が時間の流れを忘れさせてくれます。>
この「マイスターと時攫い序」という作品は同人サークルである「SPIRITED-ZERO」で制作されたビジュアルノベルです。SPIRITED-ZEROさんとは直接の出会いはありませんでした。ですが過去にサークルメンバーの1人である「れむれむ氏」とTwitterでやり取りさせて頂きまして、その縁があってC91でサークルさんにお邪魔させて頂きました。その時に手に取らせて頂いたのか今回レビューしている「マイスターと時攫い序」です。現代を舞台とした伝奇ものという事で好物であり、どのような世界感を作ってくれるのか楽しみに思いプレイを始めました。
主人公である柏木啓吾はどこにでもいる普通の学生です。幼い時にとある理由で両親と死別する不幸な経験を持っておりますが、賑やかな友人達や自分を慕う妹達に囲まれ平凡ながらも幸せな人生を歩んでおりました。そんな生い立ちを持っておりますので、啓吾は人生について冒険ではなく慎ましいものであるべきと言う考えを持っております。たとえ目の前のチャンスを取りこぼしても、たとえ自ら退屈に向かっているとしても、慎ましく平凡であればそれで良かったのです。ですがそんな啓吾の気持ちとは裏腹に運命は回りだします。啓吾の事を慕う想いを隠しきれないヒロイン達、そして啓吾の目の前に現れた謎の少女。それでも時は止まらないのです。結局は、自分の意思を持って選択しなければいけないのです。
タイトルに「マイスターと時攫い」とあります通り、この作品は平凡な日常を描いた学園モノなどではなくマイスターという人物と時攫いという人物が存在する非日常の世界を描いたものです。パッケージの表面に描かれており、公式HPのトップに登場する黒髪蒼眸の少女がマイスターもしくは時攫いという存在である事は言うまでもありません。そしてマイスターとは何者なのか、時攫いとは何者なのかについて少しずつ少しずつ語られ、中々その全貌を見る事は出来ません。そうこうしているうちにいつの間にかこの作品が作り出す世界に取り込まれているのです。本当、沼の中に沈んでいくかのように、絡め取られるかのようにのめり込んでしまいました。いきなり提示される非日常ではなく、日常を徐々に侵食していく非日常を楽しんで欲しいですね。
一番の特徴は人間の視点をよく研究した動きの演出です。この作品、いわゆる背景があり立ち絵がある一般的なノベルゲームの様相を呈していません。勿論背景もあり立ち絵もあるのですが。一人称の視点を再現するかのように上下に移動したり画面が狭められたりするのです。まるで映画の予告を見ているかのようでした。その演出により確かな臨場感を得る事ができ、緊張感もマッタリ感も恐怖感も倍増します。引き込まれる演出とはこういうものを言うのかも知れません。プレイヤーをも巻き込んだ作り込みが時間の流れを忘れさせてくれます。
そしてもう一つの特徴としてテキストがあります。殆どの部分で一人称の人物が心の中で思っている事を直喩を用いた詩的な日本語で描いております。その文量は大変多く、事実関係としての出来事は実はそれ程進んでおりません。ともすれば退屈な日常に成り下がってしまう恐れのあるテキストですが、そうはならず一人称の人物がどんな事を思っているのかをプレイヤーにしっかりと刻み込んでくれます。加えて上で書いた視点の動きを研究した演出も合わさって、現実での1秒が画面の中の1秒と同等である錯覚さえ覚えてしまいます。どんな演出でどんなテキストなのか、是非作品を手に取って感じて欲しいですね。言わんとしている事が直ぐ伝わると思います。
プレイ時間的には私で3時間10分掛かりました。全部で4つの章で構成されておりまして、それぞれ40分〜50分程度で読み終える事が出来ます。上でも書きましたが、事実関係としての進行は思った程ではなく、あくまで一人称の人物の心理描写とマイスター、時攫いという存在についての紹介がメインとなっております。この作品はまだ「序」です。ここから更に物語は続きますので、是非事実関係とマイスターと時攫いについて整理しながら続編を待って頂ければと思います。オススメです。
以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。
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<誰もが最後に思うのは自分の死ではなく、傍にいる大切な人の存在でした。>
慎ましく平凡な日常から突然「不変」になってしまった啓吾。そしてマイスターと時攫いの戦いに巻き込まれる非日常にやってきてしまいました。まだまだ自分の状況を飲み込めず昔の平凡な日常に戻ろうとするのですが、その気持ちとは裏腹に周りはどんどん非日常へと変化していきました。僅か数日感で随分遠いところにやってきてしまったものです。
この作品では「死」というものの概念について扱っておりました。マイスターとは一度死んでしまった人間がなるものだそうです。そしてどの人間にも自分だけの時計を持っており、その時計を奪う存在が時攫いです。マイスターと時攫いの傍にはいつも身近に死というものが存在し、それに慣れすぎてしまい死というものの重みについて鈍感になっている様子が伺えました。死とは本来怖いものであり、一度経験してしまってはもう二度と戻れないものです。ですがそんな輪廻の輪から外れた存在がマイスターです。そして時攫いは人間の時計を奪わないとすぐ死んでしまう存在です。死が遠すぎるのがマイスターであり近すぎるのが時攫いです。こんな2人、相容れるはずがなかったんですね。
そしてそんなマイスターと時攫いの中心にいる存在が不変でした。不変を手に入れれば再び命を手に入れられる時攫い、だからこそそんな不変を時攫いから守ろうとするマイスター。相反する両者が身近にいる不変にとって、死とはどのようなものなのでしょうか。かつてアオイは不変であった少年を護ると誓って護れませんでした。翠という少年です。では翠はアオイの事を恨んだでしょうか。または自分自身の不変という存在を恨んだでしょうか。どちらでもありませんでした。翠は不変である事や自分が時攫いに命を狙われている存在である事以上に、アオイに出会えた事を喜んでおりました。自分が死ぬとか不変であるとか関係なかったのです。それは「僕と出会って、護ってくれてありがとう」というセリフに全てが込められておりますね。
そしてもう一人の不変である啓吾。彼は当初自分が不変でありもう平凡で慎ましい日常に戻れない事を知って愕然としました。そしてそんな世界に足を踏み入れたくないと一度は元の日常に戻ろうとしました。ですが啓吾もまた非日常の世界へと帰ってきました。これは仕方なしに帰ってきたのではありません、自分の意志で帰ってきたのです。屋上で親友である夏川から事件の真相を問いただされました。そして同時にここが非日常から日常へと戻る最後のチャンスでもありました。ですが啓吾は戻りませんでした。自分で自分に嘘をつくのが嫌だったんですね。そして啓吾もまたアオイの事を見捨てられなかったんですね。平凡で慎ましい日常を彩ってくれた夏川との絶縁。それを選ぶだけの気概を啓吾は持っておりました。
案外「死」に囚われていたのはマイスターと時攫いだけなのかも知れません。渦の中心にいる不変の彼らは、自分が死ぬという事に対して不思議と恐怖を感じていませんでした。ただ自分の事を護ると誓ってくれた優しい少女の事ばかり考えてました。これにはマイスターも苦笑いですね。自分との温度差に呆れたことでしょう。ですがそれが人間というもの。最後の最後で願うのがそばにいる人の幸せ。例えそれがマイスターであったとしても変わらなかったんですね。この作品は死というものを考えながら、最後は大切な人のことを思う物語だったのかなと思っております。
物語最後、妹である千冬は最愛の兄の事をアオイに託して屋上から飛び降りました。自分が不変であり鳥籠の持ち主である事を自覚しながら、兄のことを愛してしまった事の自責の念もあったのだと思います。自分は十分に兄と心を通わすことが出来た。そして今兄のそばに必要なのはアオイ。それを悟ったのかも知れません。彼女にとっても死は恐ろしいものではありませんでした。自分の最愛の存在である永冷の為に自身の力を惜しみなく使った久遠。彼女にとっても自分の死は二の次でした。みんな同じですね。最後に思うのは大切な人の事。さて、果たしていつまでそんな高尚な気持ちを持てるのか。これからの展開が楽しみです。