M.M 魔法使いの見た夢




シナリオ BGM 主題歌 総合 プレイ時間 公開年月日
8 7 - 82 10〜12 2016/6/19
作品ページ サークルページ



<魔法を持った人は幸せになれるのか?是非純粋な主人公の視点を通して答えを見つけて下さい。>

 この「魔法使いの見た夢」は同人サークルである「YOX-Project」で制作されたビジュアルノベルです。YOX-Projectさんの作品は過去に「姫君は優雅に推理する」の方をプレイさせて頂き、主人公の快活で真っ直ぐな性格とヌルヌル動く演出がとても印象に残っております。その後ノベルゲーム部や様々なイベントでお会いさせて頂き、現在は主にスマホ向けとしてのノベルゲームの配信やSteamを活用した海外展開に力を注いでおります。過去にプレイした平星高校ゲーム製作部のスターズ★ピースも配信に加わっており、PCだけではない新しい市場の開拓に期待が持たれます。

 今回プレイした「魔法使いの見た夢」は、タイトル通り魔法の登場する作品です。主人公である如月勇(以下ユウ)は、幼い時に一人の老魔法使いと出会います。ユウには大きな夢がありました。それは自分の力で悪を倒したいという事。それを老魔法使いに伝えたところ、一つだけユウに魔法を授けてくれたのです。それは力を込めれば自分の拳を強化できるもの。それでもその魔法を使う機会は訪れず、普通の大学生として日々の生活に追われておりました。物語はそんなユウが所属している夜回り隊「ライトガーディアン」の活動の中で一人の少女と出会います。彼女との出会いがその後のユウの運命を大きく左右させ、自分に与えらた魔法の本当の意味を知る事になるのです。

 魔法を使いたいという気持ち、これはきっと誰しもが子供の時に思った事ではないでしょうか。人間の能力を超えた力で巨大な悪と戦う、一瞬で別の場所にテレポートする、空を飛ぶ。そのような夢は叶わないからこそ憧れであり、世の中に五万とあるファンタジー作品はまさにそんな夢が詰まった製作者の気持ちの表れだと思っております。ですが、魔法を使えるようになった人は本当に幸せになれるのでしょうか?魔法を使える事によって周りの人から距離を置かれるかも知れません。今まで見えないものが見えてしまった事で世の中に対する見方も変わってしまうかも知れません。魔法というものは、きっと手に入ったからそれで終わりなのではなくどのように使うかまでがセットで初めて自分の幸せになるのだと思います。そんな魔法に対する葛藤が、この作品の見所となっております。

 最大の魅力は主人公をはじめとした登場人物達の心理描写です。主人公であるユウは上でも書きましたが自分の力で悪を倒したいという幼い想いを持ち続けており、大学生となっても夜回り隊に参加して日々悪を倒す活動を行っております。大切な気持ちを忘れない純粋さこそがユウの魅力ですが、それゆえに魔法を持つ事の苦しみがユウを襲う事になります。是非自分の夢と魔法の力、そして叶えられない現実に悩む姿を見届けて欲しいですね。ヒロインであるミカエラ・サン・エンゼルワード(以下ミカエラ)もまた非常に優しく純粋な心の持ち主です。彼女もまた自身が持つ魔法に悩み苦しむ事になります。ミカエラが何故ユウと出会ったのか、そしてユウはミカエラの願いを叶える事が出来る存在なのか。物語の中心はこの2人です。2人の気持ちが物語を動かします。時に決断できず時にもどかしい場面もありますがそれこそが2人の魅力。是非2人を見守る気持ちで読んで頂ければと思います。

 またこの作品は魔法が登場しますのでそうしたバトルシーンも大きな魅力です。ユウとミカエラは魔法が使える存在。当然放っておく程世の中は甘くはありません。常にミカエラを監視し追っている存在であるIMPO(国際魔法警察機構)、そして純粋に私利私欲の為にミカエラを追い回しているPS魔法研究所など、魔法を使える存在との戦いが必須になります。そしてその力は大変大きなものであり、拳を強化できる程の魔法しか使えないユウでは歯が立ちません。是非そんな強大な敵とのバトルシーンも堪能して欲しいですね。効果音と動く背景で躍動感溢れる演出を見せてくれます。何よりも各人物ごとで魔法の種類が様々なんですよね。エネルギー弾を放つ者もいれば電撃を放つ者、剣を作って斬りかかる者や回復に特化した者もいます。得意不得意や愛称もあり、戦略的な部分も見所ですね。

 プレイ時間は私で約10時間40分程度掛かりました。この作品は1日単位で章が変わっていきます。大凡30分〜1時間程度で変わりますので小休止のタイミングとして調度良いと思います。また基本的に主人公の視点でテキストが書かれているのですが、途中別視点でのテキストも書かれて多角的に場面を見る事が出来ます。視点変更とバトルシーンの豊富さと繊細な気持ちの揺れ動き、見所が多く10時間のプレイ時間があっという間であるかのように思えます。是非CG100%を目指してプレイして欲しいですね。オススメです。


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以下はネタバレです。見たくない方は避難して下さい。








































<どんな人間にも弱さはある。それでも信頼し愛する人がいれば強さに変えることが出来る。>

 この作品は主人公を始め登場人物達の「弱さ」について徹底的に書かれていると思いました。ここで言う弱さというのは力量の差という事だけではありません。自分で決めた事に対して周りの状況に流されて揺らいでしまう決断力の無さ、自分を救ってくれる存在に縋ってそれが絶たれると絶望する信念の無さ、大切な人の気持ちに怯えて怖気ついてしまう度胸の無さ。この作品はそんな登場人物達が本当に大切なものを見つけてその為に決断する物語なのかなと思っております。

 ネタバレ無しでも書きましたが、どの人物も個性があり葛藤があって見所がありました。ユウとミカエラの真っ直ぐな気持ちは勿論ですが、そんなユウとミカエラを追う立場であったIMPOやPS魔法研究所の面々もみな思うところが有り悩みもありました。個人的に気に入っているのは雪街とミュージックの2人ですね。幼い時に家族が殺され妹と共に復讐の道を歩むしか無かった雪街。そんな妹もミカエラの呼び出した悪魔に殺され、彼女にとっての生きる道はミカエラを殺すことしかありませんでした。そしてこれが雪街の弱さ。彼女からミカエラを取ったら、もう何も残らないのです。上官であるシュラインの手駒となり、そこから離れる事も出来ない存在でした。そんな彼女を唯一信頼していた存在がアイラスでした。復讐心しか持っていないと思っていた雪街ですが、アイラスという大切なパートナーを持っていたんですね。物語最後、アイラスの捨て身の覚悟を見てようやくその事に気づく事が出来ました。力だけが全てではない。そんな掛け替えのない事に気づけた雪街でした。

 ミュージックもまた不遇な人生を歩んでおりました。魔眼の力は絶大ですがそれが故に周りの人から嫌煙されいつも一人ぼっちでした。そんな彼女にとって、自分を見てくれる存在がいればそれだけで十分だったんですね。彼女にとってスコルピオに尽くす事が生きる目的であり、それ以外は何もいらないと思っておりました。そしてそれがミュージックの弱さ。どんな卑劣な事をしても卑怯と言われてもスコルピオの為であるなら何をしても構わない。それはかつて幸せだった景色とは真逆の行動でした。彼女もまた、自分が本当に夢見ている世界に歩む事が出来ておりませんでした。物語最後にユウの破邪する少年の拳を見てかつての温かさを思い出しました。もうミュージックの隣にスコルピオはおりません。彼女は今後自分の力で幸せを探さなければいけないんですね。どんな戦いよりも厳しい戦いがこれから待っていると思います。それでもかつての温かさを思い出せたなら、後は幸せになるのも時間の問題ですね。

 逆にシュライン、スコルピオ、リュート、ミュートのように力を持った存在は心身ともに強かったですね。この対比もまた面白いと思いました。作中でもリュートが「楽しく生きるために必要なことは強さ」と言ってました。ですがここで言う強さとは力の事。相手を思いやる心ですとか、誰かと共闘するとかそういった気持ちは一切ありませんでした。強いけど孤独。本当に信頼できる人がいない。例え自分を慕ってくれる存在がいてもその気持ちを汲み取ることが出来ない。それが彼らの弱さでした。シュラインもスコルピオも、ユウの持つ破邪する少年の拳の前に呆気なく負けました。もし彼らが誰かと信頼関係を作れていたら、破邪する少年の拳に負けない結末が待っていたかも知れません。力を持つが故に気付けなかった自分の弱さ。これもまたこの作品の中での象徴的な一幕でした。

 そしてこの作品の中で最も弱い存在が主人公であるユウその人でした。ネタバレ有り冒頭で書いた事は全てユウに当てはまるもの。自分の狭い視野の中でもがく姿はまさに井の中の蛙。とても頼れる存在ではありませんでした。ですがユウには他の誰もが持っていない気持ちがありました。それが自分の力で悪を倒したいという気持ちでした。幼い時の夢や希望って、年齢を重ね世の中を知るにつれて薄れて見失ってしまうものです。それこそ魔法のようなものです。それでもユウはその時の気持ちを失っていませんでした。そんなユウだからこそ破邪する少年の拳を使えたのだと思います。全てにおいて中途半端で頼りないユウ。誰が見ても弱いと思える存在でしたが唯一持っていた純粋な心がユウの強さでした。

 そしてそんなユウの強さを発揮できる存在がおりました。それがヒロインであるミカエラでした。彼女のためだったら何でもやる。彼女を傷つける存在は決して許さない。破邪する少年の拳は全ての魔法を無力化する最強の力。ですがそれは自分の愛する人にだけ通用する力でした。ですがそれで良かったんですね。全てにおいて中途半端で弱かったユウがやっと見つけた強さだったのですから。物語最後、ユウは愛するミカエラの為に本来叶わないはずのシュラインやスコルピオを倒す事が出来ました。いくつもの奇跡と周りからの支援によって手にする事が出来た勝利。例えユウ一人の力は弱くても、周りを巻き込んでミカエラを愛するからこそたどり着けた勝利でした。どんな人間にも弱さはある。それでも信頼し愛する人がいれば強さに変えることが出来る。この作品はそんな事が言いたかったのかなと思っております。ありがとうございました。


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